「現代の魔法使い」落合陽一(右)と「METCALF」を製作したきゅんくん(左)

『情熱大陸』出演で話題沸騰、“現代の魔法使い”落合陽一が主宰する「未来教室」。『週刊プレイボーイ』で短期集中連載中、最先端の異才が集う筑波大学の最強講義を独占公開!

ロボティクスファッションクリエイターのきゅんくんは現在23歳。これまでにこの「コンテンツ応用論」に登壇したゲストの中でも最年少だ。大学を中退し、メカエンジニアとして働きながらクリエイター活動を続けている。

彼女が製作するウェアラブルロボット『METCALF(メカフ)』シリーズは、AKB48の単独講演で使われたり、世界最大規模のクリエイティブ・フェスティバル「SXSW(サウスバイサウスウエスト)」のDMM.makeAkibaブースに展示されるなど、新しい「ファッション」として注目を集めている。

きゅんくんが手がけるロボットの特徴は、ズバリ「役に立たない」こと。ふつうロボットに期待される有用性とは離れたところで、彼女の創意は光る。

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きゅんくん 私がロボットの開発者になろうと決めたのは小学生の頃です。小さいころから「ロボットコンテスト」のロボットに憧れていました。企業がつくるきっちりしたものよりも、学生がつくるような、板金を加工したちょっと粗削りなロボットのほうが自分は好きだなと思って。中身が見える武骨な状態でも、ロボットに興味のない層の方々からかわいがってもらえるロボットが作れないかなというのが出発点にあります

そして、ロボットクリエイターの高橋智隆さんが開発された「クロイノ」というロボットをテレビで知ったことをきっかけに、開発者になろうと考えるようになりました。小学校の卒業文集にも「将来はロボットの開発者になりたい」と書いてます。

高橋さんはデザインとメカの両方をご自分で手がけているんですが、その頃から私も両方に興味がありました。でも、周りに理系の人があまりいなかったので、何を勉強したらいいのかわかりません。そこで、家の机の上でできることを考えて、図書館で本を借りてきて独学で電子工作を始めました。

高校では「被服部」という、服を作る部活に入ったんですが、その頃から自分の軸はテクノロジーだと思っていたので、それをテーマに服をつくり始めました。

ある日、学校の近くのゴミ捨て場にコンピューターの周辺機器がすごくいっぱい捨てられていたことがあって。それを拾い集めたら全部で12キロぐらいあったのかな。部品を解体して服につけたり、基板をぶら下げたりして作品を作っていました

ちなみに「きゅんくん」というのはその頃のあだ名で、本名が「松永夏紀」というんですが、「なつきくん」→「なつききゅん」→「きゅんくん」ということで。今もこの名前をそのまま使っています。

大学ではロボットを作るサークルと電子工作のサークルに入ったりして、自分でオリジナルロボットを作り始めました。その頃、秋葉原の「秋月電子通商」という電子部品を扱う店でアルバイトを始めたんですけど、落合さんがここでよく超音波スピーカーを買っているという話を聞きました。

落合 たまに会ったよね。あれ、なんでレジにいるんだろうって(笑)。

技術が発展してもロボットが人間に近づくとは思っていません

きゅんくん (笑)。このお店だったら、自分が知らない電子部品のことも勉強できるかなと思って選んだんです。

大学2年生の時に初めて、ウェアラブル・アームロボットの作品を作りました。『PARADISE LOST(パラダイス・ロスト)』という失楽園をテーマにした作品で、青リンゴを食べさせようとする蛇をロボットアームで表現したんです。

この作品では、ロボットだけじゃなく服も自分で作ったんですが、そうするとロボットまで「衣装」になっちゃいました。もっとアクセサリーみたいにコーディネイトしたいなと思って、以来、服をつくるのはやめました。

それで、この年の秋につくり始めたのが『METCALF』シリーズです。名前は「メカ服」からとりました。つづりはイギリスの人名なんですが、メカフさんってどんな人がいるのかなと思って調べたら、女性宇宙飛行士の人とかもいて、なんかきれいな響きだし、いい名前だなあと思ってそのまま使いました。

METCALFシリーズ代表作といえる「METCALF clione(メカフクリオネ)」。金属とプラスチックを組み合わせており、重量わずか1.5kg。スマホやPCから遠隔操作できる(モデル/近衛りこ、写真/荻原楽太郎)

 ロボットにはレスキューロボット、産業用ロボット、介護用ロボットというようにいろんな種類がありますが、私はここに、人の役に立たない、ファッションとしてのウェアラブルロボットを加えました

METCALFを身につけると肩から2本のアームが生えて、しかも動かせる。だからいわゆる身体拡張的なものと思われるかもしれませんが、役に立つ機能はまったくありません。産業用ロボットアームは普通「6自由度」ある、つまり関節が6つ備わっているんですが、METCALFの場合、片腕につき「3自由度」しかありません。ロボットに興味がない人でも、パッと見て「これじゃ何もできないだろう」とわかると思います。これは自由度を少なくすることで、ファッション性を高めるという試みをしているんです

