縄跳びひとつで、あの世界的なパフォーマンス軍団「シルク・ドゥ・ソレイユ」入団を果たした粕尾将一(かすお・しょういち)さん

コント日本一を決める「キング・オブ・コント2017」で惜しくも優勝を逃すも、その独特のセンスで大ブレイクを果たしたお笑いコンビ「にゃんこスター」。目下、バラエティー番組でも引っ張りだこだ。

アンゴラ村長がかわいいとか、コントが斬新とか様々な評価がある中で、今回、注目したのは「縄跳び」。かつて「おまえのギャグはつまらん、縄跳びでも跳んどけ」と言われたことが飛び始めたきっかけだというが、アンゴラ村長の見事な縄捌(さば)きに、その奥深さを感じ取った次第だ。

そこで、縄跳びの深淵を語ってくれる人はいないか?と探してみたところ、先駆者を発見! それが縄跳びひとつで、あの世界的なパフォーマンス軍団「シルク・ドゥ・ソレイユ」入団を果たした粕尾将一(かすお・しょういち)さんだ。早速、お話を伺ってみた。

―にゃんこスターの縄跳びを見て、どう思われますか?

粕尾 アンゴラ村長さんが跳んでいる「リズム縄跳び」は僕自身、昔から親しんでいたものなんです。だから初めてTVで観た時はちょっと懐かしさを感じました。それと同時に、急に「縄跳び」という言葉をあちこちで耳にするようになったので不思議な感覚もあります。

―にゃんこスターの登場で、周囲でも何か変化はありました?

粕尾 特にないですね(笑)。イベント出演時などに彼らを話題にすることがあるくらい。あまり大きな変化は感じないですね。

―そもそもご自身はどうして縄跳びに興味を持つように?

粕尾 はっきりと覚えているのですが、僕の縄跳び歴は2002年からスタートします。

―何があったんでしょう?

粕尾 高校の授業で縄跳びがあったんですが、その時、突然、小学生の頃に得意だったことを思い出したんです。それから急に興味が湧いてしまって、インターネットで検索しまくった。そこで縄跳びのプロパフォーマンスチーム"NAWA-NAWA"を知るんです。衝撃でしたね。

彼らの演技は"フリースタイル"という縄跳びで、自分が知っているものとは全く違うものでした。そして無謀にも訪ねて行ったんですよ。若気の至りですかね。でも、彼らはとてもフレンドリーで、一緒に練習しよう、と。それが僕の縄跳び競技の原点になっています。

―その出会いはどこがそんなに衝撃的だったんですか?

粕尾 それまで僕が知っていたのは、せいぜい二重跳びや交差跳び。でもNAWA-NIWAの演技は三重跳びや四重跳びといったアクロバティックな技でした。なんだ、これは!?と。

中でも、宙返りしながらの縄跳びが凄かった。未知の世界と出会ったような…そんな興奮を覚えたことを昨日のことのように覚えています。すぐに"僕もやりたい!"と練習を始めました。本当に昼夜を問わずに練習に明け暮れていましたね。

縄跳びは基本の積み重ねを裏切らない!

―具体的にどんな練習を?

粕尾 とにかく上手な人の動画を見て、それを真似して技を増やしていくんです。もちろん簡単じゃないですよ。ポイントは基本となっている技を理解し、それを分析し、どうやって特別な技に昇華しているかを考えること。あとは実践練習あるのみですね。

―その繰り返しから、新しい技が生まれることもある…。

粕尾 世界で誰もやってない技があったとしても、それは基本の組み合わせからしか生まれません。縄跳びは基本の積み重ねを裏切らないんですよ。

―練習だけでなく、縄跳びの普及そのものにも積極的ですよね。高校生の時から小学校でパフォーマンスを披露していたとか。

粕尾 はい。2003年に自分でホームページを作成し、縄跳びのパフォーマンスを公開し始めたんです。すると、それを見た小学校の先生から問い合わせがあり、子どもたちの前で披露することになりました。高校2年の冬でしたね。その噂が近隣の小学校にも広まって、訪問する学校が徐々に増えていきました。

―子ども達からはヒーロー扱いだったのでは?

粕尾 僕は音楽を流しながら跳ぶんですね。でも、いざ跳び始めると、子ども達の歓声で音楽が聞こえなくなっちゃうんです。サイン攻めにあったこともあるし、パフォーマンスの後は構内の廊下を歩けないくらい囲まれちゃう。1年後に再びパフォーマンスをするために訪れると、ちゃんと名前と顔を覚えていてくれたりして。嬉しいですよね!

