「ここ20年、自民党はアメリカの共和党のマニュアルを使って戦略を立てているように見える」と語るパックン

小池百合子氏の「リベラル排除」発言と、その結果生まれた立憲民主党の躍進で今年の政治のキーワードのひとつになった「リベラル」。

だが、よく考えてみると日本における「リベラル」の定義は曖昧(あいまい)で、何を指しているのかよくわからない。

そこで「週プレ外国人記者クラブ」第102回は年末スペシャル編として、来日24年のアメリカ人マルチタレント、「パックンマックン」のパックンこと、パトリック・ハーラン氏に話を聞いた。

前編記事(『今年の政治のキーワード「リベラル」ってそもそも何?』)では、リベラルの本来の意味とその変遷をアメリカ共和党の変質を引き合いにして語ったパックン。後編ではさらに議論は深まり――。

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―日本では「リベラル=左」っていう意味で使われていると思います?

パックン 個人的には同義語だと思うんですけど、日本の皆さんは左というと社会主義、共産主義に近いものをイメージするんじゃないでしょうか。だけど、今の日本の共産党はそこまで左じゃないですよ。党綱領に自衛隊を廃止するとは書いていないでしょう。

ゆくゆくは全ての国が軍を持たない世界を作りたいという理想を掲げているだけで、それに対して「自衛隊がないと困るでしょ!」って反論するのはちょっと幼稚な主張だと思います。日本のリベラルといえば、立憲民主党とか社民党になるんじゃないかな。

―言ってみれば、日本のリベラルは「中道左派」とか「保守の中のやや左寄り」くらいの位置づけかも。

パックン そうですね。日本は右が左で、左が右。右往左往してる! だって今、自民党は教育無償化しようとしてるじゃないですか。これ、思い切り左がやる政策ですよね。一方で、立憲民主党は同性婚を公約に挙げていない、これは右です。基本的に欧米のリベラルは同性婚を今すぐ認めるべきという主張ですから。

―日本のリベラル/保守の不思議なところはまさにそこですね。主義主張がゴチャゴチャに混ざり合っている。

パックン これは、戦後ずっと続いている「一党一強」による弊害だと思います。結局、自民党しか政権を担わないから、教育無償化みたいに本来は野党が主張していた政策も自民党の都合次第で「パクられて」しまう。そうなれば、野党の存在意義も特色も出せません。

その結果、混在する野党は票割れしていまい、自民党は40%程度しか得票率がないのに与党で70%以上の議席を確保している。これは選挙制度の問題でもあると思いますが、一党一強の政治体制のおかげで、与党・野党間の主張の違いが際立たない。

―とはいえ、「保守」を自認する自民党政権下でも、20年くらい前までの日本はアメリカみたいな「格差社会」ではなく、国民皆保険制度が整備されていたり、それなりに弱者への配慮もある国だった。自民党の55年体制というのは、保守政権がやっている一種の社会主義だったんじゃないか?という見方もあります。ひと昔前の自民党って、それなりに「リベラル」だったんじゃないか…と。

パックン まさにそう!

安倍政権は「これはアメリカのパクリ」ばかり?

―ただ、その自民党もここ20年ほどで大きく変質していませんか? まさにアメリカの経済的保守に近づいているというか。

パックン 安倍政権は法人税を下げて、消費税を上げようとしていますしね。まさにその通りで、僕が日本に来てからの20数年間で「これはアメリカのパクリだな」っていう動きがたくさん見られます。

小泉政権が「民営化、民営化!」と言っていたのはアメリカの保守派の文言のコピーだったし、安倍首相の「日本を取り戻す」も、共和党のジョン・マケインが選挙キャンペーンで使っていた「テイク・バック・アメリカ」そのまま。共和党の演説で聞くような表現が増えてきています。明らかにアメリカを見ていますよね。

先述したように、共和党は「神の党」ですが、「軍の党」でもあります。いつも軍軍軍軍軍軍軍軍!言うんです。例えば、野党が軍事費を削減しようとすると「国のために命をかけている軍人を危険にさらしたいのか! 防弾チョッキのお金も削るのか!」というような論調で猛反対する。いやいや、そうじゃなくて装備は減らさず軍人の数を減らせばいいんじゃないかと思うんですけど。

自民党も同じ論理ですよね。集団的自衛権の議論の中で、邦人が乗っているアメリカの輸送船を警護できないのはおかしいでしょ!とか。共和党のレトリックとそっくりなんですよ。

さて、「リベラルとは何か?」に話を戻しましょうか! 「リバタリアニズム」という言葉もありますよね。リベラリズムが自由主義なら、リバタリアニズムは「自由至上主義」とでも訳したらいいのか、極端に「小さな政府」を志向して、軍も持たない、所得税もない、あらゆる規制を撤廃してすべて自由であるべきという考え方です。

