紛争史研究家の山崎雅弘氏(右)と、自衛隊問題に詳しいジャーナリストの布施祐仁氏(左)

アメリカによる北朝鮮への圧力が強まる中、「北朝鮮の脅威」だけが叫ばれ、その具体的な内容について国民に伝えようとしない日本政府。いざ、「米朝戦争」が始まれば、一体どこが「負ける」のか? 

対談前編に続き、現実を直視しない人々に戦史・紛争史研究家の山崎雅弘氏と自衛隊問題に詳しいジャーナリストの布施祐仁氏が警鐘を鳴らす、対談の様子をお届けする。

※この対談は、2017年12月5日、神楽坂モノガタリにて行われました。

布施 今の日本政府は日米同盟を絶対視し、同盟強化が日本を守る唯一の道だと考えています。しかし、日米同盟にはアメリカの戦争に日本が巻き込まれるというリスクもあります。特に、私が以前より懸念しているのは「日米地位協定」です。世界中に米軍基地を置いているアメリカは100ヵ国以上と地位協定を結んでいますが、それらと比較しても日米地位協定の異常さは際立っています。

何が異常かというと、日本国内における米軍の活動に日本の主権がほとんど及ばないのです。だから、米軍機が事故を起こした時に、日本政府が原因究明されるまでは飛行しないでくれと求めても、米軍は無視して飛行できるのです。

アメリカが北朝鮮と戦争をする場合、在日米軍基地を出撃拠点や兵站拠点として全面的に使います。そうなれば当然、北朝鮮は日本を攻撃目標とするので、日本が米朝の戦争に巻き込まれることになります。こういう時に、在日米軍に対して日本側の主権が及ばない関係というのは非常に危険です。北朝鮮との戦争に日本の基地を使わせないということができないわけですから。主権国家として深刻な問題だと思います。

山崎 2003年のイラク戦争は、国連安保理の決議がない状況で、アメリカ、イギリス、オーストラリア等の有志連合が独自の判断で始めた戦争でした。トルコはアメリカの同盟国のひとつなので、アメリカは最初、トルコの基地からイラク領に攻め込む計画を立てていたんです。しかし、トルコが土壇場になって、うちの基地は使わないでくれと言って、基地使用を拒絶しました。少数民族のクルド人がトルコの南東部とイラクの北東部にまたがって暮らしているなど、様々な政治状況、経済状況を勘案してのトルコの判断です。

また、吉田健正氏の著書『カナダはなぜイラク戦争に参戦しなかったのか』には、カナダがアメリカの北に隣接する、文化的にも経済的にも軍事的にも繋がりの深い同盟国であるにも関わらず、国連安全保障理事会の決議なしにはイラク攻撃に参加しなかったことや、カナダ国防法に基づき、派兵を見送った経緯と背景が詳細に書かれています。

布施 同盟というのは、100%一体化することではありません。独立した主権国家どうしの関係ですから、異なった選択をするケースがあるのは当然の前提です。トルコにしろカナダにしろ、イラク戦争に協力しなかったことでアメリカとの同盟関係が崩れたかというと、全くそういうことはありません。当時の日本政府は、ここでアメリカに協力しないと何かあった時に守ってもらえなくなるという理由でイラクに自衛隊を派遣しました。100%一体化しないと、いざという時に見捨てられるのではないかと怯えているのです。

では、このようにアメリカに追随していけば、事が起こった時にアメリカが本当に守ってくれるのかといえば、それは主観的な思い込みでしかありません。同盟はあくまで自国の安全や利益を守るためのひとつの手段に過ぎません。ところが日本では、手段と目的がひっくり返って、日米同盟を維持・強化すること自体が目的化しています。

一面トップに載ってもおかしくない重要な事実

山崎 我々、国民の側も、国民を守る交渉をしっかりしてくれ、と政府に訴えかけていかなければなりませんが、地位協定その他について、国民の理解が広まっていないという問題もありますね。12月5日の東京新聞に〈朝鮮有事の際の被害想定、なぜ日本は公表しない?〉という記事が出ました。北朝鮮とアメリカの戦争が始まった時に、日本でどれだけの人的被害が出るかというシミュレーションを防衛省が行なっていることを同省の報道担当者が認めたんです。

これは新聞各紙の一面トップに載ってもおかしくない重要な事実です。布施さんの談話も掲載されていますが、「首相自らが『国難』と指摘し、核攻撃の可能性もある中、そのリスクを国民に伝えないのは説明責任を果たしていないことになる」と仰っていますね。

