『ロボコップ』や『氷の微笑』などで知られるポール・ヴァーホーヴェン監督

ポール・ヴァーホーヴェン監督、久々の大復活である。80年代、オランダからハリウッドに渡って撮った『ロボコップ』でその名を轟かせ、『トータル・リコール』『氷の微笑』と相次いで大ヒットを飛ばし、売れっコ監督の座を手にしたが、2000年以降はオランダでの映画制作が続き、以前の勢いを失っていたかのようだった。

そんな彼の4年ぶりの新作が、フランスの大女優イザベル・ユペールを主演に据えた異色のサスペンス『エル ELLE』だ(8月25日から日本公開)。

会社社長を務める辣腕(らつわん)の熟女がある日、自宅に押し入った何者かに暴行を受ける。彼女は周囲の反対を押し切り警察には届けず、自身で犯人探しに乗り出す。

ここからのエロスとタナトス渦巻く屈折具合は想像を絶するほどで、あらゆる定型を突き崩し、物語は予想外の結末を迎える。まさに「こんな映画観たことがない」という驚愕の連続。ユペールはその怪演でアカデミー賞主演女優賞にノミネートされたほどである。

齢79歳で見事に返り咲いたヴァーホーヴェン監督に、本作について語ってもらった。

―1997年に『スターシップ・トゥルーパーズ』(※)が公開になった時、あなたはファシスト、親ナチと批判されました。もちろん、あの映画はパロディであり、内実は全体主義やファシストへの痛烈な皮肉であったわけですが、一般的には誤解を受けた作品でもありました。新作『エル ELLE』もとても曖昧(あいまい)な部分を残した作品なので、たとえば加害者の側を擁護しているというような批判を受けるかもしれないという思いはありますか?(※)『スターシップ・トゥルーパーズ』…ヴァーホーベンお得意のヴァイオレントなSFアクション映画。民主主義が崩壊し、軍が統括する地球連邦が銀河系惑星を植民地化し始めたため、先住の宇宙生物が反撃し凄惨な全面戦争となる。一見、人類による勧善懲悪ものに見えながら、実は地球連邦を痛快に風刺した内容だが、ストーリーを額面通りに受け取った批評家たちから監督自身が軍独裁を讃えるファシストと批判を受けた。

ヴァーホーヴェン それは覚悟の上だよ。私は常に論争が起こるような作品を作ってきた専門家だからね(笑)。主人公のミシェルはどこにでもいるようなヒロインではないし、強い女性であり、誰も予期していない行動をとる。そもそもこれはフィクションであり、原作自体がこういうストーリーだった。彼女が女性の代表だなんて言うつもりはない(笑)。私は原作の意向に忠実に映画化しようとしただけだ。

でもフランスでは議論は起こらなかった。批判的な意見はなかったと思うよ。驚いたことにアメリカでも意外に評判が良かった。ニューヨーク・タイムズ紙でさえ好意的な批評で「罪深き楽しみ」と評された(笑)。

曖昧さを残したのは、観客みんながそれぞれの見方をすればいいと思ったからだ。ミシェルのことを精神分析的に説明するのは難しいし、それが可能だとも思わない。ただ原作を読んだ時に彼女の生い立ちを説明することは重要だと思った。彼女は過去に父親に関する事件で大きなトラウマを抱えている。

だからといって、ミシェルの性格を過去のせいだと決めつけたくはなかったし、原作もそういう書き方はされていない。私は様々な情報を与えて、観客自身にその隙間を繋ぎ合わせて自由に想像してもらいたかった。

例えば、『ロボコップ』や『ブラックブック』はそういう描き方をしていないが、この物語はそれが必要だと思ったんだ。だからギャップや曖昧さを残したまま、ただミシェルのいろいろな側面と周りの人間関係を描いた。

イザベル・ユペールが演じるミシェル。新鋭ゲーム会社の社長を務めるキャリアウーマンなのだが…

イザベルは、本当に素晴らしい女優だよ

―登場人物はミシェルを筆頭に誰もが屈折していて、健全な人がほとんどいません。ある意味、現実離れした寓話のようでもありますが、どんなところに惹かれたのでしょうか。

ヴァーホーヴェン まさにキャラクターがみんな極端なところだ。その行動、リアクション、性格…こうしたキャラクターたちは映画における興味深い人物となる。私は映画の登場人物たちにモラルを求めたりはしない。映画はフィクションだから。

もうひとつ、この物語に惹かれたのはスリラーやミステリーとしての要素だ。ミシェルを襲った犯人は誰なのか、彼女が知っている人物なのか、そこにサスペンスや緊張感が生まれる。

―イザベル・ユペールの、まさに怪演と言えるような演技が素晴らしく、彼女はアカデミー賞の主演女優賞にもノミネートされました。ただ、元々はアメリカの女優を起用してアメリカ映画として撮ることを考えていらしたそうですね。

ヴァーホーヴェン オランダからハリウッドに渡って以来、長年、ハリウッドで仕事をしてきたし、今もアメリカに住んでいるからね。17歳の時に1年だけフランスに住んだことはあるが、残念ながらフランス語はあまり喋れない(笑)。原作はフランスだし、私が関わる以前に彼女がこの役に興味を示していたのは知っていたが、私にとってアメリカでやるほうが自然に思えた。でも実際に動き出したら、到底無理だということがわかったんだ。多くの女優たちに断られたよ(笑)。

―アメリカにおいては過激すぎたということでしょうか。

ヴァーホーヴェン 女優たちはみんな演じるのを恐れた。普通、エージェントに脚本を送ってしばらくしてから返事が来るものだが、これは速攻でみんなノーと言ってきた(笑)。

―その中には、『氷の微笑』で主演を務めたシャロン・ストーンも?

