「焼肉道」に邁進する著者・小池克臣氏の集大成ともいうべき1冊『肉バカ。』

数ある「肉」にまつわる本の決定版ともいうべき1冊が登場した。その名も「肉バカ。」だ。

魚屋の長男に生まれながら、子どもの頃からの焼肉好きが高じ、自らの「焼肉道」に邁進する著者・小池克臣氏に話を聞いた。

小池氏がこだわる和牛の魅力や日本の焼肉事情を伺った前編「本当にうまい牛肉と霜降りの正体とは…」に続き、今回は美味しい肉の食べ方、とっておきの名店について!

-小池さんはこれまでに何人もの生産者さんとお会いしていると思いますが、その中でこだわりのある方は多いですか?

小池 霜降りとかA5ランクがどうとかを気にせず、自分を信じてやってらっしゃる方というとやはり多くはないかもしれません。僕が実際に食べて、この牛を育てた人に会いたいと思った生産者さんは10人もいないですね。その中でも飛び抜けているのは兵庫で3人、滋賀でひとり、あとは松阪でしょうか。

-現在、注目している生産者さんはいらっしゃいますか。

小池 岩手の佐々木譲さんの育てた「岩手水沢牛」は美味しい。子牛を見る目、餌に対する気配り、一頭一頭に対する配慮。すべてに一切の妥協なく育てていらっしゃると思います。

-最近、「熟成肉」というのが話題になっていますが…。

小池 アメリカで流行り出したんです。それを日本人も受け入れて、"長く寝かせればいい"みたいな風潮が出てきて、3ヵ月寝かしましたとか半年寝かしましたという牛肉が出てきた。でも、これもバランスだと思います。

僕が考えるベストな熟成期間は2週間から1ヵ月くらい。というのも、確かに熟成させることで肉は柔らかくなるのですが、本来の香りが損なわれてしまうんです。その代わりに"熟成香"という、ナッツ臭のような独特の香りが出てくるので、それが好きな人には向いているかもしれません。ただ、僕としては和牛本来の旨味のピークを過ぎているものが多いと思いますね。

-では小池さんが考える、和牛のいい香りとは?

小池 表現するのが難しいですね。例えば、ステーキ屋さんで塊で焼いてもらって、それが出てきた瞬間のフワーっと広がる香りとでもいうのでしょうか。それを切り分けると、さらに甘みと旨味を伴った香りに包まれていく。至福の瞬間ですね…って、いい香りのイメージを具体的にお伝えできずに申し訳ないのですが(笑)。

-時にはハズレの店に当たる時もありますよね?

小池 それもまた楽しんでます。何も僕は高級な牛肉だけを食べているわけじゃないですよ(笑)。輸入牛肉には輸入牛肉の美味しさがありますから。あと、店の雰囲気とかね。例えば、昭和の雰囲気を残しつつ、無愛想なおっちゃんがやっているような店だと、なんか懐かしい気分になって、ちょっと美味しくなくても許せちゃう、みたいなところもありますね。そうなると、牛の香りがどうとか、そういうことじゃないんですよ。

-結局、みんな好き、ということですか(笑)

小池 だって、牛肉はすべて美味しいんですもの。もちろん、その中で自分が一番好きなのはこれだとか、こういう血統がいいとか、そんな基準はあります。でも、焼肉屋さんで対峙する牛肉の数だけ生産者さん、仲卸の人、料理人さんといったテーブルに届くまでに関わった人たちのストーリーがあるわけです。そのすべてが凝縮されて僕の口の中に入っていく。そう考えると、やっぱり全部美味しいと思うんですよね。

1軒を選ぶのは無理です!

-先ほど、銀座吉澤で買った牛肉をご自宅で食べるとのことでしたが、食べ方は?

小池 すき焼きが多いですね。個人的にはステーキにしたいんです。しかも、ちゃんと炭で焼いて。でも、炭ってベストな状態に持っていくまで1時間ほどかかるんです。我が家には子どもがいるんですが、みんな、その1時間が待てない(笑)。ならば焼肉はと思うかもしれませんが、こちらは味付けが難しい。だから、すき焼きが多いですね。市販の割り下でも、十分に美味しく食べられるので。

もうひとつのオススメはビーフカレー。まずは骨付きのテールをじっくりと煮込みます。ほろほろになったら骨を外して、そこからは嫁さんにバトンタッチして、カレーに仕上げてもらうんです。美味しいですよ。

-カレーはいいですねぇ。ずっと焼肉のお話を聞いていたところだったので新鮮な感じもします。では最後の質問ですが、死ぬ前に食べたい肉を教えてください。

小池 難しいなぁ。まず、料理の種類でいうとサーロインステーキです。ヒレ肉ももちろん美味しいんですが、肉質の良さが最も感じられるのはサーロインステーキだと思うんです。口の中に広がる甘みと旨みが違いますからね。

-お店でいうと?

小池 1軒を選ぶのは無理です。3軒は回りたい。まずは僕の中での和牛料理最高峰である「ステーキ くいしんぼー山中」(京都)。初めて食べた時のことは忘れられませんね。焼き方も味付けも特別なことをしているとは思えなかったのですが、口に入れた途端、衝撃が身体中を走り抜けたのを覚えています。

「にくの匠 三芳」(京都)は技術がすごい。ただ、最初にお邪魔した時、技術に比べて、僭越ながら肉は普通だなと思ったんですね。それで神戸牛の名門「川岸牧場」を紹介させていただきました。三芳の店主・伊藤さんは川岸さんに惚れて、川岸さんも伊藤さんの料理に惚れて、相性がバッチリはまりました。それも自分が食べたいからできたことなんですけどね。結果オーライです(笑)。

そして最後はミシュランガイドにも出ている「ARAGAWA(あらがわ)」(神戸)です。ここのステーキはとにかく絶品なんですよ。この3軒を回れれば、安らかに逝けるかな(笑)

-生産者と料理店をマッチングさせるってすごいですね。和牛界のフィクサーみたいです(笑)。

小池 仕事でもないし親切心でもない。本当に自分が食べたいだけなんですよ。でも、それをSNSや今回の本のような形で発信していくことで、少しでも和牛界のためになればとは思っています。だから皆さん、まずは僕を知ってください。こういう人がいるんだなとわかってもらえれば、今よりもいい牛肉が食べられると思いますよ!

●    小池さんが人生の最後に食べたい名店・ステーキ くいしんぼー山中 http://www.ac.auone-net.jp/~yamanaka/ ・にくの匠 三芳 http://niku-miyoshi.com/ ・ARAGAWA http://www.aragawa.co.jp/

(取材・文/長嶋浩巳)

小池克臣横浜の魚屋の長男として生まれたが、家業を継がずに肉を焼く日々。焼肉を中心にステーキやすき焼きといった牛肉料理全般を愛し、さらには和牛そのものの生産過程、加工、熟成まで踏み込んだ研究を続ける肉の求道者。年間80~100kgの和牛を食べている。これまで食べ歩いた和牛料理店から厳選した店とこだわりの和牛飼育を行なっている牧場を訪ね歩いた"肉の本"の決定版「肉バカ。」(集英社)が発売中。「となりのヤングジャンプ」にて小池さんが主人公となったウェブ漫画も掲載! http://www.tonarinoyj.jp/manga/koikesan/