五輪招致の背景にはフランス人の「プライド」や「ナショナリズム」「ノスタルジー」などと結びつける「古いスタイルの考え方」があったと語るメスメール氏

東京に続く2024年の夏季オリンピック・パラリンピックは、フランス・パリで開催されることが確実となった。

正式決定は9月に行なわれるIOC総会を待つことになるが、他に招致を名乗り出ている都市はなく、2028年の開催地に内定したロサンゼルスと同様、「無競争」でオリンピック開催権を手にすることになる。なぜフランスは1924年のパリ大会以来、実に100年ぶりの五輪開催を望んだのか?

「週プレ外国人記者クラブ」第88回は、フランス「ル・モンド」紙の東京特派員、フィリップ・メスメール氏に話を聞いた――。

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─「2024年のオリンピック招致決定、おめでとうございます」と言いたいところですが、2020年の東京五輪に関するいろいろな問題を見ていると、素直に「おめでたい話」とも言えないような気がします(苦笑)。まずは、今回の決定に対する感想から伺いたいのですが。

メスメール うーん、微妙な気持ちですね。今やオリンピックの実体は「多くの投資」や「インフラ整備」などの巨大なビジネスになってしまった。発展途上国や新興国にとっては開催する意味があるかもしれませんが、日本やフランスのような先進国の場合、話は別です。

20年ほど前と比べて、開催費用は巨額に膨れ上がり、開催国や地元自治体の財政負担も大きくなっていますが、長期的に見ると本当に経済的メリットがあるのかどうかも疑わしい。もちろん、オリンピックという国際的イベント開催が社会にもたらすダイナミズムのようなものは期待できるし、短期的には経済的なメリットもあるでしょう。

また、ニコラ・サルコジ大統領の時代に計画された「グランパリ」(大パリ)という大規模なパリのインフラ整備、都市計画事業が「オリンピック開催」という具体的な期限を得たことで大きく進む可能性はあります。しかしその一方、その期待からパリ周辺の不動産価格はすでに上がり始めています。それに伴う家賃の上昇は市民の生活を直撃するため、開催を歓迎しない人も多いはずです。

いずれにせよ、長期的に見れば先進国にとってオリンピック開催に「大きなメリットがない」ことが明らかなのは近年、開催を希望する都市が減っていることにハッキリと表れている。今回、2024年のパリと2028年のロサンゼルスが事実上「無競争」で五輪開催権を手に入れたこともそうした状況を象徴していると思います。

─それではなぜ、パリは今回の招致を望んだのでしょう? 今回の五輪開催決定をフランス人の多くは歓迎しているのでしょうか?

メスメール 僕は、オリンピック開催をフランス人の「プライド」や「ナショナリズム」「ノスタルジー」などと結びつける「古いスタイルの考え方」が今回のオリンピック招致の背景にあったのだと思います。しかも2024年は前回のパリ五輪が開催された1924年からちょうど100年にあたります。近代五輪の父、生みの親と呼ばれるピエール・ド・クーベルタン男爵もフランス人ですからね。記念すべき100年の節目に再びパリで…という「象徴的なストーリー」が歓迎されたことは確かです。

「新しい持続可能なオリンピック」の形を真剣に模索すべき

─そういえば、パリは2008年のオリンピック招致争いで北京に、2012年のオリンピック招致でもロンドンに2回連続で負けています。特にヨーロッパを代表する大都市として、ライバルであるロンドンに負けた「トラウマ」も大きかったのでは?

メスメール それも間違いなくあるでしょうね。これは今回のパリ五輪だけでなく、東京五輪についても言えることですが、先進国でのオリンピック開催がそうした国々の「失われつつあるプライド」や「自信」を補強する道具として利用されている面があるように感じています。

多くの先進国がこれまでのように「大きな経済成長」を期待できなくなり、中国やインドなどの新興国に押されて、国際社会での地位や影響力に陰りが出ている中で、そうした変化に対する一種の反動として、各国で普通の人たちの間にも「プチ・ナショナリズム」が沸き起こり、それによって失われたプライドや自信を補おうとしている。そうした人々の中にある「偉大なフランスをもう一度」という気持ちと、オリンピックという象徴的なイベントが結びついたのではないでしょうか。

─トランプ大統領じゃないですが、まさに「メイク・フランス・グレート・アゲイン」ですね(笑)。東京五輪開催でも「日本が元気だった時代を取り戻したい」とか「あの夢をもう一度」という、同じような空気を感じます。ところで、パリ五輪の招致委員会による開催計画では「90%以上で既存の施設、インフラを活用する」ことで開催費用の拡大を抑えられるとしていますが…。

メスメール 東京も招致段階では同じことを言っていましたよね。確か、既存施設を最大限活用し、半径8キロメートル以内に競技会場のほとんどが収まる「コンパクトな大会」を実現する…と。でも、現実には嘘ばかりで、開催費用は2倍以上にも膨れ上がっている。おそらく、パリでも同じことが起きるでしょう。パリでは3倍以上になるかもしれません。

─東京五輪ではテロに備えたセキュリティ対策など「警備関連費用」が開催費用拡大の大きな要因になるとの見方もあります。「テロ対策」「セキュリティ」という点では、フランスのほうがリスクも大きく、これもパリ五輪開催にとって大きな課題、負担では?

メスメール いいえ、むしろテロ、セキュリティ対策については東京五輪よりパリ五輪のほうが負担は少ないと思います。なぜなら、フランスでは既に多くのテロ事件が起きていて、未だに非常事態宣言が出されている。つまり、既にそれに対応した警備やセキュリティが日常化しているということです。そのため、多くの観光客を迎えるパリでも、普段からあちこちに重武装した警官や兵士がいて、日常の警備にあたっています。もちろん、オリンピックの警護は大きな負担ですが、フランスはテロ対策に慣れています。

一方、平和な日本はオリンピック開催に向けて、そうした警備体制をゼロから整備しなければならない。その負担は遥かに大きなものとなるはずです。僕が取材に行った昨年の伊勢志摩サミットでも、僅か7人のG7首脳を警護するために、全国各地から2万人余りの警察官が集められていましたからね。オリンピックに向けて、どのような体制を整備するのかはわかりませんが、非常に大きな負担となることは間違いないでしょう。

─東京でも、パリでも今やオリンピック開催が「無条件に歓迎される」時代ではなくなってきているように感じます。その将来をどのように見ていますか?

メスメール いろいろな意味で「巨大なビジネス」となった現代のオリンピックですが、今や商業的な成功すら難しくなっていて、観戦チケット代も普通の人にとっては高すぎる。今のオリンピックが様々な点で「限界」に直面していることは明らかです。これは言い換えれば、すでに「持続可能」なモノではなくなっているということで、他ならぬIOCもそのことに気づいているはずです。

個人的には、今のような「一国による開催」ではなく、例えばヨーロッパ、アフリカ、アジアなど「大陸別」に複数の国が競技ごとの開催地を分担するとか、より長い期間に分けて競技の集中を分散するなど「新しい持続可能なオリンピック」の形を真剣に模索すべき時期が来ているように思いますね。

(取材・文/川喜田 研 撮影/長尾 迪)

●フィリップ・メスメール1972年生まれ、フランス・パリ出身。2002年に来日し、夕刊紙「ル・モンド」や雑誌「レクスプレス」の東京特派員として活動している