筑波大学で講義をする落合陽一(右)と本多達也(左)

音は耳で聴くもの、という常識を覆し、髪の毛で音を感じるためのデバイス「Ontenna(オンテナ)」を開発したUI(ユーザーインターフェイス)デザイナーの本多達也は現在27歳。富士通でOntennaプロジェクトのリーダーを務め、「グッドデザイン特別賞[未来づくり]」をはじめとする数多くの賞を射止めるなど、このデバイスのさらなるバージョンアップと認知向上に励んでいる。

そして本多と落合陽一は、ほか2名の研究者と共にJST(科学技術振興機構)のCREST(戦略的創造研究推進事業)を進める同僚だ。落合が率いるこのCRESTチームにおいて、本多は自分の役割を「インタープリター(通訳)」と考えているという。専門性むき出しのメンバーと一般の人々とをつなぐ役、ということだ。

前編記事に続き、そもそも、なぜ本多は音を感じるデバイスの研究に向かったのか。そのきっかけとなるふたつの出会いのエピソードからも、彼の人好きのするソフトな物腰がうかがい知れる。

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本多 CRESTというのはJST(科学技術振興機構)が行なっている事業で、審査に通った研究チームは5年間、JSTの全面支援を受けて研究できる、というものです。

私たちは「計算機によって多様性を実現する社会に向けた超AI基盤に基づく空間視聴触覚技術の社会実装」というむちゃくちゃ長いタイトルで採択され、昨年後半にスタートを切りました。落合さんと、ソニーコンピュータサイエンス研究所の遠藤謙さん、大阪大学の菅野裕介さん、あと私の4人でやっています。

落合 メンバーの組み合わせがいいんですよ。僕がディスプレイ、コンピュータービジョン、ウェアラブル…と、コンピュータの最適化と知能化をテーマに、文化的に広く浅くなんでもやってるラボで、菅野さんはコンピュータービジョン、特に視線はかなりずっとやってる。遠藤さんは足(義足)だけやってて、本多さんが聴覚と。バラバラな人をバラバラに集めたのがめちゃ面白くて、よかったと思う。

本多 バランスいいですよね。だけどこれ、よく通りましたね?

落合 平均採択年齢53歳とかだからね、CRESTは。面接に行ったとき、僕は29歳だったけど。

本多 そう、CRESTって大学の大御所の先生とかがやるものなんですよ。私たちは最年少で通りました。落合さんとふたりで面接行ったんですよね。

落合 全員40歳以下って言ったら、むしろ反応よかったね。

本多 面接の途中でちょっと、雲行きが怪しくなったじゃないですか。「で、結局あなたたちは何をするんですか?」って言われた時に、落合さんが「レシピをつくります」って。

落合 ああそうだ。「Hackableにします!」って言ったんだよね。

本多 そしたら「おー!」って好感触で。

プロジェクトのポイントは「多様性を持ったAI」

昨年6月公開の水谷豊監督映画作品『TAP THE LAST SHOW』では、「Ontennaでタップダンスの音を感じる」という実証実験を実施。

落合 Hackableっていうのがキーワードなんですよ。Hackableじゃないハードウェアって“お客さん的”じゃないですか。iPhoneが壊れたら直せないとか。

だけどOntennaってシンプルだから、わりとHackableでしょ? 用途が限定されてないし、そこがすごくよくて。そういうものを作らないと多様性に対応できないよね。

本多 ハックできるものを作っていきます。だけど、Hackableなものってまねされやすいじゃないですか。それについてどう思います?

