「ティラノサウルスのウンチ化石はとても大きくて、40cm超えのものもある。しかもこれ、全長ではなく一部分の可能性もあるんです」と語る泉賢太郎氏

化石と聞けば、恐竜の骨格標本やアンモナイトを思い出す人がほとんどだろう。

しかし、今回の“本人襲撃”相手である泉賢太郎氏は「体化石(生物の遺骸の化石)」と呼ばれるそれらのメジャーな化石とは異なる、「生痕化石」の研究者だ。しかも、メインで扱うのは「ウンチの化石」だそう。

子供時代、誰しも一度は好きになったあの存在を今も追い続けている泉氏の、ウンと知的でユーモアに富んだお話をどうぞ!

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―そもそも生痕化石とは?

 生物の行動の痕跡が地層中に残されたもののことをいいます。これは教科書的な定義で、具体例は足跡とか、生物が潜り込んだ巣穴、排泄(はいせつ)物が化石になったものなどと言えばわかりやすいでしょうか。

―生痕化石を研究することで何がわかるんですか?

 大きく分けてふたつあります。ひとつ目は、生痕化石が見つかった地層ができた当時の環境条件を復元できること。例えば、深海でできた地層だったのか、あるいは浅海でできた地層だったのかなどですね。もうひとつは痕跡を残した生物の生態がわかること。特にウンチの生痕化石の場合、それを出した生物の食生活がわかります。きれいな例でなくて恐縮ですが、自分がしたものの中にもたまにコーンのカスとかが出ることってありますよね?

―はい、ちょうど今朝もオクラのつぶつぶが交ざってました。

 それと同じです。今までいろんな生物のウンチを研究してきましたが、鱗(うろこ)や骨のカケラ、プランクトンの化石などがウンチの中から出てくると、魚を食べたんだなとか、プランクトンを食べてたんだなとか、そういうことがわかる。太古の生物の場合だと何を食べていたかわからないので、ウンチの中のカスですら重要な意味があるんです。そういうことをクソまじめに研究しているんです(笑)。

―クソまじめに(笑)。では「これはいいウンチだな!」と感激したものはありますか?

 私個人の研究に直結するものでは、ユムシという釣り餌などに使われる気持ち悪い生き物がいて、それのウンチと思われる生痕化石が見つかったときは「これは!」と思いました(笑)。ただ少しマニアックなので、一般の方にはティラノサウルスのウンチの化石をオススメします。これはサイズがとても大きくて40cm超えのものもあるんですよ。残念ながら私も直接見たことはないですが、見たらテンション上がるでしょうね。

―40cmはインパクトありますね(笑)。そもそも、泉さんはなんで生痕化石を研究しようと思ったんですか?

 それはまじめなほうと不まじめなほうがありまして(笑)。

「ウンチってやっぱおもろいな」と(笑)

―まずはまじめなほうから聞きましょう(笑)。

 今までこの業界では体化石の研究をする人がほとんどで、生痕化石をメインにする人はあまりいなかったんです。それなら自分が違った視点から研究してみようと。そのなかでもウンチに注目したのは、生命維持に直結する「食べる」という行動から、重要な生態情報を得られると考えたため。ウンチ化石を時系列ごとに研究していけば、ゲノム解析とは別の側面から、生命進化パターンを解き明かせるかもしれません。

―では不まじめなほうは?

 単純ですが「ウンチってやっぱおもろいな」と(笑)。

―間違いないです(笑)。確かに子供にもウケそうだし、そこから古生物学への興味が湧くことだってあるかもしれませんね。そういえば、海外でのフィールドワークも多いとのことですが、具体的にはどの辺りに行かれるんですか?

 恐竜の化石だと北米のイメージがあるかと思いますが、私は研究対象とする生痕化石が比較的多く見られる南米諸国によく行っています。学生時代には長期間滞在しましたが、文化の違いに驚かされましたね。特にマテ茶文化。ご存じですか?

―「太陽のなんちゃら」ってのがあるのは、はい。

 実はあれは味がかなり薄い。本場では、専用の容器に茶葉を半分くらい入れてお湯を注いで直接吸うんです。しかも現地では回し飲みの文化があるので、何人かで同じ容器をシェアしながら飲むんです。

―日本人には合わなさそう。

 私は帰国してからも飲んでいるんですが、人によって好みが分かれるし、ご指摘のとおり回し飲みに抵抗を覚える人も多くて、人に勧めるのは諦めました。

―と言いつつ、本の中で結構、マテ茶について書いてません?

 実はマテ茶に関する本も将来書きたいと思ってまして。

―古生物学者なのに(笑)。でも実際、マテ茶って体にもいいんですよね。

 そうなんですよ。ミネラルが豊富ですし、何より食物繊維がすごい。アルゼンチン滞在中は肉やワインの毎日でしたが、毎朝すごいキレッキレなモノが出てたのはマテ茶のおかげだったはず。

「この恐竜、便秘だったな」もわかる?

―結局、ウンチに戻ってきました(笑)。研究もそれ以外も、お話を伺っているとすごく楽しそうですが、逆にウンチ化石の研究で大変なことってあります? 例えば恐竜では出る助成金がウンチ化石だと出ないとか。

 ずばり、そこは重要ですね(笑)。ただ、生痕化石が地味だからという理由で助成金が出ないということはないのかなと。デメリットを挙げるならば、結局、「肛門とウンチが直結している化石」があるわけではないということですかね。

―確かにキバッてる途中で化石になるって難しそうですね。

 だからいくらデータをそろえても、ウンチが出てる決定的瞬間が化石に残っていないと、「◯◯のものと思われる生痕化石」で終わってしまうんです。

―なんだかもどかしいですね。

 さっき言ってたティラノサウルスの40cm超えウンチも全長ではなく一部分の可能性もありますし。結局残されたモノしか手がかりがないので、似たようなウンチ化石だとこのくらいの大きさがあるから…というように状況証拠で判断するんです。

―ゆくゆくは「この恐竜、便秘だったな」みたいなことがわかるようになるかも?

 もしかしたら、最終的にそういうところまでいけるかもしれないですよね。狩りが必ず成功したわけでもないでしょうし、運動能力や健康状態も影響するはず。とはいえ、40cmのウンチをしたティラノサウルスは健康だっただろうと思いますけどね(笑)。

(取材・文/テクモトテク 撮影/山上徳幸)

●泉 賢太郎(いずみ・けんたろう)1987年生まれ、東京都出身。理学博士。千葉大学教育学部特任助教。東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。専門は、生痕化石に記録された古生物の研究など。大学時代は応援部に所属しており、大の野球好き

■『生痕化石からわかる古生物のリアルな生きざま』(ベレ出版 1500円+税)「化石」というと骨や貝殻を想像しがちだが、実は足跡や巣穴といった生物の行動の痕跡を示す「生痕化石」というものがある。しかも、そのなかには排泄行動の痕跡、つまりウンチの化石も! 著者の泉氏は、生命維持に直結する「食べる」という行動から、重要な生態情報を得たり、生命進化パターンの研究を進めているのだ。ウンチ化石で博士号をとった、正真正銘のウンチ博士が生痕化石の世界へと誘うユニークでウンと知的な一冊