「与太郎にはプライドがない。おおらかで許容力があって女性から安心される存在。まずは『下から目線』でもって、バカにされたら受け止めてしまいましょう」と語る立川談慶氏

昨年、注目を浴びた連続ドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』(TBS)の主人公の夫役・津崎平匡(つざき・ひらまさ[星野源])が「のび太系男子」と呼ばれていたのをご存じだろうか。

平匡はイケメンでもなく、キャリアがあるわけでもなく、まして女性との交際経験はゼロだというのに、どこか放っておけないキャラクター。世間では『ドラえもん』に登場する「のび太」に似ていると話題になった。

そんな「のび太系男子」の元祖にあたるキャラクターが落語の世界にいる。「与太郎」だ。「彼のように生きれば女性からモテるし、エリートよりも人生うまくいく」と熱弁するのは落語家・立川談慶(だんけい)氏。慶應大学卒業後、サラリーマンを3年務めて落語家に転職。しかし通常なら3、4年で終わる前座修業が9年半もかかったという。

誰よりもうまくいかない時期の長かった談慶氏が自身の経験から学んだ「与太郎的処世術」をまとめた『なぜ与太郎は頭のいい人よりうまくいくのか』には何が書かれているのか。

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―与太郎は古典落語を代表するバカなキャラクターですが、ずばり彼の魅力はなんでしょう?

談慶 『道具屋』という落語の中で、与太郎は壊れた時計を売るわけですよ。「こんな壊れた時計なんか買っても意味ねぇだろ」って客が怒ったら、「ううん、壊れた時計でも一日に2度は合うよ」って返すんです。壊れた時計にも存在意義を与えて、世の中に役に立たないものはないということを主張する優しさ。与太郎は本当に魅力的なんです。

江戸時代、江戸の町は男女比が7対3と男が多くてなかなか結婚も難しかったわけですが、与太郎はしっかりものの女房を射止めて、尻に敷かれながらもちゃんと円満に暮らしていた。もちろん落語家の発想の中で生まれた架空の人物には違いありませんが、モデルになるような魅力的な人物は結構いたんじゃないですかね。

―与太郎はモテるんですね!

談慶 モテます。与太郎のように生きるためには、いくつかのステップがあるんです。まず、「下から目線」でもって、バカにされたら受け止めてしまうこと。普通だったら、かなりプライドが邪魔すると思うんですよ。でもねぇ、与太郎ってプライドないの。だからとてもおおらかで許容力があって、女性から安心される。そうなるために、最初はたくさん失敗して、プライドの壁を壊しましょう。

―バカにされても笑って受け止める許容力があれば、確かにモテそうですね。

談慶 「下から目線」で許容力がついたら、次は「キャラクターづくり」です。まずは引いてみて、周りに「こいつがいたら、なんだか面白いな」という印象を与えること。その場にいるだけで面白い、存在を許される人っていうのは女性にしてみれば安心感を持つんですよ。

―キーワードは安心感です

談慶 女の人って安心できる男に心を許すわけで、そうして女性とフレンドリーに接しているうちに、周りから「オイ、あいつモテるよ」という評判が立つ。男の言う「モテるやつ」のイメージはまず即物的なんですが、それじゃいけない。まずは一歩踏み出して、長期戦だと思ってやってみてください。

イケメンやエリートはあとあと損

―モテるためには、長期戦を覚悟しろと?

談慶 そう、そもそも「モテたい!」っていう人の思考は短期決戦ですよね。それを変えちゃえばいいんですよ。「いいじゃん、10年後にモテれば」みたいな感じで。なんでモテないのか自分で追究してみて、こりゃモテねぇなと気づいたことが話のネタになる。もし、今モテてないんだったら、それを逆手に取っちゃいましょう。

―すてきな発想です!

