11月11日に日中首脳会談が行なわれたが、「そもそも、なぜ今回の首脳会談が実現したかが重要だ」と、その背景を語る李氏

トランプ米大統領のアジア歴訪の期間中、11月9日に米中首脳会談が、11日には日中首脳会談が行なわれた。

習近平国家主席とトランプ大統領の“蜜月”が世界に大きく報じられたが、“戦後最悪”と言われた日中関係にも改善の兆しが見られる。安倍首相と習主席の首脳会談の実現に繋がった「あるイベント」とは?

「週プレ外国人記者クラブ」第99回は、香港を拠点にする中国唯一の民間放送局「フェニックステレビ」東京支局長の李淼(リ・ミャオ)氏に聞いた──。

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─まず、11月9日のトランプ大統領と習主席の会談について伺います。事前の予測では北朝鮮に対する軍事的制裁の合意があるのではとの見方もありましたが、「圧力を強化する」という従来の路線を踏襲する結果となりました。

 中国は北朝鮮の核・ミサイル問題に関して、これまでも抑制的な対応を続けてきているので、中国としての姿勢は一貫したものだったと思います。また、トランプ大統領が今回のアジア歴訪で中国を訪れる前に行なった、日本・韓国での首脳会談と特に変わらない内容だったと思います。

中国は北朝鮮の問題に関して「決議による制裁」を対処の基本軸としてきています。つまり、北朝鮮に対してどのような制裁を加えるとしても、それは国連などでの決議を経た国際的な協調に基づくものでなければならないという考え方です。現状では国連で北朝鮮への経済制裁が決議されているのですから、それを履行していくというものです。

首脳会談後の共同記者会見でも習主席は「国連安全保障理事会の決議を完全に履行するとともに、対話による解決を探ることが重要だ」と強調しています。また、こういった対応は「後退ではない」とも述べています。

─習主席との会談後、12日にトランプ大統領はTwitterで北朝鮮の金正恩委員長について「彼とは友人になれるよう、ずいぶん努力している。たぶんいつか、そういう日が来るだろう」と呟(つぶや)いています。金委員長のことを「チビのロケットマン」などと言っていた数ヵ月前とは明らかにトーンが変わりました。習主席に諌(いさ)められたのでは…という見方もありますが。

 米中首脳会談の場で、共同記者会見では明らかにされていない部分でどのような話がされたか、私にはわかりません。ですが、このTwitter上のトーンの変化を分析すれば、やはりトランプ大統領は非常に気分の変化が激しい人物ですから、外交の専門家でもないので単にそういう気分だったから…というのが真相ではないでしょうか。

Twitterに関していえば、トランプ大統領が中国に滞在していた期間、彼のアカウントのトップに習夫婦との写真が使われていました。これは印象的だったし、ツイートの回数も日本・韓国での滞在中よりも明らかに増えていました。

─日本滞在中に安倍首相との写真がトップを飾るということはありませんでしたね。中国と米国による“G2時代”の到来を感じます。やはり「国賓以上」と評された中国の歓待ぶりに気分をよくしたのでしょうか?

 これまでも1972年のニクソン大統領の訪中以来、ほぼ全ての歴代大統領が中国を訪れてきましたが、今回のように故宮(紫禁城)を借り切って習主席自らがトランプ大統領を案内し、さらに故宮内で夕食に招待するということは過去に例のないことでした。

中国側にしてみれば「気分がよくなってもらわなければ困る」というところでしょう。また、トランプ大統領がiPadを持参し、孫が中国語で歌う映像を習主席に見せたことは中国でも話題になり、賞賛されました。

過去の日中両首脳の会談では最長

─日本では国賓ではなく「公式実務訪問賓客」という扱いでした。宮内庁の都合でそうなったようですが、なぜ中国では歴代の米大統領の中でも特別待遇だったのですか?

