北朝鮮音楽の混沌とした魅力を伝える「デイリーNKジャパン」編集長の高英起(コウ・ヨンギ)氏と、北朝鮮に音楽留学の経験を持つ、うねこ氏(普段は一般企業にお勤めなので顔出しNG)

先月、平昌五輪をきっかけに実現した北朝鮮の三池淵(サムジヨン)管弦楽団の韓国公演は大きな話題を集め、披露された楽曲が「意外とポップなことに驚いた」という声も多く聞かれた。

かの国のリアルな音楽事情はどうなっているのか? 北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長の高英起(コウ・ヨンギ)氏と、北朝鮮に音楽留学の経験を持つ、うねこ氏が徹底解説!

前編(実はめちゃくちゃポップ! 知られざる「北朝鮮音楽」の魅力とは?)に続き、今回は混沌たる「NK‐POP(北朝鮮ポップス)」が生み出される背景を深堀り! 文中に出てくる楽曲の多くはYouTubeで閲覧できるので、是非、BGMにしながらお楽しみください!

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―北朝鮮音楽には実に多様なグループがいるんですね。それらはどうやって結成されるんですか?

 基本的には全部、当局が決めます。今は金正恩の周りに音楽家が多くて、妻の李雪主(リ・ソルチュ)も歌手だし、陸軍大佐で三池淵管弦楽団代表を務めた玄松月(ヒョン・ソンウォル)も元歌手。そのあたりが企画を出しているようです。そもそも青峰(チョンボン)楽団は李雪主も在籍していた銀河水管弦楽団がスキャンダルで解散させられて、その受け皿として作ったと言われているんです。

うねこ そういう楽団に所属する人たちはみんなエリートで、ウィーンとかモスクワにどんどん留学に行っているんですよ。国が全面的にバックアップしてミュージシャンを育てている。

―音楽を政治に利用する目的なのでしょうか?

うねこ それは間違いなくありますね。金正日氏は昔、宣伝扇動部という大衆に思想教育するようなポジションにいたんですけど、音楽や映画が大好きだったんです。自分は政治家になっていなければ映画監督になっていたと言うほどなので、芸術には力を入れていたんですよね。

 ナチスも音楽や映画でプロパガンダしてましたけど、北朝鮮もそれを参考にしていると言われています。軍隊の行進の仕方とかもほとんどナチスと同じですから。

―国際的に評価されている音楽家もいるんですか?

うねこ そこが難しいところで、やっぱり創作に縛りがあるんですよ。社会主義時代のソ連でもショスタコーヴィチとかプロコフィエフとか、制限のある中で活躍した作曲家はいましたけど、北朝鮮はそれ以上に制限が強い。

金正日氏は1992年に「音楽芸術論」を発表していますが、そこには「音楽は人民が誰でもわかるように大衆的でなくてはいけない」「思想性に富んでいなくてはいけない」などと書かれていて、がっちり路線を決めてしまっているんです。そこから外れたものは発表できなかったり、批判を受けたりするので自由な創作が難しい。

 戦前から戦中に活躍した崔承喜(チェ・スンヒ)というダンサーがいて、当時は川端康成やピカソからも評価されるほど世界的に人気があったんですけど、彼女は朝鮮半島生まれで日本に来て、戦後は北朝鮮に渡ったんです。でも「ブルジョワおよび修正主義分子」として粛清されてしまう。もし生きていたら、アジア最高の踊り子になっていたかもしれないですね。

うねこ 当局からの規制は厳しいですが、最近はロックやR&B風のアレンジも増えています。

 2012年の第9回全国芸術人大会公演では、牡丹峰(モランボン)楽団が北朝鮮の国歌をゴスペル+ヘビメタ風のアレンジで披露していましたね。国歌をアレンジするなんて、資本主義国家でも冒涜と言われかねない行為ですけど、それができてしまうのは北朝鮮ならではだと思います(笑)。

うねこ でも、あのアレンジは1回限りだったから、もしかしたらやりすぎで怒られた可能性はありますね(笑)。

「将軍様、縮地法を使う」というポップな曲

―曲は誰が作っているんですか?

うねこ 各団体に専属の作曲家がいます。その中でも長老みたいな作曲家が何人かいまして、人民芸術家とか功勲芸術家とか、称号を国からもらっているんです。牡丹峰楽団とか有名グループには人民芸術家クラスの人が付いています。

―ミュージシャンや作曲家にはどうすればなれるんですか?