談慶 女性の気を引くために「相手から声をかけられるように仕向ける」ことも作戦ですよ。「どうしたの?」って思わせるような、女のコが放っておかない雰囲気をつくる。それを一切意識せずにできるのが与太郎のすごさなんです。そうなるためにはね、「自分がこう振る舞えば、相手はこう思うだろうな」と察知する感受性を常に磨いておく必要があります。これは訓練を積み重ねていけば、誰でもできるようになるんです。

―具体的にはどのような訓練でしょうか?

談慶 例えば、コンビニで荷物を抱えている人が入ってきたらそっとドアを開けてあげるとか。本当に、女性ってそういうところを見ているんですよ。あと女性にモテたいなら、女性ばかりをターゲットにするんじゃダメ。みんなに優しくしなくちゃ。打算的に振る舞ってもバレるだけです(笑)。

―あくまで自然に周りの人のことを思いやるんですね。

談慶 そうです。僕らが師匠・談志の下で修業したのも、実はそういった感性を磨くためでもあるんですよ。例えば、これは前座修業時代の話ですが、師匠が楽屋で着替えていて、隣が高座で、その入り口のところにのれんがかかってたんですよ。

で、自分は師匠を喜ばせようとずっとのれんを上げて待っていたら、「おまえ、何やってんだ」と怒られて。「ハイ、師匠がくぐりやすいようにしてました」って答えたら、「バカ野郎! なんで俺がおまえのペースに合わせなきゃいけねぇんだ」って叱られたんです。2歩先、3歩先のことをやっちゃうと、相手に強制することになりかねない。半歩先のことをさっとやればよかったんです。

―なるほど。モテない自分には結構レベル高めです…。

談慶 でもね、モテないっていうのは逆にチャンスなんですよ。20歳のときにモテてたけど、40歳になったら全然モテてないやつは山ほどいますしね。だってSNSで学生時代の写真をアップしてるやつなんて、絶対、今モテてないじゃないですか。今を出せよ、と思う。モテる人って、必ずしも二枚目ではない。結局は雰囲気なんです。タレントさんがやってるようなキャラづくりをまねて、自分でもやってみればいい。

―モテる雰囲気は訓練でつくれるんですね!

談慶 そう、訓練で変わるんですよ。考えて行動すれば自分の可能性も広がる。イケメンやエリートは最初のうちは得かもしんないけどね、あとあと損なんですよ。「実はあんなところあるんだ…」って減点法で評価されちゃうから。でも、ちょっとバカっぽい与太郎みたいなやつは加点法で見られる。現代は長生きの時代だから、気長に頑張っていれば絶対にいつかモテますよ!

(取材・文/加藤水生 撮影/五十嵐和博)

●立川談慶(たちかわ・だんけい)1965年生まれ、長野県出身。慶應義塾大学経済学部を卒業後、ワコールに入社。3年間のサラリーマン時代を経て、91年立川談志の18番目の弟子として入門。前座名は「立川ワコール」。2000年に二つ目昇進を機に、立川談志に「立川談慶」と命名される。05年、真打ち昇進。慶應義塾大学卒業生で初めての真打ちとなる。国立演芸場をはじめ、上野広小路などで数多く独演会を行なうほか、テレビやラジオでも活躍。著書に『大事なことはすべて立川談志に教わった』(ベストセラーズ)、『いつも同じお題なのに、なぜ落語家の話は面白いのか』(大和書房)、『「めんどうくさい人」の接し方、かわし方』(PHP研究所)など多数

■『なぜ与太郎は頭のいい人よりうまくいくのか』(日本実業出版社 1400円+税)自身の発言で炎上することを恐れるあまり、誰もが自由に発言できない雰囲気の漂う昨今の日本社会。そんな余裕のない現代社会に対し、著者の落語家・立川談慶氏は「バカをお手本にしよう!」と異議を唱える。間抜けな失敗をしでかす「愚か者」の代名詞である、落語界の名物キャラクター「与太郎」の生き方から、「弱くても勝てる」人生の作法を説き直す。江戸時代に生まれた落語の視座から現代日本のおかしさを浮かび上がらせる一冊だ