地元・吉原の隣、西浅草で「新吉原」の土産を販売する岡野弥生さん

東京は浅草の北側に位置する“吉原”といえば、日本屈指の風俗街。そんな男女が絶えず行き交う地である吉原のアレコレをデザインした土産物を売る、風変わりな女性がいる。「岡野弥生商店」のオーナーでデザイナーの岡野弥生さんだ。

ブランド名はそのまま「新吉原」。店の場所も西浅草と少し離れてはいるものの吉原のすぐ隣だ。一体なぜ、“吉原”をコンセプトに雑貨を作ろうと思ったのか。そこには歴史ある街への愛と危機感があった。

***――夜の街の印象が強い“吉原”ですが、女性がそのテーマを扱うのが意外です。

「元々、吉原が地元なんですよ。曽祖父の代から住んでいて、公務員の両親の元に育ち、地元の小学校に通い、生活圏としての吉原をずっと見てきました。子どもながらになんとなく“大人の街”なんだな、という認識くらいでしたけどね。遊びがてら、友達が風俗店の店員さんに水をもらっていたりして、夜のお店も近所の一風景だったんです。祖母も『昔は吉原には季節季節の花が植えられてて、押し花を作りたい時には仲ノ町まで取りに行ってたのよ』なんて懐かしんでたりします」

――吉原=風俗店が集まる場所、というのは、お客さんの目線だけですもんね。

「だから私も、子どもの頃は全く意識していなかったけど、大人になって風俗好きなオジサンから聞いてソープランドのシステムを知ったくらいで。オジサンがあまりにも目をキラキラさせてお店のことを話すのが印象的でしたね(笑)」

――確かに女性は知らないですよね(笑)。男性にとっては半ば常識的なイメージですけど。

「それが違うんですよ。最近の吉原には、マンションが新しく建ってきているんですけど、歴史だけでなく、今の街のことを何も知らない人も多いそうです。引っ越したあとで文句を言っている方もいるとか…」

――えっ、そこまで…週プレ読者なら知らない人はいないと思いますが、街の風景も住む人も変わっていってるんですね。

「だから“廃れていっている”感があるんですよ。そもそも吉原自体を知らない人がいるんですから」

「新吉原」の販売店「岡野弥生商店」が構える西浅草は浅草と吉原の間に位置し、住宅街となっている。店舗はこの建物の白い扉

――かつては文化の発信地として栄えた地にも関わらず、そこまで知名度が下がっていると。

「吉原って山谷地区(※)が近いんです。昔は危ないから子どもはあまり近づくなと言われたんですけど、最近変化してきているんですね。世界中からバックパーカーが訪れる街になって明るさが少し戻ってきた。山谷は元々、いろは商店街という“生活拠点”があるという違いはありますが、それを踏まえても『吉原はだいぶ取り残されているな』という思いがありました」※日雇い労働者のための宿泊施設が多い地区。荒れた男性が多いドヤ街として知られていた。

――吉原には、風俗以外の目的の人が気軽に立ち寄れる飲食店やお店が少ない印象があります。風俗関係以外のお店がどうしても少ないというか。

「そうなんです。吉原はいろんな人が気軽に立ち寄れる場所ではないイメージがある。今あるのはエッチなお店と、江戸時代に“新吉原”として成立してからの400年という歴史だけ。だから土産商を始めたのも、自分の地元に対しての“もったいない感”が動機なんです。吉原は長い長い歴史がある場所なのに、外の人にあまり伝わっていないのがすごくもったいない」

――それはいつ頃から感じていたんですか?

「以前はハイファッション系の雑誌編集をしていたんです。ファッション業界に脈々と流れていた“下町を馬鹿にしている空気”を感じていて、それがずーっと大嫌いでした(笑)。ファッション界の中心は麻布や渋谷、代官山などの西側。ここ数年は東側も注目されていますが、10年くらい前は『実家が浅草なの? 遠いんだね』みたいな扱いでしたから。

それで当時から、とにかく自分の地元から何か良いものを作って発信したいなと考えていたんです。吉原育ちなんだし、艶っぽいものをデザインしようと思って…。最初は、遊女をモチーフにしたペンを作ることから始まったんです」

歴史ある吉原に「もったいない感」

デンマーク製のフローティングペン。猫が横切ると遊女の胸元が露(あらわ)になる仕掛けとなっている

――海外のお土産屋によくあるフローティングペンですね。ツーっと、中の模様が動くやつ。吉原をPRするのにどうして“土産物”にしたのでしょう?