布施 アメリカが北朝鮮に武力行使した場合、北朝鮮はアメリカ本土ではなく韓国や日本に反撃するでしょう。そうなった時にどれくらいの被害が生じるかは日本国民にとって最も重要な情報なはずです。日本政府はこのことについて全く説明せずに、ただ武力行使も含むアメリカの選択を100%支持すると言っているのです。

ミサイルが飛んできた場合の避難訓練も全国各地で行なっていますが、被害想定も示さずに避難訓練だけやらせるのはあまりに無責任です。

山崎 ミサイル避難訓練に関しては、大きな欺瞞(ぎまん)がふたつあると思います。ひとつはミサイルが着弾した場合、一定の半径内の人は間違いなく即死する。今、行なわれているミサイル訓練は、その範囲の外側にたまたまいた場合という、ごく限られた状況の対処法でしかない。そういう説明をせず、サイレンが鳴ったら、しゃがんで頭を隠せば大丈夫などというのは国民に対して非常に不誠実ですし、騙(だま)しているのと一緒だと思うんですね。

布施 ミサイル防衛について、万全な準備ができているという説明がなされますが、実際は100%確実に撃ち落とせるわけではない。必ず、「撃ち漏らし」があり得る。

山崎 その万全の態勢というのが、2番目の欺瞞です。ミサイルを撃ち落とせるかといったら、現実的にはほとんど無理ですよ。PAC3も市ヶ谷駐屯地など、ごく限られた場所にしかないし、数も限られている。

布施 PAC3は全国17ヵ所にしか配備されていません。配備場所はいずれも米軍基地など重要施設の近くです。しかも、射程は20㎞程度ですから、そもそも国民を守るためのシステムではありません。

山崎 原発に対する攻撃への危険性についても、政府からは全く説明されていない。米軍基地をミサイルで攻撃すれば、迎撃の可能性もあるし、報復も考えられる。しかし日本の原発にミサイルを直接撃ち込むか、冷却装置を破壊して制御不能の状態にすれば、当然、放射能汚染が起こり、アメリカ軍の軍人と家族が自発的に撤退する可能性がある。つまり、直接、米軍を攻撃せずに在日米軍基地を全て無力化することができるんです。

アメリカ依存の「主権なき平和」は非常に脆い

布施 実際に、3・11の原発事故の時は横須賀から空母が出て行きましたからね。

山崎 原子炉格納容器はミサイルに耐えられると言っていますが、福島原発は冷却装置が稼働しなくなった結果として内側から爆発したわけですから、外部電源を破壊されれば大変なことになります。

日本は、戦争を絶対に回避しないといけないんです。原発のこともあるし、食糧や燃料などあらゆるものを輸入に頼って生活しているわけですから。海上の貿易ルートが断たれたら、国民の生活はまず成り立たない。そういう発想がなく、アメリカ側に味方すれば勝てるといった楽観が非常に不安です。

しかもアメリカにとっては、アメリカ本土が無事な状態で北朝鮮のミサイルと核兵器を除去できれば成功なんです。その過程で日本や韓国が焦土になったとしても、アメリカの痛手にはならない。安倍首相は繰り返し、日米同盟をさらに高いレベルに上げると言っていますが、そもそもアメリカと日本にとっての勝利条件が異なるわけです。その立ち位置の違いを国民も理解しないといけない。首相が日本とアメリカが同じ立場であるかのように思い込ませているのは欺瞞ですし、本当に危険なことだと思います。

布施 かつて「国体」を絶対化し、日本は「神の国」だから負けるはずがないと都合のいい思い込みで戦争に突き進んでいったのと同じように、今はアメリカに追随していけば負けるはずがないと思い込んでいる。まるで占領時代そのままのような主権を放棄した地位協定が続いているのも、アメリカに守ってもらって平和だったらそれでいいかという意識があると思います。

でも、アメリカ依存の「主権なき平和」は非常に脆(もろ)い。今の北朝鮮をめぐる情勢が示しているように、容易に「主権なき戦争」に向かう恐れがあります。北朝鮮の脅威が盛んに強調されていますが、北朝鮮の核武装の目的はアメリカからの攻撃を抑止するためです。安全保障の世界では、脅威の大きさは「能力」と「意図」の掛け算で決まるといわれています。北朝鮮には日本を核攻撃する能力はあっても意図はありません。

あるとすれば、アメリカの攻撃に対する反撃です。だから、そういう事態にならないようにすることが日本にとっては一番大事です。もちろん、北朝鮮の核保有を容認するということではなく、少なくとも戦争だけは絶対に回避しなくてはならないということです。