落合 まねされていいんじゃない? どんどんまねしてくれればいいと思うんですよ。フォロワーを作るってそういうことだからね。

だいたい、この世界はあまりにも標準的しまくるからね。スマホだったらiPhoneとandroidの2種類しかない。世の中には男の人と女の人しかいませんっていうようなものでしょ。そういう条件だったら、LGBTQの人たちはどうなんのっていう話。

本多 ほんとそうですよね。だから僕たちのプロジェクトのポイントは「多様性を持ったAI」。

落合 そうそう。AIってさ、Googleとかのプラットフォーマーに任せておくと末端部を作ってくれないんだよね。彼らが作りたいAIの世界は、全員が「五体満足」で、全員スマートフォンが使えて、耳も目も使える人の集まりがどうやってコミュニケーションするか、っていう世界だから。

そうじゃなくて、一個一個別々な能力をもったデバイスと、ひとりひとり別々な能力や個性を持った人間をカップリングして、さらにそれがどう機械学習とつながるのか。そこがすごく重要な課題です。一般的には、AIは基本的に多様性がないから、例えば身体機能を考えると、個人個人に対応できないって話をずっとしてますよね。

本多 だから「足がない人」の場合なら、足のどこまでがあって、どこからがないのかに合わせてひとりひとりの人間が機械をチューニングしないといけないし、「耳が聞こえない人」の場合だと、その聞こえない度合いに合わせて一個一個人間がチューニングしてるんですよね。それを、多様性を持ったAIを作って解決しよう、というプロジェクトになります。

ちなみにウェブページは私が担当したんですが、一番のポイントは落合さんの写真。白いシャツを着てもらってます(笑)。“白落合”が見られるのでぜひウェブページにも遊びに来てください。

落合 ちょっと前に、CRESTの4人のチームで大阪でパネルディスカッションやってきたでしょ。あの場で僕らが話してて、来場者の中に泣き出す人とかもいて。

本多 そうそう、熱いお母さんが。エモさで泣いてるんですよ。落合さんに言いくるめられたとかじゃなく(笑)。

落合 その次に出てきてくれた、障害者施設で働く人も泣いてたしなあ。

本多 まさにエモさ引き立つ…。

落合 引き立ってたね(笑)。

本多 それが、僕らがやろうとしてることですね。どうなってるんだろうなあ、4年後。その前に、東京オリンピック後の日本をまだ想像できない。

落合 こないだ自民党の小泉進次郎さんと話してたら、「オリンピックなんて2週間しかないんですよ? その間に何か変わると思います? なんにも変わりませんよ!」って言ってた。

Ontennaは健聴者も使えるようなエンターテイメントとして展開したい

本多 イベント的に、そこに向けて盛り上がっていくための目標を作ってくれたのは嬉しいですけどね。オリンピックの開催期間にどうこうじゃなくて、そこまでに変わり続けていくんでしょう。

落合 そう、変わり続けているっていうのが大事。僕がポジティブに感じるのは、その頃にはこの世界が“プラットフォーマーだけの世界”じゃなくなっていそうな気がするんだよね。GoogleとかMicrosoftが画一的なものを出荷し続けた時代から、ある程度多様なものでも普通に「ユーザビリティ高いじゃん」ぐらいの世界になっていると思ってます。    

Ontennaは数年以内に発売開始の予定だよね。耳が聞こえない人って日本に何万人いるんだっけ?

本多 ろう者と言われる、主に手話を使って生活する聴覚障害者の人数は約8万人です。

落合 ユーザーが8万人しかいないと、お金になるかどうかが問題だね。

昨年11月11日、東京・渋谷駅前でOntenna体験イベントを開催。プロタップダンサーHIDEBOHのパフォーマンスを、ろう者のみならず健聴者もOntennaを装着して鑑賞した。

本多 そうそう、そうなんですよ。今まさに、どういう風に販売していくのか考えていて。僕ら健聴者も使えるものにするっていうのがポイントですね。結局、限られた人だけのものを作るってなると例えば助成金に頼るとか、一個がすごく高くなって、結局今の補聴器みたいになっちゃうっていうのがありますね。

※質疑応答のコーナーになり、ひとりの学生が手を挙げた。彼は難聴で、講義を聞くために、「聴きたい音の近くに集音器を置いておくと、耳に当てた受信機に届く」というデバイスを使っていた。普通の補聴器より、周囲がざわついている時に特定の人の話を聴く際などに便利なのだという。彼の質問はこうだ。

