自動車部品製造の“隠れ優良企業”が東京・青梅市にあった!

東京・青梅市に本社を置く武州工業は大手自動車メーカーの二次下請けとして、乗用車やトラックに使われるパイプ部品を製造する会社だ。

夜間勤務のない1日8時間、月20日労働の“8・20”体制を構築し、1968年から50年連続黒字を維持する。好決算を生んでいる理由は、同社の工場に導入されている“1個流し”と呼ばれる生産体制にあった(前編記事参照)。

各工程に複数の工員を配置し、分業制で部品を製造するのが一般的な工場なら、ひとりの技術者が材料の調達から加工、品質検査、出荷管理までの全工程を“多能工”として担うのが1個流し。あるラインではU字に沿って8台の機械設備が並び、その中央に空いた畳一畳ほどのスペースで工員がグルグルと移動しながら作業を進めていた。

工程ごとに部品加工を進める一般的な製造ラインに比べて、手待ち時間が少なく、完成までのリードタイムが短い。最大のメリットはその生産性の高さにある。ひといの工員が全工程をカバーするにはコンパクトな設備レイアウトが前提となるが、設備機器メーカーが製造・販売する汎用品は大型で設置面積が大きくなりがちだ。

そこで、武州工業ではパイプ曲げ、板金、レーザー加工の多種多様な設備や治具(じぐ)を自社で作る。例えば、2年前に開発したという0.3ミリの穴を開ける微細加工まで可能なレーザー加工機の場合、機体のサイズは同じ性能を持つ汎用機械の3分の1以下。開発に投じた費用も半額以下だ。低コストかつ省スペースを可能にする自社開発設備を同社では「ミニ設備」と呼び、これまで約500機種を作ってきた。

だが、独自の生産体制と設備の内製化という話だけなら、他のものづくり企業でも取り組んでいるケースは珍しくない。武州工業がすごいのは、そこに“自作”の「IoT」を組み合わせている点にあった。

同社の工場内でU字型に配置された“ミニ設備”をよく見ると、各設備の側面に米・アップル社のタブレット「iPod Touch」が両面テープで張り付けられている。これはピストンのように動くパイプ加工機の動作回数を記録するものだ。

レーザー加工機が動くたびにタブレットの画面上に青や赤の表示が点灯する。「このタブレットはペースメーカーの機能を持たせており、製造ラインを受け持つ工員に1日の生産目標台数を事前に入力させ、それより作業のペースが早いと青、遅いと赤が点く仕組みになっています」と同社の林英夫社長は説明する。

その動作データは毎日、リアルタイムでネット上にある同社のクラウドサーバー『ビムス・オン・クラウド』に転送され、全社員が会社から配布されているタブレットから閲覧できるようになっているという。

「社員は社長の分身だからノルマは与えない」

ある工員が受け持つレーザー加工機の動作データを見せてもらったところ、測定日は『2016年9月16日生産分』、目標値は『8時間・5500個』と示されている。画面上には目標値と実測値(実際に製造した個数)を示す2本の折れ線グラフが描かれ、時間の経過とともに生産台数が増える形で2本のグラフは右肩上がりに伸びていた。

だが、よく見ると目標値に対して実測値が毎時100~300個ずつ少なく、2本のグラフは時間の経過とともに乖離(かいり)していく。17時時点で5500個を終える目標だったのが、実際には定時を過ぎ、20時近くまで残業していたことまで画面上から見て取れた。

「このグラフを見ると、目標線が順調に右肩上がりに伸びているのに対し、実測線は休憩時以外にもなんらかの理由でちょこちょこと機械が止まっている時間があり、そのたびに目標値に比べて個数に開きが出てしまっています」

だが、同じ工員の3ヵ月後(今年1月20日生産分)のデータを見せてもらうと、実測線は目標線の作業スピードをやや上回る形でグラフが描かれ、17時前には5500個の生産を完了させていた。

「この工員は1個流しの中のひとつの工程に時間を費やしすぎていたことが作業を遅らせる原因でした。そこを改善することで生産性を約20%向上させ、目標値を達成できるようになったのです」

同じようなグラフは毎日、全工員分がクラウド上にアップされていく。

「機械の動作データをリアルタイムで蓄積することで、どの工程が順調で、どこでボトルネックが発生しているのかが可視化されます。すると、どうすれば生産性が上がるか、定時で上がれるようになるかという改善ポイントがハッキリと見えてきます。

気づくべき人に気づくべきタイミングで気づくべき情報をリアルタイムで渡していけば、自然と社員に自律性が芽生え、作業スピードも上がり、働き方も改善されて仕事が楽になる。そうなれるように、このデータを大いに活用してほしいと社員には伝えています」

とはいえ、目標値とは“会社が社員に課すもの=ノルマ”なのでは?

