「ニホンオオカミやツキノワグマも生存をにおわせる情報がある以上は、国や自治体はきちんと調査すべき」と語る宗像充氏

1979年の目撃が最後とされ、環境省が2012年に「絶滅種」指定したニホンカワウソだが、今年2月、長崎県対馬市でそれと思われる動物が撮影された。

また、九州では1957年の死体発見を最後に絶滅したはずのツキノワグマの目撃情報が相次ぎ、1905年の個体を最後に捕獲記録のないニホンオオカミも目撃事例や遠吠えを聞いたとの情報は絶えない。

ジャーナリストの宗像充(むなかた・みつる)氏によれば、いったん「絶滅」を宣言された動物は、目撃情報があっても「いない」ことを理由に国が実態調査に乗り出さないという。著書『ニホンオオカミは消えたか?』ではそうした国の姿勢に疑問を呈している。宗像氏に聞いた。

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―本書のあとがきで「絶滅したと言えば終わりになるわけではない」と書かれていますが、まさしく今年、カワウソが対馬で発見されましたね。

宗像 絶滅の定義について、環境省は「過去50年の間に信頼できる生息の情報が得られていないこと」と定めていて、IUCN(国際自然保護連合)は「徹底調査でも一個体も発見できなかったとき」と定めています。

ニホンカワウソの場合、最後の目撃から50年たたずして絶滅宣言したのもおかしいし、「絶滅」後に目撃情報があっても環境省や自治体は調査しません。今回の映像はさすがに動かぬ証拠なので、やっと調査を始めましたが、簡単に「絶滅」って言うな、カワウソに謝れと言いたいです。

―環境省以外で調査をする組織はないのですか?

宗像 ニホンカワウソが県獣の愛媛県では、2012年8月から14年春までで県内外から34件の目撃情報が寄せられ、県は14年度に生息状況の調査を実施しました。

大分県豊後大野(ぶんごおおの)市でも登山者のクマ目撃情報が相次ぎ、市は登山口に「クマ注意」の看板を設置して、クマ研究者らでつくるNGO「日本クマネットワーク」は12年に現地で生息調査を実施しました。国がどう言おうと、生存の可能性を検証する動きはあるんです。

ニホンオオカミの定義が人によって違う

―ニホンオオカミの調査はどうですか?

宗像 見つけようと奮闘しているのは個人ですね。「いない」動物を探そうとする人は周りからは例外なく「変なおじさん」扱いですが(苦笑)。例えば、NPO法人「ニホンオオカミを探す会」(以下、探す会)代表や元高校校長がライフワークでニホンオオカミを探してますが、すごい情熱です。探す会代表は40年以上も探していて、埼玉・秩父の山に50台以上の赤外線カメラを設置しています。

―今現在、どんな情報が集まっているのですか?

宗像 探す会には、紀伊半島、秩父、九州などから69件の目撃情報や遠吠えを聞いたとの情報が寄せられています。1996年には探す会代表が秩父で、2000年には元校長が九州で撮影に成功していて、当時、報道もされています。

―それはニホンオオカミと断定されたのでしょうか?

宗像 ふたりの写真を鑑定した分類学者の権威、今泉吉典先生は、それぞれ「可能性がある」「ニホンオオカミそのもの」と評価しました。そしてふたりが写真をマスコミに公開したのは、ニホンオオカミの調査と保護を望んだからです。でもそうならなかった。多くの学者が否定し、一般人からも「飼い犬だ」とバッシングされたんです。報道嫌いになった元校長は、最初僕の取材を受けませんでした。

―宗像さんが絶滅動物の取材を始めたきっかけはなんですか?

宗像 『オオカミの護符』(新潮文庫)というオオカミ信仰のルポを読み、面白いなと情報を集めたんです。そして軽い気持ちで探す会代表に会いに行ったら「これ読んでから来て」と資料をどっさり渡されて……。それから目撃情報の現場に出かけたりとのめり込むんですが、取材を重ねるほどにニホンオオカミがわからなくなってきました。

―と言いますと?

宗像 何をもってニホンオオカミとするのか、という定義が人によって違うのです。今泉先生はニホンオオカミのタイプ標本を基にして、先ほどのふたりの写真に写っている動物を「ニホンオオカミそのもの」と判断しています。しかし、そもそもタイプ標本自体、ニホンオオカミと呼ぶべきなのかどうか、論争は今も続いているのです。

―これといえる断定方法は?

宗像 頭骨に特徴があります。でもそれを確認するには個体の捕獲が必要になります。あるオオカミ探索者は、車の前にオオカミらしき動物が現れたとき、「これをひき殺せば」と思ったこともあるそうです。

―著書で面白かったのは、宗像さん自身が3年前、とうとう目撃者になったことです。

宗像 オオカミ神社として有名な秩父の三峯神社では、3年前、探す会によるフォーラムが開催されましたが、閉会後のクルマでの帰路で見てしまいました。灰色で耳が立ち、体の割に足が短い。ニホンオオカミと断言できませんが、それまで取材で仕入れた情報から判断するに、明らかに犬ではない。フォーラム参加直後に見たなんてできすぎですよ。僕も「変なおじさん」の仲間入りです。

「絶滅」動物は案外身近にいるのかも

―もしかしたら、私たちも知らないうちに見ている?

宗像 ありえます。秩父のある公共施設で、笑われるのを覚悟で受付の女性に「オオカミの取材で来た」と言うと、その女性に「私も見たことがあります」と言われたり……。知人の編集者なんて、東京のど真ん中、市ケ谷駅の近くの釣り堀でカワウソを見たと言ってます。「絶滅」動物は案外身近にいるのかもしれません。多くの人は「いない」と思っているから、見ても、漠然と違う動物だと認識するのだと思います。

―今後の目標は?

宗像 例えば、魚のクニマスは秋田県田沢湖で1940年頃に絶滅したとされていましたが、さかなクンの活躍もあり2010年に山梨県の西湖で発見されました。環境省の絶滅宣言は絶対ではありません。ニホンオオカミやツキノワグマも生存をにおわせる情報がある以上は、国や自治体はきちんと調査すべきです。いつまでも絶滅宣言を免罪符に何もしないことをよしとすべきではありません。

僕は長野県大鹿村の住民ですが、近くのダムでは70年代にカワウソの目撃情報があり、近所の高齢者に尋ねるとオオカミの言い伝えも残っているんです。自分の地元の情報収集にも努めたいと思っています。

(インタビュー・文/樫田秀樹 撮影/岡倉禎志)

●宗像充(むなかた・みつる)1975年生まれ、大分県出身。ジャーナリスト。一橋大学卒業。大学時代は山岳部に所属。登山、環境、平和、家族問題などをテーマに執筆を行なう。ニホンオオカミのほか、ニホンカワウソや九州のツキノワグマなど絶滅したとされる動物の存在について検証したルポルタージュを雑誌に発表。著書に『子どもに会いたい親のためのハンドブック』(社会評論社)、『街から反戦の声が消えるとき』(樹心社)。現在は長野県大鹿村に在住、リニア中央新幹線の反対運動についての取材も行なう

■『ニホンオオカミは消えたか?』(旬報社 1400円+税)1905年を最後に日本では捕獲例がなく、絶滅したとされるニホンオオカミ。しかし、その後も目撃情報は絶えない。何か調査は続けられているのか? そもそもニホンオオカミとは何か? ニホンオオカミだけでなく、ニホンカワウソや九州のツキノワグマといった、環境省による絶滅宣言で「いなくなった」ことにされた動物の実態について取材を続ける著者が、ニホンオオカミに関する文献や関係者などに地道な取材を行なう渾身のルポ