「希望の党」の綱領には憲法改正も原発ゼロも記されておらず「具体的な方針や政策がよくわからない」と語る、「フェニックステレビ」東京支局長の李淼氏

安倍首相による突然の「解散・総選挙」決定、小池都知事の「希望の党」党首就任、そして民進党の分裂…ここ2週間で日本の政治の景色は激変した。

早くも議席予想に注目が集まっているが、この混沌とした政治状況を海外メディアはどう見ているのか? 「週プレ外国人記者クラブ」第93回は、香港を拠点にする中国唯一の民間放送局「フェニックステレビ」東京支局長の李淼(リ・ミャオ)氏に話を聞いた――。

***

─8月3日の内閣改造の際にも李さんに話を伺いましたが、2ヵ月も経たないうちに衆議院が解散。「仕事人内閣」が本当に仕事ができるか否かを判定する間もなく、10月22日には総選挙が行なわれます。まず、この急展開をどのように中国に伝えたかを教えてください。

 9月25日に安倍首相は会見を開き、28日に召集する臨時国会の冒頭で解散する意向であることを表明しました。この会見を首相官邸からライブで中国に向け発信しましたが、安倍首相の言葉だけでは「なぜ、衆議院を解散しなければならないか」「今、選挙をする必要がどこにあるのか」をフェニックステレビの視聴者が理解することは難しかったでしょう。

この会見で安倍首相は、選挙で国民の信を問うべき争点として、主に以下のふたつを挙げています。ひとつは、2019年10月に予定されている消費税の10%への引き上げで得られる増収分について、従来は5分の4(約4兆円)を国の借金の返済に充てるとしてきた約束を覆し、財政再建を先送りして幼児教育無償化などの社会保障により厚く充てる意向であること。もうひとつは、北朝鮮への圧力をさらに強化していく点でした。

安倍首相は今回の解散を「国難突破解散」と名づけましたが、はたして消費税引き上げによる増収分の使途変更が「国難」と呼ぶに値するでしょうか。この会見の直後に小池都知事が「大義がわからない」「とってつけたような感じ」と批判していますが、その印象は否定できないでしょう。

解散・総選挙に打って出た真の理由として「今、選挙をやれば勝てる」という勝算と、国会で森友・加計学園問題をさらに追及されて支持率が下がることへの懸念があったことは間違いないと思います。つまり、中国の国民に限らず、安倍首相が会見で述べた表面的な言葉だけで「冒頭解散」を納得できる人はいないはずです。私も、会見のライブ中継に続いて「解説」として、この解散の背景には政治的な理由があることを伝えました。

─「首相の解散権」についての議論も持ち上がりましたが、日本の政治を10年以上取材してきた李さんにとっても、国会冒頭の解散というのは初めてのことですよね。

 確かに国会冒頭での解散というのは虚(きょ)をつかれたような感じでしたが、過去にも3回行なわれていて、例のあることです。それよりも私が本当にビックリしたのは、最大野党だった民進党が、小池都知事が党首となった新党「希望の党」への実質合流によって一気に解党へと動いたことでした。

幹事長に内定していた山尾志桜里議員の不倫疑惑などもあって、今回の選挙でも苦戦が予想されていた民進党ですが、それでも衆議院で自民党に次ぐ議席数を占めていた野党第一党です。その政党がアッという間に“身売り”のような形で解党に向かうという現象には本当に驚かされました。

希望の党への実質合流を決める際には民進党内で両院議員総会も開かれ、この場で「満場一致」の賛成を得たことが伝えられていますが、これについても唖然と言うほかはありません。

小池氏については以前から中国では「保守的で強硬な政治家」という見方がされてきましたが、民進党との実質合流が決まった後、民進党のどの議員に希望の党の公認を与えるかについて「安保法制や憲法改正について反対の議員は排除する」ということを明言しています。

