辺野古で移設工事が進む中で行なわれた名護市長選。移設反対を訴え続けてきた稲嶺氏が敗戦したワケは…?

沖縄県名護市長選は、政府・与党の推す前市議の渡具知(とぐち)武豊氏(56)が、3400票あまりの差をつけて3期連続当選を狙う稲嶺進氏(72)を破った。ほぼ無名といってもいい新人候補が、辺野古移設に反対する現職市長に勝てた背景には何があったのか。現地からレポートする。

「接戦とは聞いていたが、まさか負けるとは…」

渡具知氏の当選が確実になった2月4日午後11時頃、稲嶺氏の選対事務所にいた支援者のひとりはこう話すと肩を落とした。

同日に行なわれた名護市長選は、政府与党の推す新人の渡具知氏(自民、公明、維新が推薦)と、3選を狙う稲嶺氏(民進、共産、自由、社民などが推薦、立民が支持)の一騎打ち。渡具知氏は米軍普天間基地(宜野湾市)を名護市内にある辺野古へ移設することの是非を明らかにしないままだったものの、工事を進める現政権の後ろ盾があることから推進派と見られ、移設反対を唱え続ける稲嶺氏、その後ろにいる翁長雄志(おなが・たけし)沖縄県知事と真っ向対決する「政府と知事の代理戦争」とも呼ばれていた。

そんな中、選挙戦が始まる前から動いたのは自民だった。地元紙の記者が説明する。

「昨年12月には菅義偉官房長官、1月には二階俊博幹事長が沖縄入りして辺野古地区の代表者らと面談。菅官房長官は辺野古移設と引き換えに、国が直接支給する特別補助金を活用するなど、沖縄の経済振興を約束しました。また投票日が近づくと、好感度の高い小泉進次郎・筆頭副幹事長を2度、それに小渕優子元経産大臣も投入、応援演説を行ない、票を集める戦術を取ったのです」

しかも、渡具知陣営は基地移設のことに一切触れない戦法に出た。

「移設問題に関しては『国と裁判を注視する』と述べただけで、それ以上の言及をしていません。稲嶺氏との公開討論会も一切行なわず、基地のことはともかく、市民の経済や生活をよくしようとのスタンスで選挙運動を展開しました」(同)

この争点隠しは小泉進次郎氏の街頭演説でも徹底されていた。投票日が迫る1月31日には、大勢の聴衆を前に話題を“ゴミの分別”と“名護市名物”に絞ってこう演説したのだ。

「名護市のゴミ分別は16種類と多くて市民の皆さんは大変。それにソーキそば発祥の地の名護には、いろいろと名物がある。こんなにネタがあるのに市長選が政府と知事の代理戦争と言われるのは違う。市民の暮らしのための政策論争をしましょう」

こうした自民の戦略は稲嶺氏陣営にかなり不気味に映ったようで、支援者のひとりは「具体的な政策を出さず、何をしてくるかわからない怖さを感じた」と話した。

公明党がレンタカー100台で学会票固め

基地移設反対を訴える稲嶺氏を応援する有権者

一方、稲嶺氏は今回の選挙でも「子供たちの未来のためにも辺野古に基地を作らせない」と一貫して訴え続けた。

投開票日の3日前、名護市を貫く国道58号線沿いには「未来へ進む」と書かれたのぼり旗を持った大勢の支援者たちが並んだが、本州からの応援も目立ち、「神戸から来た」という全日本民主医療機関連合会(民医連)の職員は「基地問題は沖縄だけでなく日本全体の問題。米軍基地をこれ以上増やさないためにも稲嶺氏に勝ってもらいたい」と声を強めた。

普段は工事が進む辺野古周辺で抗議行動を起こす人たちも選挙期間中は稲嶺氏の応援に駆け付け、応援の迫力では渡具知氏をはるかに上回っていた。

翁長知事とオール沖縄からの支援を受け、傍目に見れば稲嶺氏3選かと思われるような雰囲気を吹き飛ばしたのは1月下旬に地元紙2紙と共同通信が合同で実施した世論調査。選挙戦は渡具知氏が猛追する「接戦」と伝えられたのだ。現地で取材を続けるベテランジャーナリストが解説する。

「接戦はある程度予想はしていましたが、それが現実になりました。そうなった大きな理由は、前回は自主投票だった公明党が渡具知氏支援を決め、創価学会会員からの組織票を取り込めたことです。学会員をまとめるために九州の公明党系の地方議員が沖縄に総動員し、レンタカー100台を借りたという話も伝わってきています」

それを裏付けるのが期日前投票の多さだ。今回、有権者の4割を超える2万1660人の期日前投票があり、公明党関係者が平日に連れだって投票所を訪れ、渡具知氏に票を投じたとみられる。さらに移設工事がすでに始まっていることから、増え続ける工事関係者も渡具知氏に票を入れたのでは?と推測される。

こうした話はすぐに伝わり、4日昼間の時点で稲嶺陣営から「期日前投票の段階で渡具知氏が3000票リードした。このままでは当選は厳しい」と焦りの声が出ていたというが、一般市民の間にも基地問題疲れが出ていたというのは別の地元紙記者だ。

「基地問題に反対する自治体は国から露骨に交付金を削られる。しかもこれだけ稲嶺市長、翁長知事が反対しても工事は進み、『どうせ基地はできてしまう』との雰囲気になってしまった。自民はその諦めムードを利用し、『辺野古に基地ができれば地元経済も潤(うるお)う』として票を取り込んでいったのです」

この選挙結果を受け、自民には安心感が広がる。安倍首相が「現職市長を破るのは難しいと思っていたが良かった」と胸をなで下ろすと、塩谷選挙対策委員長は「基地問題への対応が受け入れられた。移設は今までの計画通り進められていくと思う」と語った。このまま11月の沖縄知事選も勝ち取る勢いだ。

だが、今回の市長選は稲嶺氏が「残念ながら辺野古が争点とならなかった」と言うように自民の徹底した争点ずらしが功を奏した面もある。そう考えると、沖縄の基地問題に名護市民や沖縄県民が決着を付けたとは到底思えない。今後の政府の対応次第では、また逆風が吹き始めることも十分に考えられそうだ。

(取材・文・撮影/桐島瞬)