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今も強烈に心に残っている“オシムの言葉”「とにかく取材陣泣かせだったね」

[2017年10月30日]

ある日の練習で、オシムさんは羽生直剛にお手本となるデモンストレーションをするように指示をした。でも、羽生はそれがうまくできなくて、他の選手がトレーニングしている間、グラウンドを走らされていた。次の日もその次の日も、お手本のデモがうまくできず、走らされての繰り返し…。

これは羽生から聞いたことだけど、ある時、オシムさんは彼を呼んで「日本代表に入る選手だと思っているからデモをやらせているんだ。おまえはできる」と。その言葉を聞いて、ついていこうと決めたら、オシムさんが日本代表監督になった時、すぐ抜擢されて、運動量豊富な「水を運ぶ人」としてクローズアップされたんだ。

当時、オシムさんが住んでいたのは千葉の僕と同じ街で、駅前のホテルやスーパーでよく出くわした。190cm以上もある大柄な外国人がジャージ姿で歩いていると、ものすごく目立っていたよね。会うといつもいろいろな話をしてくれて、とても勉強になった。街中で会って立ち話を始めると長話になってしまう時もあったから、先にオシムさんを見つけても、私が忙しい時は声を掛けないで、そっと歩く方向を変えて遠回りしたこともあったよ(笑)。

ジェフ市原の監督になってすぐの頃、国立競技場で浦和との試合前にトイレでばったり遭遇したら「キミはジェフのOBだろう」と英語で話しかけてくれたのが最初だった。

試合前だというのに「浦和にいる選手のうち、3人ほしい選手がいる。そのうちの誰かひとりでもジェフにいれば、今日は勝てる。でも、その3選手は誰もジェフのユニフォームを着ない。だから、どう考えても勝てるわけがない」と、冗談だろうけど真剣な表情で話したあとにニヤっと笑っていた。それを聞いてこちらも笑ってしまったのをよく覚えている。

また別の試合では、ジェフのメンバーリストを見るとDF登録の選手はふたりしかいなくて、試合前にそれについて訊ねたら、ニコッと笑いながら「ゴールキーパーだけはゴール前にいるぞ」とはぐらかされた。

オシムさんの言葉にはウィットやユーモアが必ずどこかにあって、そういうところがフランス人の僕のオヤジに「似ているなあ」といつも思っていた。愛情深いけれど、どこかシニカルな部分もあって、これはヨーロッパ人特有の気質なのかもしれない。でも、それでいてちゃんと日本人のキャラクターや文化を理解して、しっかりと明確な基準を示して日本サッカーを指導してくれた。

だからこそ、日本代表監督を退任してから10年が過ぎようとしている今も、日本サッカー界には“オシム・イズム”と言えるようなオシムさんの考え方が根付いているのだと思う。

(構成/津金壱郎 撮影/山本雷太)

■宮澤ミシェル
1963年 7月14日生まれ 千葉県出身 身長177cm フランス人の父を持つハーフ。86年にフジタ工業サッカー部に加入し、1992年に移籍したジェフ市原で4年間プレー。93年に日本国籍を取得し、翌年には日本代表に選出。現役引退後は、サッカー解説を始め、情報番組やラジオ番組などで幅広く活躍。出演番組はWOWOW『リーガ・エスパニョーラ』『リーガダイジェスト!』NHK『Jリーグ中継』『Jリーグタイム』など。


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