 トランプ大統領の訪中前、中国では10月18日から24日の期間、共産党大会が開かれていました。極めて重要な政治イベントで、今回の党大会によって習主席は政権基盤をより強固なものとしました。そしてその直後、最初の外国首脳として中国を訪れたのがトランプ大統領だったのです。

つまり、「トランプ大統領だから」というよりも、党大会を終えてさらなる権力基盤を得た習主席が自身の威光・存在感を内外にアピールする意味合いが強かったと思います。ただし、米国が中国にとって「最も重要な外国」であることは従来から変わりありません。中米関係について中国は近年、「新型大国関係」を掲げています。

─いつから「最も重要な外国」になったのですか? 1950~60年代には、当時のソ連が中国にとって最重要だったはずです。

 中国と米国の国交が正式に正常化したのは1979年ですが、ちょうどこの年に中国では深センなど沿岸部4ヵ所に経済特区が設けられ、経済開放政策が推し進められようとしていました。外貨を導入することが必要だったし、こういった時代背景から米国が中国にとって「最も重要な外国」に位置づけられたのだと思います。

―ちなみに、日本ではアメリカを「米国」と漢字表記しますが、中国では「美国」と記しますね。これはいつからなんですか?

 「米国」も「美国」も、アメリカという音に漢字を当てた言葉の略語ですが、実は中国でも1820年の史料によると、日本と同じく「米」の文字が入った「亜米利加」という言葉を用いていました。しかしその後、1944年の史料では「大亜美利駕合衆国」と表記され、20世紀の初めになると現在の「美利堅」という言葉が定着したようです。

─訪中後、トランプ大統領はベトナム・ダナンに移動。ここで開かれたAPEC(アジア太平洋経済協力会議)には習主席、安倍首相も出席して、日中首脳会談が実現しました。

 約45分間の会談でしたが、過去の両首脳の会談で最長となりました。45分が最長というのは少し寂しい気もしますが、30分間だった予定が延長されたものだし、この会談は逐次通訳ではなく同時通訳によるものだったので密度の濃い会談になったはずです。

事実、安倍首相は「来年の日中平和友好条約締結40周年に向けて、両国の関係改善に向けて努力していく」「李克強首相の訪日を要請し、自身が来年中に訪中する意向であることを伝えた」と報じられています。

今年、2017年は日中国交正常化から45周年だったのですが、日中の国家レベルで主催する記念祝賀行事はほとんど行なわれませんでした。今回の日中首脳会談が、日中関係改善に向けた雪解けのきっかけになると期待しています。

なぜ急に風向きが変わったのか?

─日本のメディアも「雪解けムード」を伝えていますが、なぜ今回の会談で急に風向きが変わったのか、表面的な報道では見えてきません。

 習主席は、国家の首脳同士が直に会って会談することを外交として重視しています。ダナンでの会談で両国の関係改善に向けた成果があっても不思議ではありませんが、そもそも、なぜ今回の首脳会談が実現したかが重要だと思います。事実、これまでは国際会議などに同席しても、両首脳にはスレ違いも多く、話したとしても立ち話程度ということも多々ありました。

日本のメディアではあまり大きなニュースにはなりませんでしたが、9月28日、中国大使館の主催で都内で開かれた国慶節の祝賀イベントに安倍首相が出席しました。国慶節というのは中国の建国記念日ですが、この行事に日本の首相が出席するのは15年ぶりのことで、安倍政権下では初めてのことでした。

この出席を安倍首相は前日になって突然、中国側に伝えてきました。安倍首相のほか、河野太郎外務大臣、福田康夫元首相ら錚々(そうそう)たる顔ぶれが出席しています。こういった対応を中国側は評価し、ダナンでの首脳会談に繋がったのです。

(取材・文/田中茂朗)

●李淼(リ・ミャオ)中国吉林省出身。1997年に来日し、慶應大学大学院に入学。故小島朋之教授のもとで国際関係論を学ぶ。2007年にフェニックステレビの東京支局を立ち上げ支局長に就任。日本の情報、特に外交・安全保障の問題を中心に精力的な報道を続ける