この「リバタリアン」と言われる人たちは、例えば麻薬は取り締まらなくていいと考えるから左に近い。でも、企業に対する規制も全部撤廃したいという点では右です。軍を持たないというのは左、信仰の自由のために黒人にサービスを提供しないお店があってもいいと考える…これは右です。だから、リバタリアンの皆さんの考え方は共和党、民主党双方に含まれるんですけど、この人たちがどっちに票を入れているかというと大体、共和党です。

―アナキスト(無政府主義者)の右版っていう感じですね。

パックン なんでそうなるかっていうと、共和党はこの辺のコミュニケーション戦略が本当に巧くて、「自由」という言葉すら保守のものにしているんですよ。

―え、どうしてそんなことになっちゃうの?

パックン 「自由、幸福の追求」の保障です。わかりやすい実例を挙げますと、今年、コロラド州のケーキ屋さんの訴えが連邦最高裁まで行ったんです。ある日、ふたりの男性が来店して「結婚式のケーキを作ってほしい」と言った。それに対して、キリスト教徒であるこのケーキ屋さんは「自分は同性婚には反対なので、信仰の自由のためにケーキは作れない」と拒否したんです。

―つまり、自分には「同性愛者にケーキを売らない自由」があるんだ、と。LGBTの権利か、個人の信仰の自由か…というわけですね。

パックン そういうことです。それから、「アファーマティブ・アクション」という弱者への優遇措置があるんですが、例えば、同じ成績の黒人と白人が大学に入学願書を出すと、黒人が優先される。歴史的に黒人は多くの重荷を背負ってきたので、格差や差別の是正のために優先的にチャンスを与えられるという、真っ当な考え方です。

ところが、不合格にされた白人の身にもなってみろ、この人の「権利」や「自由」が侵害されているじゃないか!と保守派は主張するわけです。虐(しいた)げられた白人、虐げられたキリスト教徒の自由を共和党は守る。だからトランプは自由のためにイスラム圏からの移民を国内に入れないわけです。

野党は「本気で政権を獲ろうと対立してください」

―今日は「リベラルとは何か?」というテーマでいろんな話をしてきましたが、ひとつハッキリしたのは「自由って難しい」ってことですね。そう考えると「リベラル」という言葉の曖昧さは、そのまま「自由」という言葉の曖昧さでもあるんだなぁ。

パックン 「自由」だけじゃなく「保守」という言葉もそうですよね。保守とは何か? 本来は現状を守るとか、古き良きを守るとかいう意味でしょうけど、日本の保守もアメリカの保守も「改革、改革!」と言っています。それ、保守じゃないじゃん!っていう。

―安倍政権は目下、「人づくり革命」とか「生産性革命」に躍起ですからね。こんな革命だらけの保守なんて聞いたことない。戦後ずっと続いてきた平和な時代を守ろうというのが保守なのかと思いきや、戦後を全部否定したりね。

パックン そうそう、「戦後レジームからの脱却」ですね。この辺のマジックワードも、まさにアメリカのレトリックを倣(なら)っていると思います。

―最後に今後、日本のリベラルにパックンが期待することは?

パックン 僕は番組などで野党の皆さんにお会いするたびに「いつでも政権交代ができるようにちゃんと準備してください。本気で政権を獲ろうと対立してください」と言っています。自民党は本当に巧みです。野党のいいアイデアはすぐに自分のものにする。野党はそこに負けないで、自民党にマネされないブランディングをするべきです。

先ほども言ったように、ここ20年、自民党はアメリカの共和党のマニュアルを使って戦略を立てているように見えます。でも、実際には共和党の政策って矛盾だらけですよ。例えば、「環境保護法」という名で公害に対する規制を緩和したり、まるでジョージ・オーウェルのディストピア小説『一九八四年』が現実のものとなったようです。

―安倍首相の国会答弁も矛盾だらけですよね。

パックン 言葉には「意味」があるべきです。「矛盾している言葉を使ってはいけない」と野党は強く訴えないといけない。徹底的に突っ込んだ上、批判するだけじゃなくて代替案を出して、与党に勝つビジョンを示してほしい。そうすれば、選挙はもっと有意義なものになり、投票率も上がるでしょうからね。

(取材・文/川喜田 研 撮影/保高幸子)

●パトリック・ハーラン1970年生まれ、米国コロラド州出身。ハーバード大学卒業後、1993年に来日。吉田眞とのお笑いコンビ「パックンマックン」で頭角を現す。最新刊『世界と渡り合うためのひとり外交術』(毎日新聞出版)など著書多数。BS-TBS『外国人記者は見た+日本inザ・ワールド』(毎週日曜夜10時~)のMCを務めている