「ここに登場するおじさんたちは総じてコミュニケーション能力が高くないんです。『カッコいい自分』が主役のストーリーを勝手にひとりでつくっちゃうんでしょうね」と語る鈴木涼美さん

これまで、しばしばテレビや雑誌はいわゆる「買われる側」の存在として、風俗嬢やAV女優、夜の女子高生たちを取り上げてきた。しかし、それに比べると女性たちを「買う側」の“おじさん”たちにスポットライトが当てられることは少なかったのではないだろうか?

『おじさんメモリアル』では、夜の街で女を金で買うおじさんたちの知られざる生態を、東大大学院生、キャバクラ嬢、AV女優、日経新聞記者など異色の経歴を持つ文筆家・鈴木涼美(すずみ)氏が自身や彼女の友人たちの体験談を基に紹介していく。

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―まず、本作の執筆の動機を教えてください。

鈴木 理由はいくつかあるんですが、ひとつ目の動機は私が今まで会った、もしくは風俗やキャバクラで働いている友人から聞いたおじさんたちの生態がシンプルに面白かったから、というものですね。

冒頭で「自分は催眠術で女のコをイカせることができる」と信じて疑わない、ルパンと名乗るおじさんのエピソードを書きましたが、日常生活の中でそんな男性にはめったに出会えないじゃないですか。でも、風俗やキャバクラでは、昼の世界でお目にかかれないおじさんたちの隠れた自我を垣間見ることができる。それを表に出せたらと思いました。

―夜の世界で働く女性からするとよくある話なのかもしれませんが、「キャバクラに来ても、『俺は興味ないんで』感をやたらと演出するおじさん」「美人デリヘル嬢を家に呼んではチェンジするおじさん」「付き合ってもいないのに『別れよう』と言ってくるおじさん」「流行りのビジネス書に載っていそうな名言を何かと連発するおじさん」など、紹介されている男性たちのエピソードがまるでコントのようで新鮮でした。

鈴木 おじさんたちの生態って面白いのに、あまり焦点を当てられてこなかったんです。これまでも数々の映画や小説で娼婦や援助交際をする女子高生はモチーフにされてきましたが、描かれるのは決まって女性たちだけ。私自身もテレビや雑誌の取材で、AVや風俗業界についてコメントを求められるときは、女のコ側の話ばかりを聞かれてきました。でも「体を売る少女たち」を描いた本があるなら、「体を買うおじさんたち」があってもいいんじゃないかと。これが執筆のふたつ目の動機です。

私が高校生の頃は援助交際が社会問題化していて、いろんな学者さんたちがテレビで体を売り物にする少女たちの悲哀を語っていましたけど、「お金がないと何も手にできない」おじさんたちもなかなかに悲哀に満ちていて、興味深い存在だと思うんですよね。また、ここ何年かで女性の社会的な地位や権利はますます拡大してきています。もちろん、まだまだ課題はありますが、ひと昔前と比べれば状況は格段に好転している。

一方、そうした状況のなかで、今まで会社内の立場や収入面などで、確実に強者として女性の上に君臨していたおじさんたちの力は相対的に低下していっている。パワーを失っている側の心境ってつらくて複雑だろうなと思いますし、そんな今だからこそ、男性にスポットライトを当てれば面白いんじゃないかと。これが執筆の3つ目の動機です。

―ブルセラ女子高生時代から様々なおじさんに遭遇してきた鈴木さんにとって、一番印象的だったのはどんな方でしたか?

鈴木 私がまだ処女の女子高生だった頃に、渋谷の某レコードショップの階段で「僕は高校生向けの○○っていう雑誌の編集をやっている者なんだけど、取材の一環で今、女子高生たちにオ●ニーを見せてもらっているんだ」と声をかけてきたおじさんですね。それで私がそのレコードショップのトイレでオナニーを見せたら、声をかけてきたときは取材と言っていたのにメモを取るわけでもなく、ただただひとりで射精して、1万円を置いて帰っていきました(笑)。

当時は道端で女のコに「エッチなしで3万円でどう?」とか言ってくる人が普通にいたんですが、あえて「取材だから」って声をかけてきたのが面白くて。自分が買っている女のコの前ですらどこかカッコつけようとしているようで、理性と欲望のバランスがいびつでとても新鮮だったんです。

それまではおじさんといえば、お父さんや学校の先生しか知らなかった私が、この本で紹介したような、どこか“悲哀を感じさせる男性”という意味でのおじさんの存在を初めて認識した瞬間でした。

一番印象的だったおじさんは?

―壮絶なおじさんデビューですね(笑)。この本が出版された後、周囲のおじさんたちから何か反応はありましたか?

鈴木 ありましたね。先日もこの本でがっつり紹介したはずのあるおじさんから、「俺が出てこなくて安心したよ~」と人ごとのように言われました。

あと印象的だったのは、キャバ嬢時代にお客さんとしてちょっとだけお店に来てくれていたけど、ほとんど連絡もしたことないような関係の人から、まったく本で触れていないのに「俺のことネタにしてるみたいだけど、ちゃんと見てるからな」って言われて。そもそもそんなにあなたのこと気にしてないからっていう。

―全然かみ合ってないですね(笑)。

鈴木 その方もそうですが、おじさんたちに共通するのは、コミュニケーション能力が高くないという点ですね。この本にも登場した、つい名言を連発してしまうおじさんや、付き合ってもいないのに「お互いのために、別れよう」とロマンチックに別れを切り出してくるおじさんもその典型ですが、おじさんたちのなかには「カッコいい自分」が主人公の壮大なストーリーが出来上がっているんだと思います。でもそのストーリーは相手の女性の立場や性格には目を向けずに、一方通行なつくられ方をしている。だから女性側から見ると、それらの発言は唐突で奇妙なんです。

―では、おじさんたちは一体どうすればモテるのでしょうか?

鈴木 まずは、相手を見て冷静にコミュニケーションすることですかね。若い女のコを相手にするときに、例えば頭がよくないっていう偏見に基づいて、知的に見えそうな格言・名言を無理して連発していたら、それは不自然に見えることもあるでしょうし、女のコ側も壁をつくっちゃいますよ。あとは、当然のことですけど、体臭やフケをケアすることとかかな(笑)。

(撮影/山下 隼)

●鈴木涼美(すずき・すずみ)1983年生まれ、東京都出身。慶應義塾大学環境情報学部卒。また、同大学在学中にAVデビュー。2009年、東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。専攻は社会学。日本経済新聞社に記者として5年半勤めた後、文筆業へ。主な著書に『AV女優の社会学 なぜ彼女たちは饒舌に自らを語るのか』(青土社)、『身体を売ったらサヨウナラ 夜のオネエサンの愛と幸福論』(幻冬舎文庫、17年7月に映画化)、『愛と子宮に花束を 夜のオネエサンの母娘論』(幻冬舎)

■『おじさんメモリアル』 (扶桑社 本体1200円+税)女のコを目の前にするとつい名言・格言を連発してしまったり、「お金じゃなくて、素の俺を見てほしい」と迫ったり、付き合ってもいないのに女性の気を引くために「別れよう」「ヨリを戻そう」をひとりで繰り返す……。そんな痛々しくもどこか愛おしい“おじさん”のエピソードや生態を文筆家・鈴木涼美氏が自身の体験を基に軽妙に、かつ鋭く綴った本作。男性にとっても、笑えて、共感できて、勉強にもなる必読の一冊である