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消えゆく“色街”を“遺産”として記録すべき理由。歴史を黙殺して何が“アート”なのか?

[2017年11月29日]

著者である写真家・八木澤高明さん

色街遺産を歩く 消えた遊廓・赤線・青線・基地の町』(実業之日本社)の出版を記念し、著者である写真家・八木澤高明さんを迎えたトークイベントが11月19日に東京・渋谷にて開催された。主催し、対談の聞き手でもあるのが吉原で遊郭専門書店『カストリ書房』を営む渡辺豪さん。

『色街遺産を歩く』は北海道から沖縄まで、かつて栄えた(一部は今も現役の)全国各地の色街が八木澤さんの写真と文章でたどれるようになっている。会場のスライドでは、書籍に出てくる写真の場所を渡辺さんがGoogle ストリートビューで追い、現在のネット上の街の姿を写しつつトークは進んだ。

記録になかなか残らない“色街”に長い間、魅せられたふたりが、じっくりと「消えゆく色街」について語った様子を、一部抜粋・再構成してお届けする。

***
渡辺 今回、追った街は(前回の八木澤さんの書籍『青線 売春の記憶を刻む旅』より)範囲がぐっと広がりましたね。

八木澤 僕が色街をたどるようになったきっかけは、2000年あたりに神奈川県横浜市の黄金町を取材したことです。取材は1冊の本(『黄金町マリア―横浜黄金町 路上の娼婦たち』)にまとまりましたが、いわゆる色街というものはどういうかたちで生まれたのか、もっと掘り下げていきたくなった。たどるには、戦前、江戸時代、平安時代までさかのぼる必要が出てきます。

渡辺 遊郭や赤線は政府が管理した制度内のものですが、青線(非合法売春地帯)や基地周りの色街は制度外のもので、なかなか記録には残らない。特に2000年代以降は、遊郭や色街の痕跡が消滅するスピードが早くなったと感じます。

八木澤 今、現役の色街も、いつ消えてもおかしくない。僕は日本各地にある、歴史的な経緯からできた色街というもの…社会的には“鼻つまみもの”とされがちな街のことを、もう少し文化として捉えたいんです。それで本には「遺産」という言葉を使いました。

かつて赤線として栄えた東京都立川市・錦町楽天地の現在(写真提供/八木澤高明)

かつて赤線として栄えた東京都立川市・錦町楽天地の現在(写真提供/八木澤高明)

渡辺 再開発でマンションが建っていても、当時の地割(じわり)はずっと残っていますよね。たとえば遊郭や赤線地帯由来の地だと、(政府の管理下のため)地割が田の字になっているのが特徴です。

八木澤 戦後の立川は米軍の基地があり、“パンパン”(※)が多くいた街です。撮影の時、スナックで50代くらいのママに少し話を聞いたけど、同時代を体験して記憶している人は今はほとんどいないんですよね。
※パンパン……語源は諸説あるが、意味は米兵(進駐軍)を相手に売春をする女性のこと。

渡辺 取材の難しさはありますね。実際の原体験に至っては80代後半の方じゃないと聞けませんから。

八木澤 僕はやっぱり、文献や史料からは見過ごされていることに真実があるんじゃないかと思っていて、人に直接話を聞いていくことは続けていきたいです。

2000年頃の横浜市・黄金町。女性の影が伺えるが、05年に警察の「バイバイ作戦」が行なわれ多くの店が摘発された(写真提供/八木澤高明)

2000年頃の横浜市・黄金町。女性の影が伺えるが、05年に警察の「バイバイ作戦」が行なわれ多くの店が摘発された(写真提供/八木澤高明)

八木澤 ここ(神奈川・黄金町)で写真を撮ったあとに、(ちょんの間の関係者に)どつかれました(笑)。環境浄化作戦で働く女性たちはとっくにいなくなりましたが、当時の建物は今もまだあります。


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