一方の民進党は、蓮舫前代表までは憲法改正に反対の立場をとってきました。前原新代表に替わって、希望の党への実質合流が決まる以前の9月21日の会見で憲法改正を政権公約に盛り込む方向への転換が表明されていましたが、この点も含めて「一体、理念はどこにあるのか?」と嘆息せずにはいられません。

安倍政権が目標とする憲法改正に反対の立場をとってきた最大野党が、代表が替わって方向転換したと思ったら、さらには安保法制・憲法改正を肯定する方針を打ち出す新党に飲み込まれて実質的に消滅してしまう…。私が普段から身近で接している日本人の女性は「今度の選挙でどこに投票したらいいのか全くわからない」と困り果てていました。

「希望の党」は実態がつかめない“謎の党”

─9月25日の安倍首相会見と同日に小池都知事も会見を開き、新党の結成と自身の党首就任を発表。その後、27日に党の綱領が発表されました。

 27日の会見で、綱領が記されたペーパーが取材陣に配布されましたが、日付の部分が手書きで加筆されていて、慌ただしく作成したものであることがひと目でわかるものでした。「寛容な保守改革政党を目指す」「しがらみ政治から脱却する」などの6項目が記されていましたが、具体的な方針や政策がよくわかりません。

この後、小池氏は公認を与える条件として安保法制・憲法改正に賛成であることを挙げますが、この綱領には「平和主義のもと、現実的な外交・安全保障政策を展開する」とあるものの、改憲については記されていません。「原発ゼロ」もありませんでしたし、非常に抽象的で印象に残らない綱領でした。希望の党については、ハッキリ言って実態がつかめない“謎の党”というのが、私が抱いた印象です。

─希望の党の結成や、そこへの民進党の実質合流の背景として、7月の都議選で「都民ファーストの会」が大躍進を遂げた点は見逃せません。しかし、憲法改正というのは都議選では問われなかった争点です。

 そうですね。蓮舫前代表の当時までは憲法改正に反対だったはずの民進党から多くの政治家が希望の党に加わり、やはり改憲を主張する日本維新の会も希望の党と連携することが伝えられています。

となると、護憲を掲げる政党は、主なところでは共産党と社民党。社民党所属の衆議院議員は解散前の時点で2名だけです。10月2日に民進党の枝野代表代行が立ち上げた新党「立憲民主党」も憲法改正に関しては否定的な立場を取るかもしれませんが、いずれにしても、いわゆるリベラル派の勢力が一気に弱体化したことは事実でしょう。

各種の世論調査を見ても、少なくとも3分の1から約半数の日本国民が憲法改正に反対の意見を持っているのに対し、今回の総選挙の構図はあまりにもアンバランスです。

そして日本のメディアも、希望の党の結党以降は「政界再編の動き」ばかりを追っている印象があります。つまり、政界の“風向き”といったことに報道が偏り過ぎている。確かに、民進党の事実上の消滅は私にとっても驚愕でしたが、憲法改正など本当に選挙で問うべき焦点をしっかり有権者に伝えていく責任がメディアにはあると思います。

また有権者の関心も、内閣府の「国民生活に関する世論調査」によれば、政府に対する要望として「医療・年金等の社会保障の整備」が「景気対策」を抑えてトップに挙げられています。おそらく、今回の選挙戦でも有権者はそこに注目して投票先を決める可能性が高いと思いますが、要するに自分の暮らしが大切ということでしょう。

民主主義は有権者と政治家、そしてメディアも含めて社会全体で築き、守っていくものだと思いますが、今の日本でそれが実現できているのか。私は今回の解散や民進党の希望の党への合流といった動きを取材しながら「日本の民主主義は、民主主義のどの段階にあるのだろうか?」ということを考えています。

(取材・文/田中茂朗)

●李淼(リ・ミャオ)中国吉林省出身。1997年に来日し、慶應大学大学院に入学。故小島朋之教授のもとで国際関係論を学ぶ。2007年にフェニックステレビの東京支局を立ち上げ支局長に就任。日本の情報、特に外交・安全保障の問題を中心に精力的な報道を続ける