開高健ノンフィクション賞を受賞した著者・畠山理仁氏(左)とTBSを退社しフリーとして活躍する久米 宏氏(右)

第15回 開高健ノンフィクション賞を受賞した『黙殺 報じられない“無頼系独立候補”たちの戦い』(集英社)の著者・畠山理仁氏は、20年にわたって選挙の現場に足を運ぶ中で、熱い志を持ちながらもマスメディアの選挙報道ではほとんど報じられない無名の候補者たちの戦いを取材してきた。

魔力にも似た選挙の熱気の中で、たったひとりで奮闘を続ける“無頼系独立候補”たちの強烈なエネルギー、そして彼らが黙殺され続ける選挙システムの異様さを鮮やかに浮かび上がらせ、「開高健賞の新境地をひらく作品」(姜尚中氏)、「ただただ人であることの愛おしさと愚かさを描いた人間讃歌」(藤沢周氏)、「畠山さんの差し出した時代を映す『鏡』に、思わず身が引き締まる」(茂木健一郎氏)等、選考委員各氏も絶賛。

そこで、この作品を読んで「目からウロコが落ちた」という久米 宏さんに、現在の日本の選挙の問題点や民主主義の行方などを著者の畠山氏と存分に語り合っていただいた!

■「泡沫候補」を放送禁止用語にしよう!

久米 今回、『黙殺 報じられない“無頼系独立候補”たちの戦い』を読ませていただいて、いわゆる「泡沫(ほうまつ)候補」の人たちが、ほとんど勝ち目のない戦いにどうして挑み続けるのか、ずっと疑問だったんですけど、彼らは実は民主主義のシンボルなんだということが、非常によくわかりました。

畠山 ありがとうございます。「泡沫候補」というのはメディアや世間が勝手に決めているだけで、僕は立候補した人は全員が「対等な候補者」だと思っています。

久米 僕、この本に出てくるマック赤坂さんのことが前からずっと気になっていたんです。あの方、東京港区が地盤で、赤坂にあるTBSの前で踊っているのを、よく見ていたものですから。

畠山 久米さんは、ご自分のラジオ番組にマックさんをゲストで呼ばれたことがありましたね。僕は2007年からマックさんを取材してきたので、「やっと日の目を見た!」と、我がことのように嬉しくなったのを覚えています。

久米 4年ぐらい前ですね。番組に出ていただこうと思ったんですけど、誰もマックさんがどういう人なのか知らない。それで、まずスタッフに会いに行ってもらったら、「久米さん、大丈夫ですよ!」って帰ってきた(笑)。

畠山 ゴーサインが出たわけですね(笑)。その感覚、わかります。ところで、久米さんは初めてマックさんを見た時、政治家を目指している人だということがわかりましたか?

久米 いや、やっぱり最初はストリートパフォーマンスをしている芸人さんだと思いました。ところがある時、港区議会議員選挙の候補者掲示板にポスターが貼ってあって、「あっ、あの人だ!」とすぐ気づきました。

畠山 2007年の、マックさんが最初に立候補した時の選挙ですね。久米さんがマックさんを候補者としてご覧になった第一印象はどうでしたか?

久米 正直、当選は無理だろうなと思いました(笑)。港区の区議会議員選挙って、たぶん2.5倍ぐらいで、新人でもうまくすれば当選できる競争率なんです。だけど、名前からしてマックさんは完全に色物系だと思っていましたから。踊っているしね(笑)。

畠山 選挙は短期決戦で、特に政見放送もない区議会議員選挙では候補者の話をじっくり聞く機会も限られますから、マックさんみたいな一見、奇抜な候補者は見た目で判断されてしまいがちですね。

久米 でも番組に来ていただいたら、本当にまっとうな人だということがよくわかりました。僕は今まで随分多くの政治家にお会いしてきましたけど、マックさんが一番まっとうだと思いますね。当選したことはなくても、高い志を持っているという意味で、僕はマックさんを「政治家」として評価しています。何十年も「泡沫候補」という言葉を使ってきましたけど、マックさんにお会いして、こんな失礼な言葉はないと思いました。

放送禁止用語にしてもいいぐらい、ひどい言葉

畠山 僕も「泡沫候補」という言葉は本当に使いたくなくて、「無頼系独立候補」という言葉で表現しています。

久米 「インディーズ候補」という言い方もありましたけど、もう使われていないんですか?

畠山 僕が本格的に政治の取材をするようになったのは、大川興業の大川豊総裁とやらせていただいた『週刊プレイボーイ』の仕事がきっかけですが、「インディーズ候補」は、大川さんが作った言葉なんです。僕の中では大川さんの(C)だという気持ちがあるので、僕なりに「無頼系独立候補」という言葉を考えました。ちょっとわかりにくいかもしれませんが。

久米 「泡沫候補」という言葉がいつ頃から使われ始めたのかわかりませんけど、あれを考えた人はかなりの天才ですね。一度聞いたら覚えちゃうネーミングじゃないですか。

畠山 「あわ」とか「しぶき」とか、はかないもののイメージとしてわかりやすいんでしょうね。でも実際に取材すると、「この人たちは泡みたいに簡単には消えないで、絶対にまた出てくる」という強烈なエネルギーをすごく感じます。

