安倍首相は「国難」と言うが、「本当の『国益』を考えれば、今ここで選挙を行なう合理的な理由など見当たらない」と語る、「ガーディアン」特派員のマッカリー氏

いよいよ今週末に迫った総選挙。当初、“台風の目”と見られた「希望の党」は小池代表の「排除」発言を機に逆風に晒(さら)され、枝野氏の「立憲民主党」は追い風を受けている。

総選挙に吹き荒れる様々な「風」を海外メディアの記者はどう見ているのか? 「週プレ外国人記者クラブ」第95回は、イギリス「ガーディアン」紙東京特派員のジャスティン・マッカリー氏に話を聞いた──。

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─日本の政治はここ数週間で大きく揺れ動いていますが、マッカリーさんは一連の出来事をどう感じましたか?

マッカリー まず、安倍首相がこのタイミングで解散総選挙を決断したことに驚きました。もちろん北朝鮮情勢の緊張や民進党の支持率低下など、彼なりに「政治的な計算」があってのことだと思いますし、ここで選挙に勝てば衆議院の任期はあと4年間あるわけで「戦後最長の政権」実現にも道を開く可能性がある。

安倍首相は「国難」というとてもドラマチックな言葉を使っていますが、本当の「国益」を考えれば、今ここで選挙を行なう合理的な理由など見当たりませんし、新聞の世論調査を見ても、国民の6割以上が解散理由に納得していません。

─そこへ小池百合子氏の新党「希望の党」の登場が更なる激震をもたらしました。

マッカリー 個人的には、そもそも「希望の党」というネーミング…英語で言うと「Party of Hope」ですが、趣味悪いなぁと思います(笑)。それはさておき、小池氏が去年、都知事になって以来、日本のメディアだけでなくイギリスを含めた海外のメディアも彼女の存在に注目し、その言動を大きく扱ってきました。そうしたメディアの「興奮」は今夏の都議選でさらにヒートアップし、今回の国政への進出で彼女が一気に「主役」に躍り出ることに繋がったのだと思います。

小池氏自身がニュースキャスター出身で、メディアの扱い方に長(た)けているという面も大きいでしょう。彼女はメディアが喜びそうな言葉や、ニュースのヘッドラインを飾りそうなフレーズをよくわかっていて、たとえそれらの言葉に「意味がなくても」政治的には大きな効果を持つことを知っている。

そのため、解散総選挙が決まり、小池氏が立ち上げた当初の世論調査では、希望の党は非常に高い支持率を得ていた。ところがその後、民進党の「合流」を巡り、メディアの扱いに長けていたはずの彼女がリベラル派を「排除します」と発言した頃から、メディアの報道も含めて希望の党に対する「風向き」が一気に変わったように感じます。

それまでは自民党の一強体制を終わらせる、安倍政権を揺るがす可能性を秘めた新たな対抗勢力として扱われていたのに対して、一気に逆風が吹き始め、世論調査などを見ても選挙戦の途中で希望の党に対する期待は急激にしぼみ始めている。その結果、今では産経、読売だけでなく、朝日、毎日なども選挙戦での「自民党優位」を報じ、自民党が300議席を獲得するという予想もあります。

もちろん、アメリカの大統領選挙やイギリスのEU離脱を問う国民投票の結果を見ても、世論調査の結果が必ずしも正しいとは限りませんし、枝野氏が立ち上げた立憲民主党の影響もあるので不確定要素も多いのですが、いずれにせよ、当初あれだけの勢いを誇っていた「小池マシーン」がなんらかの機能不全を起こしているのは間違いないし、メディアの報じ方を見ても、すでに「そういう空気」が作られている。

「安倍首相の最大の関心が『憲法改正』にあることは明らか」

─マッカリーさんが指摘したように「小池ブーム」を作ったのもメディアなら、選挙戦の途中でその風向きを変えたのもメディアのようにも見えます。同じジャーナリズムに関わる人間として、今回の選挙における日本のメディアの報道姿勢をどのように見ていますか?

