さくら住宅の福田常務(左)と二宮社長

横浜市の桂台地区に本社があるリフォーム会社「さくら住宅」(1997年創業・社員数50人)は、「コンロの火がつかない」といった他社なら応じない些細な依頼にも手間を惜しまず対応する。

宣伝もしない、ノルマもない、飛び込み営業もしない。二宮生憲(たかのり)社長が「質のいい仕事さえしていれば、自然と仕事はやってくる」という通り、創業2年目から19年連続黒字。桂台地区の5軒に1軒は同社がリフォームを手掛けた(前回記事参照)。

さくら住宅はいかに地域から選ばれるリフォーム会社になったのか。ひとつに、工事終了後も地域住民(顧客)を大切にする姿勢があった。

同社はこれまで4回の増資をしているが、2回目の時、福田千恵子常務が「お客様に株主になってもらってはどうでしょう」と提案した。

地元住民の顧客とは親密な関係になっていたので、「お客様株主」という制度を作り、出資してもらって会社を支えてもらうことで、同時に会社も利益を還元し、より相互依存できる関係を目指したのだ。

2017年3月末時点では、株主162人のうち顧客は63%に当たる102人に達している。

09年に柱の耐震リフォーム工事をした住民の永島ヒサエさんもそのひとり。リフォームが終わる頃に福田常務から「ぜひ会社を支えてもらえないでしょうか。今後、当社の経営方針が間違った方向にいきそうな時も株主の意見で軌道修正ができるからです。もちろん、配当はあるし、タダでフランス料理だって食べられますよ」との誘いを受け、即、2株の株主になった。

永島さんはそれも「納得のいく工事をしてくれたから」だという。

「職人さんはみんないい人ばかりでした。私、すっかり信頼したので現場監督さんに自宅の鍵だって預けました。電気工事の職人さんなんて、自分の仕事ではないのに私のパソコンを修理してくれたりして…。この関係を切りたくないなと思って株主になったんです」

実際、福田常務の言ったことは本当だ。現在、さくら住宅ではホテルの宴会場で株主総会をするが、ここで一流シェフによるフルコースのフランス料理が振る舞われる。

株主総会だから当然、決算報告は行なうが、二宮社長が今後の課題発掘のために「褒(ほ)め言葉はいらない。なんでも問題点を言ってください」と株主に発言を促しても誰も発言しない。「じゃ、当てますよ」と指名しても「社長さん、健康のため禁煙してください」といった笑い話が返ってくるだけだという。

特に今年は創業20周年で約300人が参加。株主約200人に加え、顧客、その家族、業者も招待されての楽しいものだった。語り合い、住民によるミニコンサートも披露され、おいしい料理まで食べさせてくれて、住民に言わせれば「株主総会は同窓会です」。

また、1株5万円の株は最高12%の配当を記録したこともある。加えてフランス料理――古い株主はとっくに「元は取ったよ」。

もちろん、株主以外の顧客も大切にされている。その象徴ともいえるイベントが毎年行なっている国内旅行と海外旅行だ。

旅行クラブともいえる「さくらくらぶ」

工事をしてもらった顧客は、旅行クラブともいえる「さくらくらぶ」への入会案内を受ける。入会費や年会費は一切なし。これは何かというと、同社が年に1、2回行なう国内日帰り旅行や海外旅行に参加できるというもの。今年は11月下旬から3泊4日でタイのバンコクツアーが組まれ、添乗員と社員4名(うち2名は二宮社長と福田常務)が同行する。しかも、ツアー代金の一部をさくら住宅が負担する。

海外旅行が初めてという人も結構いるが、顔見知りの住民に加え、社員が同行してくれる安心感でツアーはいつも定員が埋まる。今年のツアーは参加費17万8千円だが、同じ料金の他社ツアーと比べてお得なのは「全食付き」であることだ。参加者で多いのは70代。80代で海外初旅行の人もいる。

「だから、私どもが行くんです。添乗というよりは見守りになりますけれどね。でも、こういったツアーをすることで、お客様たちと改めてゆっくりと話ができるので、人生の先輩たちが歩んできた道のりをより深く理解できるんです」(福田常務)

国内ツアーでも以前、実施した築地ツアーは大人気だった。2千円の参加費で4千円の寿司が食べられたというが、それも差額を負担。その理由はただひとつ、喜んでもらうためだ。

さくら住宅と一軒隔てた場所には「さくらラウンジ」と名付けられた15畳ほどの施設がある。営利目的以外であれば、誰がどんな活動をしてもいい。写真展、絵画展、サークル活動、料理教室…等々。地区の中で住民がゆったり集える場所がないとの背景から、地域住民への恩返しをしたいとの思いで08年に開設した。

特筆すべきは、会場予約の受付や管理をこなす3人のパート社員(それぞれ週2日の勤務)も皆、さくら住宅のリフォーム工事を受けた顧客であることだ。そのひとりが前出の株主でもある永島ヒサエさんである。

07年に夫を亡くし、現在はひとり暮らし。定年退職した後も家に籠もるのではなく、何か仕事をやりたいと近くのスーパーマーケットでのパートを考えていたが、福田常務から「さくらラウンジのスタッフに空きができたのでやってみませんか?」との声がかかった。永島さんに断る理由はなかった。

「会社のすぐ横なので、顔なじみの現場監督さんや業者さんにも会えます。会社員時代は近所付き合いをする時間がなかったのですが、ここにはいろんな人との新しい出会いがある。そこが楽しいです」

「社長には、社長室でバタッと逝ってほしい」

記者はここを2回訪れたが、それぞれ絵画展と写真展が開催されていて、そのレベルの高さに、地域に存在する才能の発掘にもひと役買っていることを実感した。また、取材を終えてさくらラウンジを去る時に印象深い出来事があった。

二宮社長、福田常務、広報担当、若手社員の山口さんと近藤さんに2時間ほどインタビューをさせてもらったのだが、その後、昼休みに入っていたにも関わらず、この5人が外で談笑しながら、別れの挨拶をしようと私が出てくるのを待ってくれていたのだ。義務感や社交辞令ではなく、ただただ、最後まで丁寧に接しようとの気持ちを感じ、住民が同社に寄せる信頼の一端に触れたような気がした。

今年で70歳を迎えた二宮社長は「まだやるべきことがある」という。そのひとつが「悪徳」と思われがちなリフォーム業界のイメージを払拭(ふっしょく)すること。これを実現すべく、良心的なリフォーム会社を集めて2010年9月に「全国リフォーム合同会議」を発足させた。現在17社が加盟して年1、2回の会議を開き、業界を正しい方向へ導く活動を続けている。

走り続けてきた二宮社長は「そろそろ引退して、世界一周旅行にでも行きたいですよ」と言うが、隣にいた福田常務がこう返した。

「それはだめです。社長には、この部屋(社長室)でバタッと逝(い)ってほしい(笑)。いつか私が『社長、どうされました?』と声を掛けたら、机の上で静かに死んでいる。それが理想です」

まるで掛け合い漫才だが、二宮社長が目を細めて笑っていたのが印象的だった。

(取材・文/樫田秀樹)