「現代の魔法使い」落合陽一(右)と「Ontenna」を開発したUIデザイナーの本多達也(左)

音は耳で聴くもの、という常識を覆し、髪の毛で音を感じるためのデバイス「Ontenna(オンテナ)」を開発したUI(ユーザーインターフェイス)デザイナーの本多達也は現在27歳。富士通でOntennaプロジェクトのリーダーを務め、「グッドデザイン特別賞[未来づくり]」をはじめとする数多くの賞を射止めるなど、このデバイスのさらなるバージョンアップと認知向上に励んでいる。

そして本多と落合陽一は、ほか2名の研究者と共にJST(科学技術振興機構)のCREST(戦略的創造研究推進事業)を進める同僚だ。落合が率いるこのCRESTチームにおいて、本多は自分の役割を「インタープリター(通訳)」と考えているという。専門性むき出しのメンバーと一般の人々とをつなぐ役、ということだ。

そもそも、なぜ本多は音を感じるデバイスの研究に向かったのか。そのきっかけとなるふたつの出会いのエピソードからも、彼の人好きのするソフトな物腰がうかがい知れる。

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本多 まず、私がOntennaの開発を始めたいきさつをお話しします。私は香川県生まれで、大学は公立はこだて未来大学というところで、セキュリティとかネットワークの勉強をしていました。

大学1年の時に文化祭でクレープを売っていたら、耳の聞こえない年配の男性が買いに来てくれました。彼がどこそこの教室に行きたいというので案内したら、「ありがとう」と名刺をくださったんですが、その方がNPO法人「はこだて 音の視覚化研究会」の会長さんだったんです。そこから温泉友達になりまして。

落合 え? 温泉友達?

本多 週に1回は必ず一緒に温泉に行く、そういう友達です。それがきっかけで手話をやりたくなって勉強を始めました。

それからは手話通訳のボランティアですとか、学内で手話サークルを立ち上げたり、NPOを始めたりですとか、ろう者の方と関わる様々な活動をしてきました。その中で感じたことや気づいたことがOntennaづくりにつながっていきます。

大学では情報システムコースに在籍していたのですが、デザインとかアートにも興味があったので、自分でインタラクティブな作品を作りたいなと思っていました。

当時、私は家電量販店でアルバイトをしてまして、一日数十台テレビを売る店員だったんですよ。ある日、大型テレビを買ってくれた背の高い男性と大学構内でばったり再会して声をかけられた。その人が、大学の情報デザインコースの岡本誠先生だったんです。「企業のデザイン説明会があるから来ないか」と誘っていただき、情報デザインコースの人たちと一緒に顔を出して、「デザインでこういう分野にも関われるんだ」と知って。それで本格的にデザインの勉強を始めたというわけです。岡本先生は視覚障害者のためのインターフェイスを研究されていて…。

Ontennaは髪の毛に装着。30dBから90dBの音を256段階の振動と光の強さに変換し、装着者や周囲に伝える。髪が短い、あるいは少ない人用の耳に装着するタイプもある。

大きな問題なのが、耳が聞こえないとリズム感がとれない

落合 ああ、(人差し指を立てて)こういうやつでしょ? レーザーで対象との距離を測って、近づくと指が曲がるっていう。

本多 そうそう、さすがよく知ってますね! 目の見えない人が相手の輪郭を知覚できる装置です。

そういうシンプルなフィードバックでも人間はいろいろわかるんだ、と思って。岡本先生が視覚障害のことをやっているのなら、自分は聴覚障害のことをやろう、というわけで研究を始めました。

では、ここからOntennaについて少し詳しく紹介させていただきます。Ontennaは人間の髪の毛を用いて音を感じる新しいユーザーインターフェイスです。

装置の原理は、30デシベルから90デシベルの音圧、つまり音の大きさをデバイスが256段階の振動と光の強さにリアルタイムで変換して、音の特徴を伝えるようになっています。これを髪の毛につけることで、振動で音が感じられるわけです。

なぜ髪の毛にしたかという話なんですが、学生時代からたくさんのプロトタイプを作ってろう者の方に使ってもらい、試行錯誤を行なってきました。いろんな部位を試した結果、髪の毛ってちょうどいいじゃん、とわかったんです。振動を知覚できるし、肌に直接つけるわけじゃないので蒸れや感覚のまひも起こしにくいという利点があります。両手が空くので手話や日常の動作の邪魔になることもありません。

人間の髪ってただ生えてるだけじゃなく、新しいインターフェースとして使えるんじゃないか――これが発想の原点です。

まだ基板がむき出しで、電源も個別に必要だったOntennaの開発初期段階のプロトタイプ。ユーザーインターフェイスやデザイン、性能はここから飛躍的な進化を遂げた。

続いて、Ontennaに備わる振動の効果をお話しします。例えば、ろう者の方が掃除機をかけていて、コンセントが抜けてしまったとき、気がつかないことがあります。だけどOntennaをつけていれば、振動がなくなるわけですからすぐに気がつきます。音の個性に応じた振動パターンを伝えるので、玄関チャイムの音と電話の着信音とを区別することもできます。

それと、ろう者の方にとって実はけっこう大きな問題なのが、耳が聞こえないとリズム感がとれないということです。例えば物を入れる、箱に詰める、閉める、みたいなことを繰り返す作業があったとして、リズム感があれば何回かやるうちに速くなるじゃないですか。でも、まったく聞こえない人はリズムでコツをつかむことができないから、何回やっても速くならないというケースがあるんです。