「お土産品のほうが“吉原”という場所を人に伝えやすく、雑貨を受け取った人ももっと具体的に吉原について関心を持ちやすいんじゃないかと思ったんです。飲食系だと食べたら消えてしまうけど、雑貨であれば、カタチとして手元に残るわけなので」

――吉原をテーマにしたお店といえば、日本の“遊郭”専門の本屋である『カストリ書房』も最近話題になりました。同時期にオープンして、お互いにお知り合いだそうですね。

「オープンしてから知り合って、吉原に関する文化を個人商店から発信したいという方向性がよく似ているので、とても仲よくなりました。街の中に本屋さんができたことで、吉原ゾーンへ行く人が増えたのはとてもいいことだと思います。私や『カストリ書房』の渡辺(豪)さんとか、他にもまとまると何か新しいムーブメントが興るんじゃないかなと期待しています」

――街が元気になるきっかけになるといいですね。

「吉原にもいろんな考えの人がいるので、一概にいうのは難しいところもあるんですが、ただ400年の歴史がある地元が衰退するのを見ていくのは寂しいんですよ。街自体に、いわゆる観光として行ける場所は少ないんですが、だからこそ地元の人間が新しい何かを創り出していいんじゃないかと思っています」

――この店を訪れる方にあまり風俗好きのイメージはないんですが、どんな方が購入されるんですか?

「特定の人に向けて作ってはいないんです。私が作りたいものを作っている感じで。実際には20代の若い女性からお年寄りのご夫婦まで様々ですね。昭和の吉原をよく知っているお客さんだと、思い出話をたくさん語って帰られる方もいます。それはおじいさんだけでなくて、おばあさんも」

店内では販売している手ぬぐいを掛け軸のようにレイアウトし飾っている

――若い女性もですか。花魁(おいらん)ブームも数年前にありましたが、そういった影響も?

「そういう方もいますし、それぞれですね。吉原で働いている女性からも応援したいというメッセージをもらったこともあります。吉原に誇りのある方で、少しでも街を盛り上げたいという気持ちは同じみたいで…。私としては、グッズをきっかけに『吉原400年の中のご自身が気になる部分にアクセスしてみてください』と思っています」

――お土産のデザインから、昔の吉原や今の吉原、いろんなことが想像できますね。

「ただ、私から変に知識を押し付けるのは違うかなと。だから私はお土産を作るくらいがちょうどいいんです。そういえば、この間は人力車の人から『江戸時代の吉原にまつわる、いい話は何かないか?』と聞かれましたね。吉原の歴史には遊女の悲惨な物語がたくさんありますが、“男女関係の艶っぽさ”にもっと注目していきたいと思っています。それで男性もモチーフに入っているんですよ、かわいいでしょ(笑)」

***地元・吉原の復興を願って作られた「新吉原」。江戸時代の遊女から現代の吉原のイメージまでいろんなシーンがデザインされ、ちょっぴりエッチで、ちょっぴり笑えるアイテムばかり。

明日配信予定のインタビュー後編では、作る過程で生まれた様々な職人との繋がりや、秘められたこれからの可能性を紹介する。

★後編⇒女性目線で注目の吉原“ちょいエロ”雑貨が地元職人たちを本気にさせる理由

(取材・文/赤谷まりえ)

■岡野弥生商店吉原生まれ育った“土産商”岡野弥生がデザインする粋な土産物店。吉原をモチーフにその男女を描いた「新吉原」の土産は、ユニークなデザインで注目されている。住所:東京都台東区西浅草3‐27‐10‐102 営業時間:12:00~18:00 定休日:不定休(HP、もしくはInstagramにて要確認)【公式HP】http://shin-yoshiwara.com/【公式Instagram】@shin_yoshiwara