「これは1セットで15万円くらいします。僕は学校からレンタルしているんですが、なんでそんなに高くなるんですか?」

落合 これ、たぶん原価は3000円とかそのくらいだと思う。

本多 だからね、人件費なんですよ。そういう個数が出ない機械は、単価を上げて提供するしかなくて。

Ontennaはそっちの方向には持っていきたくないです。健聴者も使えるようなエンターテイメントとして展開できればなって。先ほども言いましたけど、例えば簡易の4DX体験として聴覚障害者も健聴者も楽しめるとか、そういったプロダクトにしたいと思ってます。

安くしないと意味がない…

落合 あるいは、いっそ回路図とかをタダでバラまくという手もあるよね。それがHackableな社会。

本多 そうなんですよね。Ontennaもいっそ、オープンハード&オープンソースにするという考え方もあります。

ただ、オープンにしていろんなところで作られるようになった結果、例えばものすごく品質の悪い「爆発Ontenna」みたいなものができて人の頭が吹っ飛ぶとか、そういうことには絶対にならないでほしい。そういう意味で、やはりメーカーの存在は大事だと思うんですよ。

落合 品証(品質保証)だね。あとはやっぱり、それなりにペイしないと開発者の努力を殺しかねないな。

例えば一セット15万円の集音器だって、原価と売値を比べると悪どい商売みたいに思えるかもしれないけど、開発者はすごくポジティブだと思うんですよ。努力して便利なものを作って世に出してるんだから。だけど、15万円で売らないとペイしないんだよ。それをハッカブルにして潰しちゃったら、第二、第三の作り手が出てこなくなっちゃう。15万円のものを3000円で出されたら、ちょっと嫌だよね。嫌というか、たぶん潰れる。

本多 そうですね。服とか食料品とかもみんなそう。

落合 だから、めちゃくちゃ安くすることはそれはそれで難しい問題をはらむ。でも、安くしないと意味がない。この葛藤は、Hackableにしてしまっていいのかという問いに直結するよね。

本多 なんかね、結局はお金に換算するからそういう考え方になると思うんです。

落合 ホント、そう!

本多 例えば15万円の価値あるものを作ったら、素敵な花が贈られてくるとか、アジアのどこかに名前入りで記念植樹されるとか(笑)。

落合 そういうエコサイクルにするのもありなんだろうなあ。これもあと4年以内に結論が出るでしょう。仮想通貨とかいろいろなビジネスの立て方も出てくるだろうし、信用や共感の形もたくさんあるからね。そういうことを含めて考えていく上でCRESTは面白いし、そのテクニカルな議論が重要だと思うんだよね。

■「#コンテンツ応用論2017」とは?本連載は筑波大学の1・2年生向け超人気講義「コンテンツ応用論」を再構成してお送りします。“現代の魔法使い”こと落合陽一学長補佐が毎回、コンテンツ産業に携わる多様なクリエイターをゲストに招いて白熱トーク。学生は「#コンテンツ応用論2017」つきで感想を30 回ツイートすれば出席点がもらえるシステムで、授業の日にはツイッター全体のトレンド入りするほどの盛り上がりです。

落合陽一(おちあい・よういち)1987年生まれ。筑波大学学長補佐、准教授。筑波大学でメディア芸術を学び、東京大学大学院で学際情報学の博士号取得(同学府初の早期修了者)。人間とコンピューターが自然に共存する未来観を提示し、筑波大学内に「デジタルネイチャー推進戦略研究基盤」を設立。1月31日に新刊『日本再興戦略』(NewsPicks Book、幻冬舎刊)が発売予定。

本多達也(ほんだ・たつや)UIデザイナー。1990年生まれ、香川県出身。公立はこだて未来大学在学中から人間の身体や感覚の拡張をテーマに、ろう者と協働して新しい音知覚装置の研究を行なう。第21回AMD Award新人賞、2016年度グッドデザイン特別賞、Forbes 30 Under 30 Asia 2017、Design Intelligence Award 2017 Excellcence賞など受賞・表彰多数。現在は富士通マーケティング戦略本部でOntennaの開発に取り組んでいる。

(構成/前川仁之 撮影/五十嵐和博 協力/小峯隆生)