北朝鮮音楽の混沌とした魅力を伝える「デイリーNKジャパン」編集長の高英起(コウ・ヨンギ)氏と北朝鮮に音楽留学の経験を持つ、うねこ氏(普段は一般企業にお勤めなので顔出しNG)

先日、幕を閉じた平昌五輪では競技以外の部分にスポットライトが当たることも多かったが、中でも大きな注目を集めたのが南北交流の一環として韓国公演を行なった北朝鮮の三池淵(サムジヨン)管弦楽団だ。

観覧チケットの抽選には2公演で15万組以上の応募があったほどの人気ぶりで、公演では軽快でノリのいい楽曲も数多く披露され、意外とポップなことに驚いたという声も多く聞かれた。

数年前には牡丹峰(モランボン)楽団が“北朝鮮版少女時代”としてメディアで頻繁(ひんぱん)に取り上げられていたが、かの国のリアルな音楽事情はどうなっているのか?

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長の高英起(コウ・ヨンギ)氏と、北朝鮮に音楽留学の経験を持つ、うねこ氏との対談で、世界に類を見ない北朝鮮ポップスの魅力や特殊な背景を解説! 文中に出てくる楽曲の多くはYouTube等で閲覧できるので、是非、BGMにしながらお楽しみください!

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―初歩的な質問ですが、北朝鮮では自由に音楽を聴けるんですか?

 できる・できないで言えば、できないですね。当局からは限られた音楽しか与えられません。ただ、ここ10年くらいは記録メディアの発達によって、音楽だけでなく各種コンテンツが飛躍的に広がっています。中国経由で入ってきたSDカードやUSBメモリを手に入れて、K‐POPを聴いている人も多いんですよ。

うねこ 去年、脱北でニュースになった兵士も「韓国の歌が聴きたい」と言っていましたよね。海外遠征するような一流スポーツ選手になると、スマホにマイケル・ジャクソンの曲を入れて聴いているという話を聞いたこともあります。

―表向きはダメだけど、みんなこっそり聴いているんですね。北朝鮮自国の音楽も聴かれているんですか?

 聴いている人は聴いていますが、みんなが注目しているような感じではないですね。牡丹峰楽団などはCDやDVDも売られていますが、再生機器があまり普及していませんし、わざわざ買ってまで聴く人は少ない。TVやラジオで耳にする程度でしょうね。

うねこ あとは国家行事で聴かされたり、歌わされたりするから覚えるっていう感じです。

―そもそも北朝鮮音楽にはどんなものがあるんですか?

 ジャンルは様々ですが、基本的にはすべてプロパガンダ音楽です。大衆に向けて作られたという意味で、すべてひっくるめて我々は「北朝鮮ポップス」もしくは「NK‐POP」(North Korean POP)と呼んでいます。

―定番の人気曲みたいなものも?

うねこ 例えば、平昌五輪のフィギュアスケートで北朝鮮ペアがエキシビジョンで使った「お会いできてうれしいです」は定番曲です。それと「攻撃戦だ」という曲は、なぜか日本のアニメ好きの間で人気があってニコニコ動画にたくさんアップされています。

 ちょっと戦隊モノっぽい曲調でノリがいいんですよ。この曲は我々のイベントで流すと鉄板で盛り上がります。北朝鮮国内の人気曲という意味では「あなたがいなければ祖国もない」は好きな人も多いと思います。応援歌みたいな感じで盛り上がるので。

―高さんの著書『北朝鮮ポップスの世界』(カルロス矢吹との共著)では「口笛」が史上最大のヒット曲と書かれてましたよね。

 北朝鮮初のラブソングと言われていて、トレンディドラマのようなミュージックビデオもあるんです。1990年に発表された曲なので、今は懐メロ的な感じになっています。

うねこ 牡丹峰楽団とかも常に新曲を出しているわけじゃなくて、懐メロをカバーすることが多いんです。戦勝記念日ならこの曲、朝鮮労働党のイベントならこの曲みたいな定番があって。毎回、アレンジが少しずつ変わるので、その違いを聴き比べるのも楽しみのひとつですね。

アイドル色の強いグループも!

―新曲はどういう時に発表されるんですか?

うねこ 国家行事のタイミングもあれば、新曲発表として突然行なわれることもあります。金日成氏、金正日氏の誕生日、それと建国記念日や労働党の創建記念日。そういう行事が近くなると、私のようなマニアは「今夜あたり何か来るかな?」とメディアに張り付きます。だから、核実験や弾道ミサイル実験があると、日本に飛んで来ないでくれと思いつつも、「コンサートがあるかもしれない」「新曲の発表があるかも」と、ちょっと複雑な気持ちになるんです。

 これはハッキリ言っておきたいのですが、北朝鮮の音楽が好きだからといって、今の金正恩体制を支持しているわけではありません。これだけは誤解しないでいただきたく思います。

うねこ そうですね。音楽にはハマってますが、思想に共感しているわけではないので。

―年に何曲くらい発表されるものなんですか?

