岡田麿里さんが初監督を務めた映画『さよならの朝に約束の花をかざろう』

2017年に誕生から100周年を迎えた日本のアニメ――。日本が世界に誇る一大コンテンツのメモリアルイヤーに、週プレNEWSでは旬のアニメ業界人たちへのインタビューを通して、その未来を探るシリーズ『101年目への扉』をお届けしてきた。

第7回目は、『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』(『あの花』)『心が叫びたがってるんだ。』(『ここさけ』)などのヒット作を手がけ、今やアニメ好き以外にもファンが多い脚本家・岡田麿里(まり)さん。

そんな気鋭の脚本家が、2月24日公開の映画『さよならの朝に約束の花をかざろう』(『さよ朝』)で初めて監督に挑んだ。

10代の姿のまま成長が止まり、それから数百年にわたって生き続けるイオルフの民の少女・マキアと、赤ん坊の時に両親を亡くした男の子・エリアルの絆を描いた同作。同じ日々を過ごしているはずなのに、普通の人間であるエリアルは年を重ねる一方、イオルフの民であるマキアは全く老いない。

固い絆で結ばれていたふたりだったが、月日が経つにつれ思いはすれ違い、その関係は変化を迫られていく――。ファンタジーでありながらも、誰もが普遍的に感じる「出会い」と「別れ」の切なさを描いている一作だ。

自身のオリジナル脚本であり、「やりたいことを100%詰め込んだ作品」という『さよ朝』はいかにして生まれたのか? 初監督作の公開直前に岡田さんに話を聞いた!

■「現場」に最後まで付き合ってみたかった

―初めての監督作が完成されて、今の率直な気持ちは?

岡田 正直、まだバタバタが続いていて噛み締められる状態ではないですね(苦笑)。これから公開されて感想をいただいてから、ようやく実感できるのかなと思っています。

―どうして今回は自身で監督を務めることに?

岡田 脚本って、いつもトップバッターなんです。一番最初に関わって、あとは監督とスタッフにお任せする。だから脚本家はスタッフの皆さんから「現場」の人間だと思われてないんですよ。この「現場」に最後まで付き合うというのをやってみたかったというのはあります。

それに脚本だけでは到達できないものってあるんですよね。頭の中にキャラクターの表情や景色の感じが浮かんでも、それを脚本だけで表現するのは限界があります。すべてセリフやト書きにしていかないといけないんですよね。

でも表現には「なんとなく伝わる」というのもあるはずで。自分で監督をやったら、その「なんとなく」を表現することができるんじゃないか、脚本もいつもより突っ込んで書けるんじゃないか、そこに挑戦してみたかったんです。

―確かに今作を観ると、景色の美しさやキャラクターの表情の微妙な変化で伝えるシーンがすごく印象に残ります。とはいえ、脚本家である岡田さんがそういった「絵で伝える表現」にどこまで具体的な指示を出されたんでしょう?

岡田 プロデューサーの堀川(憲司)さんに「監督をやりたい」と最初に言った時、その条件として「人任せにしないで、すべてのパートに立ち会いなさい」と。あと「すべてのスタッフはお客様だと思いなさい」とも言われました。だから、絶対に打ち合わせに遅刻しちゃダメとか(笑)。スタッフはこの作品に手を貸してくださる大事な人達なんだから、感謝をもって接しなさいと言われましたね。

どこを省略していいかわからなかった

数百年の寿命を持つイオルフの少女・マキア

―堀川さんは「P.A.WORKS」というアニメ制作会社の代表の方ですね。同社は『さよ朝』の他にも『花咲くいろは』などの岡田作品を手がけており、岡田さんにとっても関わりの深い人物として知られています。

岡田 堀川さんからはそういう先生っぽい指示をいただいて(笑)。その通りだなと思ったんですよ。打ち合わせにはすべて出て、自分なりにやりたいことをお話させていただきました。ただ、不慣れなので話し始めるとすごく時間がかかっちゃって…。どこを省略していいかわからなかったんですよ。

―省略?

岡田 副監督の篠原(俊哉)さんに「そこまで言っても意味がないよ」と言われたり、逆に「それじゃあちょっと説明が足りない」と言われたり…。アニメって共同作業なので、何をどのくらい話せば伝わるのかっていうバランスが難しかったです。

■監督としての「絵」のこだわりとは?

―『さよ朝』ではコンテも一部、担当されたとか。

岡田 当然、観ているのとやるのは勝手が違って。レイアウトをかなりしっかり作らないとアニメーターさんに伝わっていかないんですよ。それで篠原さんに助けていただいて、3Dレイアウトを何度もいじったりもしたんですが…。私、美術部だったんですけど、「とても言えないな」って感じで(笑)。

でも私のコンテ部分を担当してくださる作画の皆さんは、拙(つたな)い絵からもすごく丁寧に読み取ってくださって。素人考えで迷惑をかけたこともありましたが、スタッフの方々の優秀さに支えられたと思います。

―では、監督として「絵」でこだわったシーンは?