では、なんでファッションとしてのウェアラブルロボットを作っているのか。理由を説明します。

まず、私は技術が発展してもロボットが人間に近づくとは思っていません。ロボットにとって人間の形が最適ではないから。それに、人間を改造してデジタルと共存するよりも、それぞれが自立しているほうが多様性が尊重されていていいと思っています。人間の人間らしさと機械の機械らしさを、それぞれ損なうことなく日常に持ち込み共存させたいという思いがあって、ウェアラブルを選択しています

ロボットを身につけると、サーボの振動だったり音だったりが距離ゼロで感じられ、人にいろんな感情を与えます。ロボットにまったく興味がない人にメカフシリーズを着用してもらうと、「近くに動物がいるような感じがするから安心」とか、好意的な感想があって、それが私にとっては意外だったんですね。

私はロボットが好きだから、近くにいてくれたらめっちゃうれしい。だけど、ロボット好きじゃない人からしたらどうなんだろうと思っていたので、「安心」という気持ちにつながるのが最初はすごい驚きでした。それを多くの人に体験してもらいたいという思いがありますし、どうしたらその「安心」という感情をコントロールできるのだろうか、という課題があります。

それから、人が役割を持たずに生まれてくるように、ロボットも役割を持たずに存在したら、そこに個性が生まれてくるのではないかという期待があります。それでファッションとしてのアームロボットを無機能にしています。ある意味でアニミズムに近いような、非言語的なコミュニケーションをロボットと取ることができるんじゃないかなと考えています。ファッションという言葉は必ずしも流行の服とかモノだけを指すんじゃなくて、「情報」だと私はとらえているんですけど、METCALFシリーズはその意味で、まさに身に付ける情報だと思っています

落合陽一ときゅんくんの対談スタート

落合 ありがとうございました! 後半は対談パートです。まず最初に、役に立たないロボットのエモさについて語ろうかな。

きゅんくん エモいですよね。エモ極まりながら、講演のスライドを作ってました(笑)

落合 エモ極まってたんだ(笑)。ちなみに、役に立たないロボットがエモいと思い始めたのはいつ頃ですか?

きゅんくん 高校の時にメディアアーティストの人の作品を見てたら、「メカっぽいけど実際には動かない」みたいなものがあって。あー、私だったらこれ絶対動くものにしたいなって思いました。でも、別に役に立たせたいわけじゃないなと。

大学在学中に製作した「THE 2nd PROCESS to UNION」。この頃はきゅんくん自らモデルも務めていた(写真/稲垣謙一)

落合 それは進路にも影響した?

きゅんくん 美大に行こうかともちらっと考えましたけど、私はアーティストになりたいわけじゃないし。エンジニアとして技術を磨いて、それを作品に使ったほうがいいものができそうだなと思ったので、機械にしました。

落合 じゃあ、大学を辞めようと思ったのはいつですか?

きゅんくん 辞めたいなとはずっと思ってたんです。休学するか、在学するか、辞めるかみたいな選択肢が私の目の前にあって。それをだらだら先延ばしにしてたら、ある時期に休学はできないという感じになって。じゃ、もう辞めよっかみたいな感じで。

でも、大学は辞めないほうがいいと思いますよ。やっぱり大学を離れちゃうと、基礎の勉強は自分で本を買ってやるしかないんだけど、どの本がどう素晴らしいのかっていうのが自分にはわからないから、講義で学べるってすごくいいよなあと思います。

落合 大学にいるとタダで機械使えるしね。大学生という身分は意外とガードが堅いというか、防御力が高い。たいていの大学生は攻撃力は弱いしフットワークも重いけど、なんだかんだ言って攻撃しようと思ったときに、その肩書で到達できるものがたくさんあると思う。

あと、最先端のものを料理する時の賞味期限をどう考えてるのか聞いてみたいです。バズワードとどう付き合うか、とか

◆後編⇒“現代の魔法使い”落合陽一×きゅんくん「“役に立たないロボット”を作り続けるために必要なこと」

■「#コンテンツ応用論2017」とは?本連載は筑波大学の1・2年生向け超人気講義「コンテンツ応用論」を再構成してお送りします。“現代の魔法使い”こと落合陽一学長補佐が毎回、コンテンツ産業に携わる多様なクリエイターをゲストに招いて白熱トーク。学生は「#コンテンツ応用論2017」付きで感想を30回ツイートすれば出席点がもらえるシステムで、授業の日にはツイッター全体のトレンド入りするほどの盛り上がりです。

落合陽一(おちあい・よういち)1987年生まれ。筑波大学学長補佐。人間とコンピューターが自然に共存する「デジタルネイチャー」という未来観を提示し、同大助教としてデジタルネイチャー研究室を主宰。筑波大学でメディア芸術を学び、東京大学大学院で学際情報学の博士号取得(同学府初の早期修了者)。最新刊は『超AI時代の生存戦略 シンギュラリティに備える34のリスト』(大和書房)。

きゅんくん1994年生まれ、東京都出身。本名:松永夏紀。高校時代から「メカを着ること」を目標にロボティクスファッションの制作を続け、2014年からウェアラブルロボットの開発を進める。15年、米テキサスでの「SXSW2015」で「METCALF」発表。16年、「METCALF clione」発表。同年3月には、AKB48単独公演でメンバーが「衣装」として「METCALF stage」を着用したことでも話題に。

(構成/前川仁之 撮影/五十嵐和博 協力/小峯隆生)