「日本に安保理決議を履行する体制がないことに自民党の政治家も気づいていない」と語る古川勝久氏

国際社会の反対を押し切り、北朝鮮が世界9番目の「核保有国」として名乗りを上げたのは昨年11月のこと。

だが、そこで大きな疑問が湧いてくる。国連制裁によってヒト、モノ、金、技術の移転が厳しく制限されているにもかかわらず、なぜ北朝鮮はアメリカ全土を射程に収めるほどレベルの高いICBM(大陸間弾道ミサイル)を開発できたのだろうか?

その陰でうごめく、北朝鮮非合法ネットワークの捜査・監視に携わった体験をもとに、『北朝鮮 核の資金源 「国連捜査」秘録』(新潮社)を上梓(じょうし)した、国連安保理北朝鮮制裁委員会専門家パネル元委員の古川勝久氏を直撃した!

■北朝鮮の制裁逃れにふたつの典型パターン

―「専門家パネル」とはどんな組織なのでしょう?

古川 2006年以降、北朝鮮による核実験やICBMの発射が相次ぎ、国連安保理で北朝鮮への制裁が決議されました。決議は採択の瞬間から法的拘束力を持ちますが、しょせんはペーパー上の文言にすぎません。そこで決議の履行状況を監視、捜査する独立機関として、北朝鮮制裁委員会下に専門家パネルが設立されたのです。メンバーは安保理常任理事国(中仏ロ英米)、日本、韓国、そして南半球の国から1名ずつの計8人。私は日本人枠として採用され、11年10月から16年4月までの4年半、委員を務めました。

―委員の捜査権限とは?

古川 国連加盟国は専門家パネルの捜査に協力することが義務づけられています。パネルには制裁破りが明らかになった国、企業、個人などを安保理に報告し、悪質な場合は制裁対象として勧告する権限が与えられています。

ただ、実際には北朝鮮に近い中国やロシアが報告書への記載に抵抗することが多く、専門家パネルの活動が骨抜きにされることもしばしばでした。また、中ロの専門家パネルの委員の中には捜査などせずに仕事をサボタージュしたり、時にはほかの委員の活動を妨害するような人もいました。

国連は公正中立な「スーパー国際機関」という印象を持っている方もいると思いますが、その実態は各国が国益を争う場。専門家パネルにも、捜査情報を収集するスパイとして送り込まれたとしか思えない委員がいました。

―とはいえ、この1、2年は中ロも北朝鮮制裁に重い腰を上げているように見えます。

古川 中国の空気が変わったのは、13年暮れに北朝鮮のナンバー2で金正恩(キム・ジョンウン)の叔父である張成沢(チャン・ソンテク)氏が処刑されたあたりからです。それまでは徹底してかばっていたのに、もはや金正恩の暴走を止められず、北に協力する中国企業が制裁対象になるのを防ぐので精いっぱいという感じでした。さすがの中国も北朝鮮と距離を取りはじめたという印象です。

―最大の後ろ盾とされてきた中ロまでもが、消極的ながら対北制裁包囲網に加わったというのに、国際社会は北朝鮮の核ミサイル開発を阻止できなかった。なぜでしょう?

古川 北朝鮮への制裁が「抜け穴だらけ」だからです。

北朝鮮の制裁逃れの典型的な手法とは

―北朝鮮の制裁逃れの典型的な手法を教えてください。

古川 北朝鮮はマネーロンダリングや兵器密輸などを手がける工作員を世界各地に送り込んでいますが、その身分を巧みに偽装するんです。偽装にはふたつのパターンがあります。ひとつは外交特権を持つ大使館員に扮(ふん)すること。各国にある北朝鮮大使館はほぼ100%、非合法活動の拠点になっていると言っても過言ではありません。

もうひとつは外国で地元企業に就職し、北朝鮮人とはわからないような名前を使ってビジネスに携わる方法です。例えば、「スティーブン・リー」という英語名でタイのバンコクにある企業に所属していた北朝鮮人工作員がいました。

その上で北朝鮮は非合法取引を行なう複数の国々を介在させて痕跡をたどれないようにします。中国から中東の某国へ物資を輸出するのに、カンボジア船籍の貨物船をチャーターし、その運航を香港企業に任せる。しかも、その代金決済にはシンガポールの金融機関を使います。そこに北朝鮮という国名は一切出てきません。こうして北朝鮮は制裁の網をくぐり抜けて、核ミサイル開発に必要な資金や物資を動かしています。

■今でも北朝鮮には日本産がダダ漏れ

―しかし、専門家パネルが制裁対象として、国連の報告書に明記すれば、制裁逃れはできなくなるのでは?