 アットランダムですね。何も発表されない時もあります。ただ、楽曲自体は何千曲、もしかしたら1万曲近くはあると思います。

うねこ 「我が民族同士」という北朝鮮の広報メディア的なWEBサイトがあって、そこには毎日1曲ずつ紹介するコーナーがあるんです。始まってから3年くらい経つので重複もありますけど、そこだけで700曲以上はあると思います。

―そんなにあるんですね!

うねこ そこと労働新聞のサイトは毎日チェックしていますね。労働新聞では、金正恩氏が推奨した曲、みたいな感じで紹介されたり、楽譜が載ったりすることもあるんですよ。あとはYouTubeに朝鮮中央テレビのストリーミングをやっているチャンネルがあるのでそれもよく見ています。

 ツイッターで知ることも多いですね。

うねこ そうですね。NK‐POPファンは総数が多くないので、お互いをフォローし合って、常に情報交換をしています。

―我々のような初心者が北朝鮮ポップスを聴こうと思ったら、どうすればいいですか?

うねこ YouTubeで検索することですね。私もほとんどYouTubeで聴いています。最近は日本語で「北朝鮮」とか「モランボン楽団」とか入れて検索しても、結構出てきますよ。あとは愛好家がまとめたサイトもあるので、そういうのを見るのもいいと思います。例えば「朝鮮労働党万歳!」というブログは、書籍化できるくらいの内容なので、楽曲の背景とかまで知りたい人にはオススメです。タイトルはアレですけど(笑)、朝鮮音楽を至って真面目に研究されています。

各国の音楽を研究していることは間違いない

―現在、北朝鮮で活動しているグループはどのくらいあるんですか?

うねこ TVに出ないものまで入れると、かなり多いんですけど。有名どころでは功勲国家合唱団とか青峰(チョンボン)楽団とか。あと先日、平昌に行った三池淵管弦楽団はオリンピックのために作られたグループで、万寿台芸術団傘下の三池淵楽団と青峰楽団等のメンバーで構成されています。

―意外といろいろあるんですね。

うねこ ちょっとずつ毛色が違いまして、牡丹峰楽団はアイドル色が強いですが、青峰楽団はメンバーの年齢層も若干高めで、演奏もしっとりしたものが多いです。バンド編成も牡丹峰楽団はエレキを基調としていますが、青峰楽団はアコースティック楽器をたくさん使ってビッグバンドみたいな雰囲気です。功勲国家合唱団はオーケストラなんですけど、どちらかというとポップス寄りで、クラシック寄りのオーケストラは国立交響楽団や尹伊桑(ユン・イサン)管弦楽団がやっています。

―エレキとかビッグバンドとか、欧米からの影響を受けているんでしょうか?

 各国の音楽を研究していることは間違いありません。例えば、牡丹峰楽団は極端に言えばBond(イギリスの女性弦楽カルテット)と女子十二楽坊を足して2で割って、北朝鮮風に落とし込んだようなグループです。

うねこ 上層部には外国の音楽を自由に見聴きできる場所があるんですよ。人民大学習堂という国会図書館的な施設があって、そこの地下に外国のコンテンツがたくさん保存してあるんです。

●後編⇒混沌たる「北朝鮮ポップス」を生むハイレベルな音楽教育――国歌をゴスペル+ヘビメタ風にアレンジ!?

(取材・文・撮影/田中 宏)

●高英起氏とうねこ氏も出演する北朝鮮ポップスイベントが開催!『K‐POP vs NK‐POP第5弾』 3月20日(火)渋谷Loft9

『★先軍祭★ 主体ライブ!サンシャイン!!』 4月15日(日)渋谷Loft9

●高英起1966年、大阪生まれの在日コリアン。大阪朝鮮高級学校卒業後、関西大学に進み、北朝鮮問題に関わり始める。98~99年には中国吉林省延辺大学に留学し、脱北者の現状や北朝鮮内部情報を発信するが、当局の逆鱗に触れ二度の指名手配を受ける。現在は北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長を務め、北朝鮮関連の著書を発表するほか雑誌、週刊誌への執筆、TVやラジオのコメンテーターも務める。小学6年生でローリング・ストーンズにハマって以来のロックファンでもある

●うねこ普段はOLとして働きながら、音楽をはじめとする北朝鮮の文化を研究する在日コリアン。朝鮮学校在学中に平壌音楽大学に留学した経験を持ち、現地の視点を踏まえてマニアックに、かつ愉快に北朝鮮音楽を語れる数少ない人物。推しメンは功勲国家合唱団のテノール、キム・テリョン