内田樹氏(右)と姜尚中氏が直近の北朝鮮ミサイル問題を中心に、解散・総選挙で森友・加計問題にフタをし、憲法改正に突き進む安倍政権の姿勢を真っ向から批判!

アメリカ本土を射程に収めるICBM(大陸間弾道ミサイル)の発射と核実験で、国際社会への挑発行為を繰り返す北朝鮮。

日本では「Jアラート」が鳴り響き、憲法改正どころか日本の「核武装論」まで飛び出している。北朝鮮情勢はこの先、どんな展開を見せるのか? 

新刊『アジア辺境論』(集英社新書)の著者、内田樹(たつる)氏と姜尚中(カン・サンジュン)氏が、この緊急課題に立ち向かったトークショー(9月19日)の模様を、前編に続きお届けする!

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 当然、核兵器を含む武器流出も大きな懸念ですね。

内田 独裁体制が崩壊したら、軍人たちはあとは自分たちの才覚で生き延びるしかない。北朝鮮はこれまで国営ビジネスとして「麻薬」「偽札」「兵器」を製造し、闇ルートで販売して外貨を稼いできた。体制崩壊は、それらが「民営化」されて難民と共に周辺国に流出することを意味しています。 まさに「悪のパンドラの箱」が開くという感じですね。そう考えると、やはりどこかで潮目が変わってアメリカは北朝鮮と交渉をするしかない。その結果、北朝鮮に対して強硬な姿勢を取り続けている安倍首相がハシゴを外される可能性もないとは言えませんね。

気になったのが、安倍さんがトランプ大統領と2日間連続で電話会談をしたことです。おそらく安倍さんは、「勝手に米朝交渉しないでくださいよ」とトランプ氏に念を押したかったんじゃないかと思う。

内田 2日電話したってことは先方から色よい返事がなかったということですよね。「もちろんしないよ」ということなら5分で終わる話ですから(笑)。それにアメリカにハシゴを外されるといっても、そんな所に「上るなよ」ってみんな言ってたのに、勝手に上ったわけですからね。

 そういう人が、今度は解散・総選挙をやると言っている(笑)。連日のように北朝鮮の脅威をあおるような警戒措置を取りながら、このタイミングで選挙をして10日以上も政治的な空白をつくるという理屈が私にはまったく理解できません。

内田 争点を北朝鮮問題にして、それで内閣支持率を上げようという狙いの表れですけれど、そうやって危機感を醸成し、国民の不安を高めることで自己利益が増大すると見込んでいる人が政府部内や財界に多いんでしょう。

官邸は事態がもっと危機的になることを切望していると思います。軍事的危機が高まれば森友・加計問題なんか論じている暇はない、ということになる。安保法制や特定秘密保護法、共謀罪なども「ほら、制定しておいてよかったじゃないか」と正当化できると思っている。

 そこで怖いのは韓国や日本にも核保有論が出始めていることです。先日、元防衛官僚の柳澤協二(きょうじ)さんと話していたら「脅威」というのは能力×意志だというんですね。例えば中国は核を持っていますが、われわれは日本に撃ってくるとは思わない。それは現時点で中国にその「意志」がないと考えているからだと。もちろん中国の南シナ海への進出などは確かに脅威ですが。

ですから、まず必要なのは北朝鮮を核ミサイル使用の「意志」がない状態に持っていくことであって、仮にこちらも核武装して「能力」だけを向こうと同じにしても脅威はなくならないのです。

核を使う「意志」をどう取り除くか

内田 安倍政権はアメリカにとって都合のいい政権です。まして今はアメリカから武器をじゃんじゃん買ってくれる上得意です。ですから、今のところは日本政府が朝鮮半島の危機をあおるのを放置している。でも、どこかで電撃的な米朝合意が実現すれば、日本はアメリカの結論に無条件に従うしかない。

一方、金正恩はアメリカに政体の安定を保証してもらうことがこのチキンレースの目的です。大国アメリカと五分五分の喧嘩をして「手打ち」にまで持ち込んだ時点で「大勝利」です。これまで「強面(こわもて)」な態度を貫いてきたことで、部分的な妥協のための「譲歩カード」をいくつもテーブルの上に小出しにできる。

でも、仮に米朝合意が成立しても、核ミサイルを取り上げることは現実的に困難でしょう。そうなると姜さんが言われたように、問題はその核兵器を「いかに使わせないか」という技術的な問題に論点は移ってくると思います。

 かつて中国が核実験したとき、アメリカは先制攻撃まで考えたといいます。毛沢東時代の中国は文化大革命で1千万人以上もの犠牲者を出したともいわれ、独裁者としても「刈り上げ君」とは比較にならないわけですが、紆余(うよ)曲折を経て米中は現在の関係に落ち着いている。ですから、どうにかして核を使う「意志」を取り除きながら、20年ぐらいの長いスパンで、北朝鮮内部からの変化を促すしか方法はないと思います。

内田 核兵器は「ブラフには使えるけれど、実際には使えない」特殊な兵器です。ただし、偶発的に事故が起きて発射されるリスクは常にある。この先、日本も韓国も核武装して、それを使った危険なゲームを始めると、偶発的な戦争のリスクは一気に高まる。

核保有国として北朝鮮を受け入れるということは、極めて不当だし気分の悪いことです。でも、この不快な隣人を地上から排除することができない以上、われわれは不快な隣人との共生に耐えるしかない。北朝鮮の体制崩壊が日本にとって「さらに不快な事態」を招来する可能性が高い以上、不愉快でも隣人との共生の道を探っていくしかない。戦争さえしなければ、なんとかなる。そのために全力を尽くすべきでしょう。

(構成/川喜田 研 撮影/松本亮太)

●内田樹(うちだ・たつる)神戸女学院大学名誉教授、思想家。1950年生まれ、東京都出身。近著に『聖地巡礼 コンティニュード 対馬紀行』(東京書籍、共著)、『街場の天皇論』(東洋経済新報社、10月6日発売予定)など

●姜尚中(カン・サンジュン)東京大学名誉教授。1950年生まれ、熊本県出身。近著に、内田氏との共著『世界「最終」戦争論』(集英社新書)、『国家のエゴ』(朝日新書、共著)、『見抜く力』(毎日新聞出版)など

『アジア辺境論 これが日本の生きる道』(集英社新書/740円)