落合 俺、キーボード打つのとかコントローラー操作とかはリズム感でやってるから、その感覚はすごくわかる。

Ontennaをつけると積極的に声を出し始めた

本多 Ontennaをつけていると、音がリアルタイムで振動になるので、リズム感をつかむ手助けにもなります。

次に、光による効果について説明します。Ontennaには、音に合わせて光ることによって、周りにいるユーザーともその音をシェアできるという特徴があります。

面白かったのは、ろう者の方ってふだん手話を使うので声をあまり出さないんですが、このOntennaをつけると積極的に声を出し始めたんです。相手のOntennaが光るので、ちゃんと自分の声が届いているのがわかる。それで声を出したくなるみたいなんです。その様子を見た時、将来Ontennaがあることによって新しいコミュニケーションにつながるんじゃないかと感じました。

さて、研究開発を続けるうちに、Ontennaを製品化して多くの人に届けたいという思いが強まります。それで2016年の1月に富士通に入社し、Ontennaプロジェクトをスタートさせました。

キャッチコピーは「あ、音がいた」。これは実際に聾者のコピーライターさんにOntennaをつけてもらった時にいただいた感想で、すごく素敵なコピーだなと思ってプロモーションに使ってます。映画、舞台、ダンス、スポーツなど、さまざまなジャンルとのコラボも行なっています。

一日でも早く、世界中のろう者の方々にこのOntennaを届けられるように、これからも頑張っていきたいと思います。

落合 ありがとうございました! では後半の対談パートです。

俺、きっとOntennaは周波数領域を拾うようにするともっと良くなると思ってるんだけど、なんで音圧を表現するようにしたんだろう。

本多 弁別閾の問題にもなるのかな。最初に使ってたアクチュエータは周波数、音の高低も表現できたんですが、髪の毛だと振動が全然わからないという問題がありまして。

より弁別閾の高い指先とか唇とかにつければ、細かい振動もわかると思います。ただ、聴覚のレンジと皮膚感覚のレンジってまったく違うので、皮膚で音の高低を識別するまではなかなか難しいんですよね。

ポイントはアクセサリー感覚で音を楽しめる気軽さ

落合 これからも髪の毛で続けるの? リズムとるだけならさ、体に電気流して、ふくらはぎでトゥクトゥクって感じるとかできそうじゃない?

本多 なるほど(笑)。でも、電気を流すのってちょっとハードル高いじゃないですか。髪が短い人用に、耳たぶにつけるタイプも作ってますが、ポイントはアクセサリー感覚で音を楽しめる気軽さです。特にこれから販売開始に向けて、例えば映画館で簡易の4DX体験ができるとか、健聴者にもエンターテイメントとして楽しめるようなプロダクトにしたいと考えているので、アクセサリー感は大事です。

落合 なるほどね。従来の補聴器って実はそんなにダサくない形なのに、目立たないように肌色にして、かえってダサくなってるよね。Ontennaは逆に、隠すんじゃなくて見せてる。

本多 「日本的なデザインだ」ってけっこう言われるんですよ。外国に持っていくと「エヴァじゃん!」って。『エヴァンゲリオン』は観たことなかったんですけど。

落合 エヴァ観ないであれ作ったんだ! それは逆にすごい!(笑)

本多 ヨーロッパのデザインの常識だと「あんなもの髪につけて、しかもピカピカ光るなんて信じられない」みたいな感じらしいです。でも「日本の風土が生み出したんだなあ」って、コンテストとかの審査員に気に入ってもらえたりしますね。…ところで、いつもこんな感じでラフにお話する授業なんですか?

落合 はい。まあ僕のテンションはいつもと違うと思うけど。本多君はあと4年間「同僚」という立ち位置だからさ。

本多 そうですね(笑)。今日はもちろんその話をすると思って来たので、皆さんにCRESTの紹介を。

◆後編⇒落合陽一×本多達也「ひとりひとりの個性に合わせた“多様性のあるAI”の未来形」

■「#コンテンツ応用論2017」とは?本連載は筑波大学の1・2年生向け超人気講義「コンテンツ応用論」を再構成してお送りします。“現代の魔法使い”こと落合陽一学長補佐が毎回、コンテンツ産業に携わる多様なクリエイターをゲストに招いて白熱トーク。学生は「#コンテンツ応用論2017」つきで感想を30 回ツイートすれば出席点がもらえるシステムで、授業の日にはツイッター全体のトレンド入りするほどの盛り上がりです。

落合陽一(おちあい・よういち)1987年生まれ。筑波大学学長補佐、准教授。筑波大学でメディア芸術を学び、東京大学大学院で学際情報学の博士号取得(同学府初の早期修了者)。人間とコンピューターが自然に共存する未来観を提示し、筑波大学内に「デジタルネイチャー推進戦略研究基盤」を設立。1月31日に新刊『日本再興戦略』(NewsPicks Book、幻冬舎刊)が発売予定。

本多達也(ほんだ・たつや)UIデザイナー。1990年生まれ、香川県出身。公立はこだて未来大学在学中から人間の身体や感覚の拡張をテーマに、ろう者と協働して新しい音知覚装置の研究を行なう。第21回AMD Award新人賞、2016年度グッドデザイン特別賞、Forbes 30 Under 30 Asia 2017、Design Intelligence Award 2017 Excellcence賞など受賞・表彰多数。現在は富士通マーケティング戦略本部でOntennaの開発に取り組んでいる。

(構成/前川仁之 撮影/五十嵐和博 協力/小峯隆生)