ヴァーホーヴェン いや、彼女のことは考えなかったな。その前にすでにたくさん断られていたし。誰とは言えないがね(笑)。よく言われたことが、これはリベンジ・ストーリーではないから無理だと。被害者がリベンジするというわかりやすいものでないとダメなんだ。

そこで振り出しに戻ってフランスで撮ることにして、もちろんすぐにイザベルにコンタクトをしたよ。幸いなことに彼女の気持ちは変わっていなくて、イエスと言ってくれた。もちろん最初から彼女のように勇気があって素晴らしい女優はそういないことはわかっていた。『ピアニスト』の彼女を思い出しただけでも、只者ではないことはわかるだろう(笑)。ただフランス語を話せない私がフランスで撮ることはちょっと想像できなかったんだ。

―イザベル・ユペールはこの役について「特別な女性で、誰にも彼女をジャッジすることはできないし、それは意味がない。私はただ彼女をあるがままに演じた」と語っています。彼女とはキャラクターやそれぞれのシーンについて話し合ったのですか。

ヴァーホーヴェン いや、それもあまりなかったね。イザベルは本当に恐れ知らずだし、本質を掴んだら余計な議論など必要としない。私はこのストーリーを映画化する時に自分なりのユーモアや皮肉も付け加えたが、そういうところも理解して、ぞっとするような場面にユーモアや軽やかさをもたらしてくれた。本当に素晴らしい女優だよ。

ある日突然、自宅に押し入った何者かに暴行を受けたミシェル。しかし、警察に通報することもなく平然と日常生活を続けるのだった…

続編の誘惑は何度もあったよ

ヴァーホーヴェン監督(右)とイザベル・ユペール(左)

―ミシェルは若い社員を牽引するビデオゲーム会社の社長です。ビデオゲームというのは原作にはない要素ですが、映画の中でゲームの映像が効果的に用いられていますね。映像的な要素と結びつく職業を考えたのでしょうか。ご自身もビデオゲームにご興味があるのですか?

ヴァーホーヴェン いや、僕自身はビデオゲームのことは全くわからない(笑)。実はそのアイディアは娘が提案してくれたんだ(笑)。そして脚本家のデヴィッド・バークも詳しかったから、すぐにいいアイディアだと賛同してくれた。

原作ではTVドラマなどの脚本を扱っていることになっていたが、それだと映像的にあまり遊べないと思ってね。ビデオゲームという素材を通してならエロティックな映像もできるし、映像的に物語と並行して描いていくことができる。それに、これまで誰もビデオゲームをこんな風に扱ったことはなかったと思うから満足しているよ。

―ところで、ハリウッドでは今や続編やシリーズ化が大流行りですが、あなた自身、過去の作品の続編を手掛けようという気はないですか。

ヴァーホーヴェン これまで打診されたことは何度もあったよ。もちろん、成功した続編の場合は監督の給料も跳ね上がるから一時は誘惑されそうになった(笑)。中には脚本が面白いものもあったけど、どういうわけか実現には至らなかった。でも今となってはそれで良かったと思っている。自分をそれほどやる気にさせてくれるものはなかったし、1作目以上にいいものが作れたとは思えない。

それにあまり恐れを感じられなかった。恐れがないのは創作においてはよくないことだと思う。恐れがあると、それをバネに今まで行ったことがない領域に行けるし、未知のことを開拓できる。今回はフランスでフランス語の映画を撮るということが、僕にとっての超えるべき壁だった。

―それでは今後またヨーロッパで映画を作る可能性はありますか。

ヴァーホーヴェン フランスでまた撮りたいと思っているよ。この映画にとても満足しているし、アーティスティックな視点からも俳優やスタッフたちと素晴らしいコラボレーションをすることができたから、こうした可能性をもっと探求していきたいと思う。僕自身、SFというジャンルに飽きてしまったのと、CGIをたくさん使うような作品に興味がなくなったということもある。今はもっと本物のセットの中で、俳優たちと密接に仕事がしていけるようなドラマに興味があるんだ。

* * *

どうやら、ますます意気軒昂、今作で新たな意欲も増したようなヴァーホーヴェン監督。飽くなき探究心でジャンル映画の概念を塗り替える、豪胆さを祝福したい。

(取材・文/佐藤久理子 撮影/依田佳子)

■ポール・ヴァーホーヴェン1938年、オランダ、アムステルダム生まれ。SFアクション大作『ロボコップ』(87)が大ヒットを記録し、一躍その名を知られる。1992年には、エロティック・サスペンス『氷の微笑』で一大ブームを巻き起こし、主演のシャロン・ストーンを大スターに押し上げた。その他、代表作に『トータルリコール』(90)、『スターシップ・トゥルーパーズ』(97)、『インビジブル』(00)など。

■映画『エル ELLE』は8月25日(金)より公開。詳細情報はオフィシャルサイトにて。

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