南米原産の毒性の強いヒアリは中国南部を経由して、港湾部を中心に日本国内13ヵ所で発見されている

環境省や自治体が水際での侵入阻止に取り組んでいる“殺人アリ”こと、ヒアリ。だが、アリの研究者として東京大学などで講師を務める寺山守氏は「今のままでは港湾部から都市部へ、生息域が拡大する恐れもある」と警鐘を鳴らす。

ヒアリの怖さは、その毒性の強さとともに繁殖能力が異常に高い点にあることを前編記事で伝えた。まず、女王ヒアリは毎日1500~2千個の卵を産む。さらに、高さ50㎝ほどの巨大なドーム状の巣を“本部”とし、その周辺に“前線基地”のような小規模な巣をたくさん作ることで生息域を急拡大させていく生態を持つ。寺山氏によると、大規模な巣では働きアリ(女王ヒアリの子)の数は100万匹にも達するそうだ。

騒動が全国に飛び火する中、後編ではヒアリ根絶へ国が取るべき方策と、その“毒針”から身を守るための方法を聞いてみた。

―全国13ヵ所の港湾からヒアリが次々と発見されていますが、現在、国内でヒアリの本部(大規模な巣)は見つかっているのでしょうか?

寺山 環境省などの発表を見ていますと、まだのようです。“前線基地”のヒアリがコンテナに入り込み、日本の各港に運ばれてきているというのが現在の状況なのだと推測できます。

―そのコンテナの輸入元は中国ですね。ネット上ではお決まりのように、中国人がわざとヒアリを紛れ込ませて…なんて陰謀論が一部で広がっていますが(苦笑)

寺山 単なるブラックユーモアでしょう。さすがに中国もそこまで暇じゃないかと…。日本への侵入はおそらく中国南部でヒアリが爆発的に増えるフェーズにきているからです。

―それはどういうことでしょうか?

寺山 主に広東省などの中国南部では、約10年前にヒアリの侵入を許し、これを受けて中国・農務省は根絶に向けた“8ヵ年計画”を打ち出しました。しかし、8年以上が経過した今、増殖は食い止められず、すでに定着してしまっているのが実情です。

米国の事例ではヒアリの侵入(初期段階)から30年後に生息数が爆発的に増え出した。中国ではまだ10年程度ですが、場所も変われば環境条件も変わるので、すでに大量増殖期のフェーズに入り、その一部が日本に侵入してきていると思います。

―中国はなぜ根絶に失敗したのでしょうか?

寺山 薬剤をまけば一時的に減りはするが、増殖能力が異常に高いヒアリでは、どこかに女王が生き残ればあっというまに数を回復させ、元の状態に戻ってしまう。一度定着してしまえば、現実的に根絶するのが難しいんです。事実、世界を見渡してもヒアリが増え出した段階で根絶に成功した事例は過去に一例もありません。中国も途中で諦めて、今はもう放ったらかしの状態ですね。海南(ハイナン)島では“週100人”単位でヒアリに刺された人が病院で治療を受けている状況にあるそうです。

―日本でも環境省を中心にヒアリ対策に取り組んでいますが、根絶は不可能だと?

寺山 日本の現状はまだまだ初期段階。この段階での根絶に成功したニュージーランドの例に倣(なら)えば、定着を食い止めることは十分に可能です。そのためには港湾エリアでの徹底的なモニタリング調査と、ヒアリやその巣が確認された場合には薬剤散布によって駆除するしかない。労力と予算が必要ですが、根絶にはこの“モグラ叩き”のような地道な作業を繰り返すしかありません。

また、供給源である中国に対しては、港周辺でヒアリの個体群を減らすなど、日本への侵入を水際で食い止める対策を要望する。日本政府には一刻も早い国家レベルの対応が求められています。

過剰対応で我々の“味方”を殺虫している!?

―一般消費者に目を移せば、アリ用の殺虫剤が飛ぶように売れています。ホームセンターではヒアリ対策の特設コーナーまで設けられて…。

寺山 ちょっと過剰反応ですね。ヒアリの侵入はまだまだ港湾部に止まる初期段階。攻撃力が高いといえども、個体数が少ないこの段階であれば、数で勝る在来種のアリが集団で襲い、撃退してくれることもある。そこにヒアリがいるはずもないのに、庭やベランダなどでアリを見つけては殺虫剤を撒き散らしている人もいるようですが、それは我々の“味方”(在来種のアリ)を殺虫しているに過ぎません。

―とはいえ、今後を考えれば港湾部から都市部、居住エリアへと生息域を拡大する恐れもあります。その時、我々はどう対応すればいいのでしょうか?

寺山 まず、ヒアリには肉眼でもわかる特徴があるので、他の在来種のアリと見分ける知識を持つこと。赤っぽくツヤツヤとしていて、集団でいれば2.5~6mm程度の様々な大きさのアリが混在している、というのが特徴です。巣は地上にこんもりと盛り上がるドーム状のアリ塚で、先ほど説明した通り、棒などで塚を突っつくと、集団でワッと出てきて襲いかかってくるので、絶対にやめてください。

ヒアリを見つけたら、プロの駆除業者や最寄りの自治体に連絡することをオススメします。もちろん、自己防衛のために殺虫スプレーやベイト剤を置かれて構いませんが、下手にそれらを撒くと、『ここは環境が悪いな』と判断して巣ごと他の場所に移動してしまい、むしろ拡散させる恐れがあります。

万一、刺されたら激しい痛みや腫れを感じます。異常を察知したら、すぐに医療機関で『ヒアリに刺された』と医師に伝えて治療を受けてください。

★発売中の『週刊プレイボーイ』No.37「嫌われ虫の生態をポジティブに語ろう【アリ編】」では、ヒアリの風評被害で忌避されがちな他のアリたちのアッと驚く生態やその神秘についても紹介。ぜひ、そちらもお読みください。

(取材・文/興山英雄)