法政大学教授の“ダニ博士”こと、島野智之氏

ただでさえ疎(うと)まれた存在なのに、この夏のヒアリ騒動やダニ被害などを経て、さらに評判を落とした“嫌われ虫”たち。長年、彼らを追い続ける研究者たちが、そのマイナスイメージをガラッと変える生態について語るーー第1回はダニ

ダニ・マニア』の著者で、原生生物学を専門にする法政大学国際文化学部・自然科学センター教授の島野智之(さとし)氏に話を聞いた。

―マダニが猛威を振るっていますね。7月にはマダニ由来のSFTS(重症熱性血小板減少症候群)ウイルスに感染した猫に噛まれた女性が亡くなったと厚生労働省が公表しました。

島野 はい…。動物から人への二次感染は世界初の事例で、その第一報を聞いたときは正直、震えました。動物から人への感染があるなら、人から人への感染もありうる。最も恐れていたことが起きてしまいました。

―死を呼ぶダニ…怖すぎ。

島野 う~ん。そんなにダニを悪者扱いしないでください。すべてのダニが悪いわけじゃない。

―と、いいますと?

島野 日本に生息するダニは約2千種ですが、血を吸うのは20種程度で、全体の1%にすぎません。大半のダニは人間とは関係ない、森などで自由気ままに暮らす平和主義者です。

―とはいえ、ダニなんて地球上から消えればいいのにと思っている人も多いんでは…。

島野 それは人間のエゴです。ダニが地球上に現れたのは、まだ恐竜もいないデボン紀(約4億2千万年前)。約25万年前に地上に現れた人間からすれば“大先輩”ですから。

―そもそも、ダニは日本に何匹くらいいるんですか?

島野 1京匹以上です。世界では450京匹ほどいますね。

―桁が途方もなさすぎます。

島野 火山の噴火口以外、どこにでもダニがいると思って間違いないです。深海7千mにも周囲の有機物、腐食物などを食べながらひっそりと暮らしているウシオダニがいます。

ダニがいなければ森は落ち葉だらけに!?

島野先生のお気に入り、ササラダニ類のマイコダニ! 名前の由来は「京都の舞妓のように容姿がかれんだから」(島野氏)

 ―目には見えないけど、地球上ダニだらけってことですか。

島野 でも、それほどのダニが、それぞれ生態系でなんらかの働きを担っているんです。もしいなくなれば、生態系そのものが崩れてしまうかもしれない。

―どういうことでしょう?

島野 両手を前に伸ばして、四角形をつくってみてください。

―あぁ、はい……。

島野 その四角形が森林の土壌1㎡だとすると、そこには約5万匹のササラダニがいます。

―ひぃぃぃぃぃぃぃぃ!

島野 明治神宮を歩いた場合、一歩踏み出すごとに片方の靴で約2千匹のササラダニを踏んづけている計算になる。

―いやいやいや。

島野 でも、ササラダニに吸血性はなく、人間にとっては無害な良いダニです。実際、落ち葉や枯れ枝を噛み砕き、彼らの糞(ふん)をバクテリアなどの微生物が無機物に戻して植物の栄養に変えてくれる。この生態系のサイクルがないと森は落ち葉や枯れ木だらけになる。

つまり、ササラダニは“森の掃除屋さん”というわけです。また農場で若い苗の病気の原因となるカビを食べたり、農業害虫の綿虫をスパゲティのように食べたりして、植物が病気になるのを防いでいます。

★後編⇒「ダニは“神様の贈り物”。一度、食べてみましたが…」忌み嫌われる存在にダニ研究の第一人者が語る

(取材・文/興山英雄)