「『安倍一強』が崩れた今、安倍政権がこれまでどおり、官僚組織の期待する『帳尻』合わせを続けることは難しい」と指摘する古賀茂明氏

衆院予算委の閉会中審査で政府側官僚が連発した「記憶にない」という答弁。

その理由について、『週刊プレイボーイ』でコラム「古賀政経塾!!」を連載中の経済産業省元幹部官僚・古賀茂明氏は、「官僚たちは『最後には必ず帳尻が合う』と確信している」と指摘する。

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記憶にありません――。

加計学園の獣医学部新設計画をめぐり、7月24、25日に開かれた衆参予算委員会の閉会中審査。その席上で、参考人として出席した政府側の官僚から連発されたフレーズである。

官僚は秀才ぞろいで、記憶力は抜群なはず。1、2年前のことを覚えていないなんて、誰が信じるのか。なのに、臆面もなく「記憶にない」というフレーズを繰り返す。一体、何を考えているのか? そう怪訝(けげん)に思った人は多かったはず。

私もかつては官僚だった。その心理はだいたい想像がつく。

官僚が世間の袋叩きに遭っても、「記憶にない」と答弁するのは「最後には必ず帳尻が合う」と確信しているからだ。「帳尻」とは官僚個人の出世、そしてその官僚が属する組織の防衛である。

例えば、2015年4月に官邸で愛媛県今治市の課長らと面会したとされる柳瀬唯夫(やなせ・ただお)経産省審議官(当時は首相秘書官)は、24日の衆院予算委員会で7回も「記憶がない」と口にした。

国家戦略特区の担当は内閣府だ。内閣府と関係のない首相秘書官がわざわざ今治市の、それも課長クラスと会うのは異例中の異例である。とはいえ、それを認めると、この面会がバリバリの安倍首相直轄(ちょっかつ)の政治案件で、まさに「加計学園ありきの獣医学部新設」だったことがバレてしまう。だから、「記憶にない」というフレーズで切り抜けようとしたのだろう。

実は柳瀬氏は私の経産省時代の後輩である。84年の入省で、ふたつ上には「官邸のラスプーチン」と呼ばれる今井尚哉(たかや)首相政務秘書官がいる。そして、柳瀬氏は先輩の今井氏に頭が上がらない。柳瀬氏が今治市職員と異例の面会をしたのは、おそらく安倍首相の意向を受けた今井秘書官から指示されてのことだったのではないか?

現経産省のトップである嶋田隆事務次官は82年入省。84年入省の柳瀬氏には次期事務次官の目が残っている。支持率が急落したとはいえ、来年秋の自民党総裁選まで安倍政権が続く可能性は十分ある。今井秘書官に嫌われれば、来夏の人事に官邸が介入し、柳瀬氏の次官昇格の夢が断たれるかもしれない。

「帳尻」が合わないとわかると、官僚機構は途端に牙をむく

だからこそ、柳瀬氏は「記憶にない」を連発した。ここで忠誠心を示して安倍政権を守れば、最後には官邸が自分を次官にしてくれる。さらには出身省である経産省を優遇してくれる――そう確信して。

事実、森友学園スキャンダルで国有地ディスカウント交渉の記録はないと突っぱね、安倍政権を守った財務省の佐川宣寿(のぶひさ)理財局長は、今夏の人事で国税庁長官に出世している。

ただ、その確信が崩れ、「帳尻」が合わないとわかると、官僚機構は途端に牙をむく。文科省、陸自がその好例だろう。

加計学園の認可問題、そしてPKO日報の隠蔽(いんぺい)問題で、安倍政権はその責任を文科省、陸自に押しつけようとした。すると、両組織から政権に不利な内部文書や証言のリークが相次いだ。自分だけが悪者にされるのではたまらない、これでは「帳尻」が合わないじゃないかと、官僚たちが反乱の挙に出たのだ。

しかし、「安倍一強」が崩れた今、安倍政権がこれまでどおり、官僚組織の期待する「帳尻」合わせを続けることは難しい。安倍政権の終幕がいよいよ見えてきた。

●古賀茂明(こが・しげあき)1955 年生まれ、長崎県出身。経済産業省の元官僚。霞が関の改革派のリーダーだったが、民主党政権と対立して11年に退官。新著は『日本中枢の狂謀』(講談社)。ウェブサイト『Synapse』にて動画「古賀茂明の時事・政策リテラシー向上ゼミ」を配信中