「いいえ、目標値はそれぞれの社員が自分で設定するものです。本来、私ひとりでやるべき仕事だけど、それができないから人を雇用して手伝ってもらっている、というのが私の考え。社員は自分の“分身”のようなものですから、彼らにノルマを課すのは私自身に課すのと同じです。だから、ウチの会社にノルマは存在しません

ただ、同社は受注から納品までを48時間以内に完了させる短納期を原則にしているため、目標値を低く設定すると納期に間に合わず、取引先からのクレームにつながる。だが、“それでもよし”とするマイペースすぎる社員はこの会社にひとりもいない。

「1個流しの工員は“ひとり親方”のようなもの。取引先は会社のお客様であると同時に自分のお客様でもあります。皆、その責任を感じて『48時間以内に間に合わせよう』と生産性を高める努力を怠りません」(同社・社員)

1個流しという生産体制には社員に自律性をもたらすメリットもあるのだ。

「全社員が定時に帰れる会社にしたい」

同社独自のIoTの効果は他にもあった。下請けメーカーの泣きどころは、元請けからの発注が日々、大きく変動する点にある。「部品7千個から0個といった具合に、受注のピークがあった日の翌日には必ず谷がきます。これに日常的に振り回される状況は社員の精神衛生上も好ましくなく、ミスが生まれやすい」(林社長)。

受注に山と谷が生まれるのは、繁忙期や閑散期を抜きに考えれば「発注側の計画ミス」、あるいは「『不良を出したら困るから余分に頼んでおこう』といった担当者の不安が発注量に大きく影響するため」。現実的な必要数量からかけ離れた取引先の“安心在庫”に下請けメーカーは振り回されることが多いのだという。

「この状況をなんとかせねば」と林社長はクラウドに蓄積された受注データを解析、取引先ごとに1日の平均受注量を割り出し、それを交渉材料にして各社に納期調整をかけた。「過去の履歴からきちんと裏が取れた数字を見せると取引先は納得してくれた」

それ以降は『武州さんは必要数量を48時間以内に確実に納めてくれる会社だから安心在庫を考える必要はない』と取引先担当者の意識も徐々に変わり、極端な注文が減って受注の平準化に成功したという。

さらに、同社のIoTは部品発注の局面ではコンビニのPOSシステム(販売時点管理)に似た機能も持つ。工場内で使用した部品の情報が得意先の部品メーカーに自動送信され、事前に設定していたロット数の下限値を切ると自動的に発注がかかり、翌日には必要分が工場に届くという仕組みだ。部品の発注を自動化&電子化したことで経理部門の作業コストを大きく軽減させた。

こうした取り組みからわかるように、同社はIoTを“働き方改革”のツールとしてフル活用している。すでに林社長が目指してきた昼間しか働かない1直体制(※夜間勤務を『2直』、深夜勤務を『3直』と呼ぶ)と、月20日稼働(年間休日120日)は「ほぼ実現」。これが離職率の低さにつながり、2015年実績で約3%など、毎年ひと桁台を安定的にキープしている。

「IoTの使い方を誤ってブラックになる会社は結構あります。働き方を監視するツールに使う会社も少なくありませんが、それだと社員は息苦しくなる。そうじゃなくて、私は自社で使うIoT機器を“見守りツール”だと言っています。

見守りとは何かというと、当たり前のことですがオーバーペースで作業をやると疲れますが、マイペースでやれば疲れない。社員それぞれの“マイペース”を社内で共有し、お互いに見守りあうことで、働き過ぎず、サボりすぎない職場環境を作るということ。

IoTはそのためのツールで、まだ完全には実現できていませんが、製造部門も経理部門も含め、全社員が“定時で仕事を終える”方向に持っていきたいと思っているんです」

“自分たちさえよければいい”はやめた

そして、通常なら外部のシステム会社に依頼するそのIoTシステムも同社は自前で構築している。

各設備に両面テープで張り付けたiPod Touchは中古品を数千円で調達し、万歩計機能のセンサー部を活用して動作カウンターにした。その情報をwi‐fiで飛ばし、蓄積するクラウドは5年前に採用したエンジニアに構築させた。外注すれば数百万円はかかるところ、機器とシステムを合わせて1セット5万円程度で実現したというから驚きだ。

徹底したコスト削減の姿勢――。これが社員の働く意欲を削ぐ結果につながらない点は林社長の経営手腕だろう。

自動車業界にはLCCと呼ばれる商慣習がある。世界中で部品を一番安く生産できる国(Low cost country)での調達価格がすべての市場に適用されるというものだ。東南アジアなどと比べて人件費が1ケタ高いこの国でLCC価格に対抗するのはキツイ…と、多くの部品メーカーが製造拠点を海外に移した。

経営者として、この流れに抗い続けてきた林社長の思いはここにある。

「私は海外に出て行ったりせず、地元に仕事を残すために日本でLCCを実現したかったんです。パイプ加工を通じ、世界に通用するものづくりが日本でもまだまだできることを示したかった。1個流しも道具の自社開発も“地元に雇用を残すための手段”と捉えています」

そう話す林社長は最近、長年にわたって磨き上げてきた自社の部品製造のノウハウを他の企業に提供する取り組みを進めている。

「これまではウチの財産だから外には出さないと言ってきましたが、そういう“鎖国”はやめて、積極的に外に出していくことにしたんです。ウチのビジネスモデルは日本という社会インフラがあるからこそ成り立つ。自社が安泰でも、周りの企業が落ち込んでしまっては元も子もありませんから。“自分たちさえよければいい”という考え方はやめたんです」

来春には、先述した機械設備の動作カウンターをタブレットやスマホ向けのアプリにし、製造業者向けに低価格で売り出す予定だという。

まだ知名度は決して高くない、東京・青梅市にある“無名”の中小企業が日本の製造業を救う存在になるかもしれない――。

(取材・文/興山英雄)