山崎 重要なポイントですよね。北朝鮮の脅威とかミサイル発射という風にメディアは報じているのですが、僕は東アジア危機とか米朝対立とか、別の言い方が正しいと思います。つまり、問題になっているのはアメリカと北朝鮮の二国間関係なんです。北朝鮮はアメリカの軍事力によって金体制が崩壊させられるのを恐れているから、攻撃手段を見せつけているだけで、日本への攻撃準備ではないと思うんですよね。

一方で、自衛隊が実際に戦争で派兵されることになった時にどんな問題が起きるのか、ドイツの場合と比べて考えてみます。ドイツでは、基本法(憲法に相当)と軍人法(自衛隊法に相当)があって、命令服従義務の例外事項というものがあります。2005年に、ある裁判で下された判例に「自身および第三者の人間の尊厳を侵害する命令」「諸国民の平和的共存を阻害し、侵略戦争を準備することに加担する命令」などを含む7項目がありました。つまり、上官からの命令は絶対ではないということです。

ドイツは第二次世界大戦でドイツ国防軍や親衛隊が行なったことに対する強い反省から、この例外事項を作りました。では自衛隊にそういうものがあるかというと、全くないんです。

生身の自衛官の置かれた状況は後回しに…

布施 戦後作られた自衛隊は戦前の「軍隊」とは全くの別組織だとされました。ですから、ドイツのように戦前の軍隊への反省を戦後の軍隊に制度的に組み入れるということはほとんどやっていませんよね。そもそも、専守防衛が大前提となってきましたので「侵略戦争を準備することに加担する命令」が出ることなど全くの想定外でした。

山崎 もうひとつ懸念しているのは、旧軍の精神文化を継承しているのではないか、ということです。広島県の江田島に海上自衛隊の幹部候補生学校があり、日本海軍に関する博物館が併設されています。そこを訪れた時、海上自衛隊の若い広報官が宇垣纏(まとめ)という旧日本海軍幹部の話をしていました。宇垣は「ポツダム宣言(降伏)受諾」の玉音放送の後にも関わらず、部下を連れて特攻に出撃して全員が死んだのですが、その事実を美談のように語っていたので大変驚きました。

布施 近年、特にその流れは強まっていると感じています。背景には、海外派遣の拡大に伴う自衛官のリスクの増大があります。海外の紛争地で活動する機会が増え、隊員に「いつでも死ぬ覚悟」を要求するようになっているのです。陸上自衛隊の幹部学校も、実戦経験のない幹部自衛官が「軍人としての死生観」を学ぶために、かつて特攻隊基地のあった鹿児島県知覧への研修を行なうようになりました。

それまでの自衛隊では、死生観教育は行なわれていませんでした。専守防衛の下では現実的に必要なかったのだと思います。防衛大学校でも、旧軍のように個人主義を一切排除して「国体」のためいつでも殉じる覚悟をせよというのではなく、「自衛官である以前に社会人であれ」という教育を行なってきました。

今はまだそういう教育を受けてきた自衛官が多数ですので、海外の戦場で死ぬ覚悟を求めても矛盾は大きいと思います。先日会った元海上自衛隊3佐(旧軍の階級では少佐)の方も、実際の戦場で撃てるかというと、おそらく撃てない自衛官が多数だろうと話していました。

山崎 法律だけが先に進んで、生身の自衛官の置かれた状況は後回しになっていますよね。

布施 本当に自衛官が戦死するような事態になる前にこの流れを止めないと、戦後積み重ねてきた平和主義が簡単になくなってしまいます。

(取材/角南範子)

山崎雅弘(やまざきまさひろ)

1967年、大阪府生まれ。戦史・紛争史研究家。『日本会議 戦前回帰への情念』(集英社新書)、『戦前回帰 「大日本病」の再発』(学研プラス)、『5つの戦争から読みとく日本近現代史―日本人として知っておきたい100年の歩み』(ダイヤモンド社)など、著書多数。

 

布施祐仁(ふせゆうじん)1976年、東京都生まれ。ジャーナリスト。『ルポ イチエフ ~福島第一原発レベル7の現場』(岩波書店)にて平和・協同ジャーナリスト基金賞、JCJ賞を受賞。著書に『経済的徴兵制』(集英社新書)、『主権なき平和国家 地位協定の国際比較からみる日本の姿』(集英社クリエイティブ)など多数。