―その当時、ライバルと呼べるような人はいましたか。

粕尾 高校時代はいませんでしたね。でも、ひとりでやるのって孤独じゃないですか。だから大学に入って、一緒に練習する仲間を探し出して、そいつをライバルにしました(笑)。彼は今でも現役の選手として第一線で活躍してますよ。

三村大輔(みうら・だいすけ)さんという、男子新体操出身の選手です。彼とはフリースタイルという自由演技で随分競いました。バク転や宙返りといったダイナミックな技が得意な上、新体操の要素を取り入れた美しい演技で世界的にも評価が高かったんです。

―ちなみに、大学入試にも縄跳びが有利に働いたとか。

粕尾 高校時代に縄跳びで一生食べていこうと決めたんです。そのために何が必要かと考えた時、体育の理論をきちんと学ぶ必要があると思ったんですよ。そこで目指したのが、筑波大学体育専門学群。書類と面接だけのAC入試があったので、なんとかなるんじゃないかなと思いまして。

―縄跳びを披露したんですか?

粕尾 いや、跳んではいないんです。でも、面接を受けた段階で"これは入るな"と確信しましたね。根拠はないですけど(笑)。後々わかったんですが、AC入試とはいえ、縄跳びで筑波大に入った前例はなかったみたいです。

―それはそうですよね(笑)。でも、ご両親は喜んだでしょう?

粕尾 大喜びでしたよ! その後、僕が縄跳びで生きていくことを伝える時の、説得材料のひとつにもなりましたね。

小学校で縄跳びのパフォーマンスを披露する粕尾さん

6重跳びは当時、世界で僕しかできなかった

―そして学生生活と並行して、全日本、アジア、そして世界大会と縄跳びの競技大会に出場するようになって…。

粕尾 アジア大会に初めて出場したのは2003年。当時はまだ全日本大会がなかったんです。というのも、今でこそ縄跳び競技選手人口は国内でも200人くらいいますが、2002年当時で5人くらい。それじゃ大会になりませんよね。それでアジアに出て行かざるをえませんでした。

その後、NAWA-NAWAの師匠達が全国大会を開催してくれることになったんです。そこから上位3名が世界大会に出場する流れができていきました。

―粕尾さんの成績は?

粕尾 全日本とアジア大会はそれぞれ3回優勝しています。世界大会は6位がベストですね。当時はアジア圏の選手が上位に入ることはほとんどありませんでした。欧米諸国の選手が強く、僕らは本当に後進国という感じ。全国大会と地方大会くらいの力の差はありましたね。

―具体的に何が違うんですか?

粕尾 例えば、アメリカの選手はアクロバティックな技が得意。本当に見たこともない技を繰り出してくるんです。スピードも印象的でした。「3分間駆け足」というスピードを競う競技があって、これは400回を超えらた凄いと言われるんですが、500回に迫る選手もいて…次元の違いを目の当たりにしましたね。

―やはり大会前は練習もハードになるんですか。

粕尾 縄跳び競技には陸上競技のような"計測種目"とフィギュアスケートのような"自由演技"があって、計測種目のためにはひたすら跳び続けますし、自由演技のためには演技を徹底的に練習します。1回に1500回くらい跳ぶのはしょっちゅうですね。自由演技はミスが大きな減点対象となるので、ひたすらノーミスを目指して、繰り返し通し練習をしています。

―それだけ練習すると、例えば体重が減ったりするのですか?

粕尾 夏場の練習で、一番追い込む時期であれば、2~3kgは減りますね。でも、それで体力が落ちては元も子もありません。だから食事をきちんと摂ることも練習のだと思って食べていました。

―そこからご自身のオリジナル技も生まれたんでしょうか。

粕尾 どこまでが技で、どこまで動きなのか…縄跳びって、その境界が曖昧(あいまい)なんです。同じ技でも見せ方が変わればオリジナルになっちゃいますから、体操競技のように名前の付いた技がないんですよね。

例えば、6重跳びは2004年頃は世界で僕しかできなかったから、当時は自分だけのオリジナルの技だったんです。でも、今では多くの人が跳べるようになってしまった。そういうことがたくさんあるんです。

―では今、何種類くらいの技をお持ちですか。

粕尾 そうですねぇ…ざっと思い浮かぶだけでも100種類以上はあると思います。でも、技の多さが縄跳びの醍醐味(だいごみ)というわけじゃありません。それよりもむしろ、演技をノーミスで跳び切った時の爽快感が一番の魅力。あとは、演技をしている時に聞こえてくる観客の皆さんからの歓声です。あれは本当に嬉しいし、跳ぶことがどんどん楽しくなっていくんですよ。

●後編⇒“縄跳び”の可能性は無限大!「シルク・ドゥ・ソレイユ」で活躍した日本人の新たなる挑戦

(取材・文/長嶋浩己)

粕尾将一(かすお・しょういち)1986年生まれ、栃木県出身。都立狛江高校卒業後、筑波大学体育専門学群に進学。高校時代、アジアロープスキッピング選手権で優勝できるレベルに上達。大学進学後は体操部に所属しながら世界ロープスキッピング選手権で個人総合6位入賞を果たすなど活躍。2010年からはシルク・ドゥ・ソレイユと専属契約をして渡米、15年までに約2500回「ラヌーバ」に出演。16年に帰国し、フリーランスのパフォーマーとして全国各地で縄跳び教室を開催している。HP:http://www.shoichikasuo.com/