マッカリー 僕は日本のメディアだけを批判するのはフェアじゃないと思います。現実にはイギリスでもアメリカでも同じようなことはよくあります。例えばイギリスの場合、以前は労働党のジェレミー・コービン党首について保守系メディアだけでなく、リベラル系も含めた多くのメディアが批判的で、一種の「集団心理」に操られるようにコービン叩きを繰り返していました。

ところが今年6月の総選挙で、そうした多くのメディアの予想に反して、コービン率いる最大野党の労働党が勝利とはいかないまでも大健闘すると、メディアの一部はまるで手の平を返したようにそれまでの論調を一変させた。そうしたメディアの一貫性のなさは日本だけではなく、他の国でも珍しくないことだと思います。

また、これも日本だけではないのですが、新聞やTVなどの大手メディアは政治や政治家、選挙をまるで「娯楽コンテンツ」のように捉(とら)えている面があり、どうしても「これまでにない新しいモノ」や「新鮮で話題性のある人」に飛びつきやすい傾向があるものです。

今回の「小池劇場」が典型的なパターンですが、メディアは一般的に政治家の政策よりも「個人的なパーソナリティ」に注目して報じることが多い。僕は元々、日本の政治を研究していたのですが、今起きていることはかつて社会党代表、土井たか子氏が巻き起こした「マドンナ旋風」に共通するものを感じますね。

ただし、これも日本に限ったことではありません。昨年のアメリカ大統領選挙でも、多くのメディアがトランプ氏の強烈な個性や欠点、失言などに多くの時間とエネルギーを割いていた。その結果、彼らは選挙結果予測を大きく見誤ることになったわけです。

─先ほど話に出た今年6月のイギリス総選挙でも、メディアの予想に反して与党・保守党が議席を減らしましたね。

マッカリー そうです。イギリス議会での「EU離脱」を巡る議論が思うように進まない中、メイ首相は「与党・保守党が圧倒的に有利」という予想を信じて、解散総選挙に打って出ました。ところが、予想に反して保守党は議席を減らし単独過半数維持に失敗、一方の労働党は大幅に議席を増やす結果になりました。

この選挙結果にEU離脱強硬派はショックを受けていますし、逆にEU離脱に反対だった人たちは勢いづいていて、メイ首相の狙いとは逆に、EU離脱交渉を巡るイギリス議会の混迷は深まることになりました。首相による解散総選挙の決断が完全に裏目に出た形です。

一方、日本ではこのままいけば、自民党の勝利となる可能性が高く、その意味では安倍首相の決断は結果的に「正解」だったということになるのかもしれませんね。安倍首相は今回の選挙の「大義」について、北朝鮮情勢を巡る安全保障や、2019年に予定される消費増税分の使い道を幼児教育の無償化や高等教育の一部無償化に振り向けることだと主張していますが、彼の最大の関心が「憲法改正」にあることは明らかでしょう。

イギリスの総選挙と違い、今回の衆院選が「メディアの予想通り」自民党の勝利で終われば、あるいはある程度、議席を失っても自民党・公明党の与党に希望の党や日本維新の会が加われば、「改憲勢力」が衆議院の大多数を占める可能性は高く、イギリスのEU離脱を巡る議論とは逆に、日本の「改憲議論」が大きく前進する可能性も高い。

ただし、安倍首相が積極的に「改憲」を前面に出して選挙戦を戦っているようには見えませんし、文字通り「国を二分する国民的議論」が繰り広げられたイギリスのEU離脱と違い、現時点の日本で改憲に関する具体的な「国民的議論」が起きているようにも思えません。憲法のあり方を含めて、今回の選挙は日本という国の将来を大きく左右するかもしれないのに、そうした議論が深まることなく選挙戦が続いているのは少し心配です。

(取材・文/川喜田 研 撮影/長尾 迪)

●ジャスティン・マッカリーロンドン大学東洋アフリカ研究学院で修士号を取得し、1992年に来日。英紙「ガーディアン」「オブザーバー」の日本・韓国特派員を務めるほかTVやラジオでも活躍