岡田 キャラクターの感情と、その状況を合致させたいというのはいつも思っていて。例えば、マキアが(故郷である)イオルフが襲撃を受け、巻き込まれる形で里を出た時に空がパーっと開けるところ。脚本のト書きでは「イオルフを出て初めて見た外の世界の美しさに、マキアの表情が変わる」みたいに書くんですけど、脚本だけではその美しさって実際どんなものかわからないですよね。

でも監督をやることで「この人に美術をお願いできれば、絵だけで伝えることができるな」と脚本の段階から逆算できる。『さよ朝』では美術監督に東地(和生)さんが参加してくれると決まった時に「セリフがなくても大丈夫だ」と思えました。それは総作画監督の石井(百合子)さんが決まった時もそうです。

―そういうスタッフ選びも自分で?

岡田 全員ではないですが、東地さんや石井さんはかなり前から粉かけていました(笑)。

日本のトップクリエイターたちによって描かれる繊細で美し映像にも注目

現場って生き物なんだ、人の力ってすごいな…

イオルフの民は、日々の出来事を「ヒビオル」と呼ばれる布に織り込みながら暮らす

―でも、逆にそういった優秀な方々を前にすると、監督を初めてやる側としては意見が言いづらいこともあるのでは?

岡田 最初は「素人だから言わないほうがいいかな…」と思って黙ったりしたこともあったんですけど、毎日、家に帰ると「あれやっぱり言うべきだ」とか「あそこは直すべきだ」とかすごい考えちゃって。途中から直してほしいところは後からでも言うようにしていました。そうしているとスタッフの方もいろいろ質問してくださったり、東地さんとかも「これは監督の好みじゃないですよね?」とか聞いてくださるようになって。

この作品って制作に3年かかっているんですよ。もちろん途中で抜けた方も途中から入ってきた方もいるんですけど、その長い期間を重ねながら、皆さんと共有するものを作っていった感覚がすごくあって。だから最初は確かに緊張しましたけど、「みんなでものを作っているなー」って感じがすごくある現場になりましたね。

■「監督・岡田麿里」から見た「脚本家・岡田麿里」

―青春の1ページみたいな一体感があったわけですね。

岡田 青春感はすごくありました。あと、最後の追い込みもすごくて。途中まで「これは(期日までに)完成するのだろうか…」という感じだったんですけど、最後の2ヵ月でびっくりするくらいすごい映像になって。監督やっといてあれですけど、本当にめちゃくちゃ変わったんですよ!

もちろん、その2ヵ月前だって、私としては「これで十分」だと思えるくらい素敵だったんですけど、とりあえずの完成が見えた時に、不安だったみんなの気持ちが「意外といけた!」「だったら、もっといけるんじゃないか?」みたいな感じになって。そこからゾーンに入ったように一気にすごいことになって。本当、現場って生き物なんだ、人の力ってすごいなって思わされました。

―お話からも初監督は相当に濃い体験だったことがわかりました(笑)。ちなみに、「監督・岡田麿里」から見た「脚本家・岡田麿里」はどんなクリエイターでした?

岡田 うーん、なんか…。コンテを描いている時に「あー、ムカつく!」ってなりました(笑)。

―ムカついたんですか(笑)。

岡田 なんか、よかれと思ってやってきたことだったんですけど、私は脚本にマーキングしておくタイプなんです。例えば、ここがアップになるといいなと思ったら、読んだ人に伝わるように描く。もちろん、それを演出で違うふうにされてもいいんですけど、脚本の段階で自分の考えている脳内映像は提示したほうがいいと思っていたんです。

でもコンテを描こうとして脚本にそういう指示があると、「こうはしねーよ!」と思っちゃうんですよね。「ここでアップにすると、こっちでもう1カット必要になるじゃん」とか。それは監督をやってみて、初めて気が付きました(笑)。

●後編⇒『あの花』『ここさけ』の人気脚本家・岡田麿里が初監督作で語る影響を受けたアニメ「私の世代では静かなトラウマじゃないかな」

(取材・文/小山田裕哉 (c)PROJECT MAQUIA)

■岡田麿里(おかだ・まり)1976年、埼玉県生まれ。Vシネマ、ゲームシナリオ、ラジオドラマなどの脚本に携わった後、『DTエイトロン』の第9話よりアニメ脚本を手がける。以降はアニメを中心に活動し、『とらドラ!』『花咲くいろは』『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』『心が叫びたがってるんだ。』『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』など多くの話題作を担当

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