古川 すぐに名前を一字だけ変えたり、別名を名乗って活動を継続します。あるいはペーパーカンパニーを何層も重ねて、その後ろに本社を隠して制裁を逃れる。また、兵器の完成品を密輸するのでなく、市販の部品や工作機械を海外に輸出し、軍事技術者も派遣して現地で組み立てるといった手口も北朝鮮の常套(じょうとう)手段です。輸送途上で貨物検査されても普通の市販品や機械なので、外国の貨物検査当局はそれが不正輸出だということがなかなか見抜けません。

つい最近、東シナ海の洋上でドミニカ船籍と北朝鮮船籍のタンカーによる物資の積み替えが発覚しました。物資は国連制裁で禁輸対象とされている石油製品ではないかと考えられています。長く制裁に耐えてきた北朝鮮だけに、様々な制裁逃れのノウハウを持っているんです。

―ならば、専門家パネルがこうした制裁逃れのノウハウを広報し、各国に制裁の徹底を促すべきでは?

古川 まさにそれが仕事でしたが、困ったことに数多くの国連加盟国には制裁決議を順守する意思も体制もないのが現実です。中ロだけでなく、アフリカや中東にも北朝鮮と国交のある国が数多く、制裁違反をいとわないのです。

また、制裁を順守しようにも、そもそも国内法を整備していないので、実効的な措置を取れないケースも目につきます。安保理決議では制裁対象となった北朝鮮の貨物船を資産凍結することが義務づけられていますが、数多くの国々が国内法を整備しておらず、制裁対象船舶を凍結できません。実は日本もそのひとつなのです。

今も日本製品は北朝鮮にダダ漏れです

―えっ!? 本当ですか?

古川 例えば、15年3月10日に北朝鮮の制裁対象企業が運行する「ヒチョン号」が、荒天を理由に鳥取県境港の沖合5kmの海域に停泊したことがありました。本来なら日本政府はヒチョン号を資産凍結措置にすべきでしたが、船舶を差し押さえるための国内法がなく、3日後にリリースしてしまったんです。

―驚きました。安倍首相は国連で北朝鮮への圧力強化を世界に訴えています。日本は対北制裁に最も熱心な国のはずですが……。

古川 今も日本製品は北朝鮮にダダ漏れです。06年以降、単独制裁を強化し、日朝貿易は全面中止になっているはずなのに、いまだに北朝鮮には日本製品があふれている。17年9月に北朝鮮が6度目の核実験を強行し、安倍首相が「最大限の対北圧力を加える」とぶち上げたときでさえ、その数日後に生産されたばかりの岩手産の醤油や神戸・灘産の日本酒が平壌のデパートに陳列されていたほどです。その「不都合な事実」に日本国民はおろか、自民党の政治家でさえ気づいていないんです。

―国連の制裁は効かないということですか?

古川 いいえ。制裁そのものは決議を重ねるごとに充実しています。以前は核ミサイル開発に必要な資金や物資の流れを断つ「ターゲット制裁」でしたが、今は外貨収入などを根こそぎ断つ「経済封鎖」へと徐々に移行しており、確実に効果を上げています。だからこそ、国連加盟国が国内法などを整備し、さらに北朝鮮に圧力をかけ続けることが大切なんです。

―ただ、あまりに強い圧力をかけると北朝鮮が暴発し、米朝の戦争にエスカレートしませんか? 日本にも甚大な被害が及びかねません。

古川 国連の制裁は戦争のために行なうのではありません。あくまでも対象国に「自分の行動に理がない」と悟らせ、外交交渉の席に着いてもらうことで問題を解決するために行なうんです。そもそも、制裁だけで大量破壊兵器の廃棄が実現した例はありません。必ず外交的対話、または武力行使とセットです。前者はイラン、リビア、後者ではイラクのケースがあります。

もし米朝戦争が始まってしまったら、その戦争に日本も巻き込まれるリスクは大です。ならば、日本は制裁と外交的アプローチの組み合わせを追求すべきでしょう。実際、トランプ米大統領は北朝鮮への武力行使を検討しているフシがある。日本は圧力を強化すると同時に、米朝対話に向けた外交戦略を具体的に詰めるべきでしょう。

ただ、日本では「制裁だけで北朝鮮に核ミサイルを放棄させることができる」という声が強く、ちょっと心配しています。この本を読んで、制裁とその先に待つ外交的交渉の重要性を理解してもらえるとうれしいですね。

(インタビュー・文/姜誠 撮影/岡倉禎志)

●古川勝久(ふるかわ・かつひさ)1966年生まれ、シンガポール出身。90年、慶應義塾大学経済学部卒業。日本鋼管株式会社勤務後、93年より平成維新の会事務局スタッフとして勤務。98年、米ハーバード大学ケネディ政治行政大学院(国際関係論・安全保障政策)にて修士号取得、2004年から11年まで科学技術振興機構社会技術研究開発センター主任研究員を務める

■『北朝鮮 核の資金源「国連捜査」秘録』 (新潮社、定価1700円+税)国連による北朝鮮制裁の最前線で4年半にわたって捜査にあたった著者。そこで目にしたのは国連制裁の「抜け穴だらけ」の実態だ。本書では、中国とロシアによる妨害をはじめ、制裁を巧みにすり抜ける北朝鮮シンジケートの全貌、また制裁を率先して履行するはずの日本までもがしっかりとした国内体制が整っていないことを指摘