久米 マックさんに会って以来、何十年と「泡沫候補」と言い続けてきたことを、心から恥じています。今度、ラジオで「泡沫候補という言葉を使った放送局に抗議の電話をかけよう」というキャンペーンをやってみようかな。本当に放送禁止用語にしてもいいぐらい、ひどい言葉ですよ。

■現場で生の候補者を見てほしい

畠山 マックさんは選挙の立候補届け出をするたびに、立ち会いをしている選挙長に「メディアが我々泡沫候補と主要候補を選挙報道で差別しているので、そのようなことがないようにお願いします」と、必ず申し入れをするんです。届け出会場には各メディアが取材に来ていて、テレビ局もマックさんの訴えを全部撮影していますが、一度も放送されたことがありません。非常にもったいないと思いますね。

久米 テレビの場合は、時間がないというのが一番大きいんです。僕も主要候補しか視野に入っていなかったですし、泡沫候補と言われた人で番組に呼んだのは、自民党総裁選(1995年、98年)の時の小泉純一郎さんぐらいでしたから。

畠山 マックさんは、いつも公示翌日の新聞をトイレで見ながら、「俺のことが名前しか載っていない。せめて政策を一行ぐらいは書いてくれよ」と泣くんだそうです。この本のタイトルにもあるように、無頼系独立候補たちはメディアから黙殺されています。

僕が選挙取材で全候補者を追いかけるようになったのは、主要候補以外の候補者についての報道がほとんどないので「あれっ、あの人はどうしてるんだろう」と気になって、自分で見に行くしかないと思ったからなんです。実際に一対一で話を聞くと、無名の候補者でもちゃんと政策を考えて、一生懸命訴えている人が大勢いることがわかるんですが、なかなか有権者には伝わりません。

久米 「メディアはもっと無頼系の候補をちゃんと取り上げるべきだ」というのは、その通りだと思います。民放だとスポンサーの関係でかなり厳しいですが、例えばNHKがやろうと思えば絶対できるんです。東京都もせっかく自前のテレビ局を持っているんですから、フェアな都知事選報道をやればいいと思います。

世の中から「変人」というレッテルを貼られている?

畠山 フランスの大統領選では、候補者全員が同じ時間を与えられるテレビ討論会をやっていました。僕も、ネットで似たような番組づくりに関わったことはありますが、やはりネットを見る人は限られているので。

久米 だけど、最近はネット上で政見放送が話題になったりしているし、無頼系の候補への注目度は随分上がってきたんじゃないですか。特に、選挙権が18歳以上に引き下げられたことで「無頼系の人たち、面白いじゃないか」と、多くの票を獲得する可能性も出てくるんじゃないかな。

畠山 僕も取材中、無頼系の候補者たちを勝手連的に応援する若い人たちに大勢会いました。彼らは選挙の現場を自分の目で見ることで、無頼系の候補者たちが「すごい!」ということに気づいた人たちなんです。それこそ、メディアの人間より、よっぽど現場に足を運んでいたりするんですが、候補者を生で見れば、何々党だからとか、有名人かどうかなんて関係ないことがよくわかります。

握手をして人の話を聞いて去る人なのか、全く無視して、聞こえないふりをして車に乗ってどこかへ行ってしまう人なのか、ぜひ自分で見て判断してほしい。僕が無頼系の候補者たちが偉いと思うのは、有権者からどんなに罵倒(ばとう)されても逃げないことです。皆さん一生懸命、ひとりひとりに説明をしようという姿勢を持っている。

逆に、大きな政党の支援を受けている候補者は、僕が「フリーライターです」と言うと、「揚げ足取りみたいなことしかしない人には教えられない」と演説場所を教えてくれなかったりすることも少なくありません。

久米 無頼系の人たちは、世の中から「変人」というレッテルを貼られているでしょう? だけど人間ってみんな個性があるわけだから、変人じゃない人間なんていないと僕は思う。マックさんもそうですけど、皆さん、面白さという点ではピカイチだし、夢を持っていて、人間として価値のある人だということは間違いない。有名な人はいい政治家だという虚像を僕たちメディアがつくり上げてきたんです。本当は、有名と優秀は別なんですけど。

◆第2回⇒久米宏はなぜ政治家に立候補しない?「都知事選なんて、毎回のごとく『出てほしい』と言われます」

(構成/加藤裕子 撮影/三山エリ)

畠山理仁(はたけやま・みちよし)フリーランスライター。1973年愛知県生まれ。早稲田大学第一文学部在学中より取材・執筆活動を開始。関心テーマは政治家と選挙。著書に『記者会見ゲリラ戦記』『領土問題、私はこう考える!』。取材・構成として『10分後にうんこが出ます』(中西敦士著)等。

久米 宏(くめ・ひろし)1944年埼玉県生まれ。67年、TBSに入社。79年同社を退社しフリーとなる。『ニュースステーション』や『ザ・ベストテン』など多くの番組を担当。現在、TBSラジオ『久米 宏 ラジオなんですけど』を中心に活躍中。近著に『久米 宏です。ニュースステーションはザ・ベストテンだった』がある。