うねこ 基本的に音楽大学か専門の養成学校を出た人でなければ難しいです。

 ほぼ100%、エリート層しかなれないですね。

うねこ まず地方単位で才能を認められると、ちょっといい学校に行けるんですよ。そこでさらに見出されると平壌に呼ばれる。

 徹底したエリート教育をされているんです。昔、ピョンコマ(平壌学生少年芸術団)の日本公演に同行した人に聞いた話ですが、TVでCMの音楽を聴くと一瞬で覚えて、自分の楽器で弾いて遊んでいたと。そんなのは当たり前のようにできてしまう。

うねこ 楽器を弾ける人自体も多くて。「すべての人民がふたつ以上の楽器を弾けるようにしなければならない」という金日成氏の言葉もあるんですよ。完全に実現できているかはわからないですけど、ギターやバイヤン(難易度が高いと言われるアコーディオンに似たロシアの民族楽器)を弾ける人は、かなり多いようですね。

―歌詞にも制限があると思うんですけど、基本的には「我が国が最高だ」みたいな内容なんですか?

 ほぼそうですね(笑)。

うねこ 国が最高とか党が最高とか、国のために頑張ろうとか。昔はラブソングもありましたけど、最近のTVに出てくるものは思想性が強い曲ばかりです。

 基本的に思想性のない曲は作ることもできない。選択肢がないことは北朝鮮音楽の最大の弱点です。

うねこ ただ、その中でもシリアスな曲では格調高い言葉を選んでいますし、ポップな曲では楽しい言葉の選び方をする。思想性は別として、やはり文学的センスは感じますね。

例えば「将軍様、縮地法を使う」というポップな曲があるのですが、「縮地法」とは地面を縮める、簡単に言えばワープのことなんです(笑)。これは昔、金日成氏がゲリラ活動をしていた時に神出鬼没で縮地法を使っていると言われた逸話が基になっていて、それを金正日氏が受け継いで、あちこちに現れると歌っているんです。

 確かに「将軍様、縮地法を使う」は曲調もポップだよね。

まんまと金正日氏の策略にハマってる?

―そうした背景も踏まえて、おふたりが考える北朝鮮ポップスの魅力とは?

 いろんな制限がある中で、良質な音楽が生み出されていること。そして世界各国のポップスがフォーマット化されている中で、北朝鮮では時にエキセントリックなものが生まれてくること。ただでさえ世界中の音楽要素を取り込んでワケのわからない音楽になっているのに、それが体制や思想と結びついて、余計に混沌とする(笑)。

でも、ジャズやロックも最初は邪道な音楽と言われていたわけじゃないですか。北朝鮮ポップスがスタンダードになるとは思わないけど、アリかナシかで言えばアリなんじゃないの?と思います。

うねこ 歌手も演奏者もレベルが高いんですよ。それだけでも純粋に楽しめますけど、メロディーも親しみやすい。歌詞には思想性が強く出ていますが、メロディーは何回か聴いたらすぐ覚えられるようなものがいいとされているので、みんなで歌って楽しい感じの曲が多いんです。

―そこは計算されてるんでしょうね。

うねこ そうだと思います。私たちもまんまと金正日氏の策略にハマってますね(笑)。

(取材・文・撮影/田中 宏)

●高英起氏とうねこ氏も出演する北朝鮮ポップスイベントが開催!『K‐POP vs NK‐POP第5弾』 3月20日(火)渋谷Loft9

『★先軍祭★ 主体ライブ!サンシャイン!!』 4月15日(日)渋谷Loft9

●高英起1966年、大阪生まれの在日コリアン。大阪朝鮮高級学校卒業後、関西大学に進み、北朝鮮問題に関わり始める。98~99年には中国吉林省延辺大学に留学し、脱北者の現状や北朝鮮内部情報を発信するが、当局の逆鱗に触れ二度の指名手配を受ける。現在は北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長を務め、北朝鮮関連の著書を発表するほか雑誌、週刊誌への執筆、TVやラジオのコメンテーターも務める。小学6年生でローリング・ストーンズにハマって以来のロックファンでもある

●うねこ普段はOLとして働きながら、音楽をはじめとする北朝鮮の文化を研究する在日コリアン。朝鮮学校在学中に平壌音楽大学に留学した経験を持ち、現地の視点を踏まえてマニアックに、かつ愉快に北朝鮮音楽を語れる数少ない人物。推しメンは功勲国家合唱団のテノール、キム・テリョン