スポーツに限らず、「愛」や「情熱」といった美辞麗句の中に日本社会における「体育会系の闇」を感じると語る、サンドラ・ヘフェリン氏

多くの金メダリストを輩出してきた女子レスリング界を揺るがす「パワハラ騒動」。

日本レスリング協会強化本部長の栄和人(さかえ・かずひと)氏によるとされるパワハラの被害者は伊調馨(かおり)だけではなく、暴力やセクハラの被害にあった選手も多数いるという。パワハラは一般的に「権力を利用したイジメ」と定義されるが、その根底には何があるのか?

『週プレ外国人記者クラブ』第112回は、「かねてから日本のスポーツ界やスポーツを取り巻く環境に違和感を抱いていた」という、日独ハーフのコラムニスト、サンドラ・ヘフェリン氏に話を聞いた──。

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―サンドラさんは、レスリングのパワハラ騒動をどう見ていますか?

サンドラ ハリウッドの大物プロデューサーによるセクハラ事件もそうですが、組織内で権力を握る人が男性で、その下に女性が多い場合、パワハラとセクハラがセットになることが多いですよね。伊調選手へのパワハラが大きく注目されていますが、栄氏による他の女子選手たちへのセクハラ疑惑も報道されています。

「タックルの姿勢が悪い」と言われてTシャツの中に手を入れられ体をまさぐられたり、キスを迫られたり…。セクハラだけでなく、顔が腫れるほど殴られた女子選手もいるようですね。

―欧米のスポーツ界にもパワハラやセクハラの問題はあるんですか?

サンドラ もちろん欧米にもあって、最近ではアメリカのスポーツドクターのラリー・ナッサーが368人もの体操選手に性的虐待やセクハラを繰り返していたというニュースが大きな話題になりましたよね。これはセクハラ事件ですが、彼が五輪チームのドクターという立場を利用してセクハラをしていたという意味ではパワハラでもあります。

選手たちは「彼に逆らったら五輪に行けないかもしれない」と恐れて、逆らうことができなかったわけですから。でも欧米では、セクハラやパワハラをした人物に対するバッシングや社会的制裁は、日本よりもはるかに厳しいです。

―実際、ナッサー氏は「禁固175年」という判決を受けています。

サンドラ 一方で、日本では「被害を受けたほうも悪い」と逆に非難されることも多いですよね。大相撲の暴行事件でもそうでしたが、たとえ加害側であっても「組織は力の強いほうを守る」という構造は、レスリングのパワハラ問題でも見られました。

栄氏がレスリング部の監督を務める至学館大学の谷岡郁子学長は記者会見で、パワハラの存在を否定するだけでなく、「そもそも伊調馨さんは選手なのですか?」と発言しました。学長は「馨は周りへの気配りみたいなものが(吉田)沙保里のようにはない。人の好き嫌いが激しくて露(あら)わにしちゃうところがある」とも言っていて、日本相撲協会の貴乃花親方への扱いもそうですが、権力を持つ人が被害に遭った側を「ワガママ」呼ばわりするのは「いつものこと」ですね。

―栄氏は「指導者としてのモットーは選手と恋愛すること」と語っていますが…。

サンドラ そんなことを公言してしまう常識の無さが、今回のパワハラ・セクハラ問題のすべてを物語っていると思います。比喩として「選手と恋愛する」と言っているのだとしても、教え子や部下との恋愛はセクハラやパワハラの温床になるという自覚もなく、本気でそう思っていたのだとしたらイタイですね。

また、栄氏は自身の著書で「厳しさと共に愛情も大事。私は、自分を頼ってきた選手や、一度でも関わったことのある選手は、自分の子供のように思っています」と書いていますが、まるで「社員はみんな家族」みたいな、ブラック企業の求人広告の文言のような発言です。

私が先日、ランチで訪れた店に求人の貼紙がありました。そこには、「才能」「情熱」「継続力」「野心」「元気・笑顔は当たり前」と書いてあり、時給など労働条件は一切記されていませんでした。

スポーツに限らず、「愛」や「情熱」といった感動的なマジックワードを振りかざすことにより、立場の強い者が弱い者を支配するパワハラの構図を見えにくくするという、日本社会における「体育会系の闇」を私は感じます。

日本社会に蔓延する「自己犠牲を強いるパワハラ」

―確かに、そういったマジックワードは物事を美化しますが、スポーツでもビジネスでも、そんな体育会系の価値観を他人に強要するのは間違っていますね。

サンドラ その典型的な例が、小学校の運動会での組体操でしょう。子供たちが何段にも重なって人間ピラミッドを作ったりしますけど、危険極まりないし、実際に骨折事故が何度も起こっています。それなのに周囲の大人たちが「みんなでひとつになって頑張った! 感動した!」と続けさせている。

そんなに感動したいのなら、大人が自分たちでやって感動すればいいんです。この組体操も、親や教師に逆らえない子供という弱い立場にある人に対するパワハラだと思います。ドイツでは、あんな危険なことは絶対子供にやらせません。

こういったことの根底には、日本のスポーツを取り巻く環境にある「根性論」とか「苦しみ抜いた末に勝利をつかむのが美しい」というような考え方があるのかなと思います。例えば1964年の東京五輪で金メダルを獲って“東洋の魔女”と呼ばれた女子バレーボールチームの大松博文監督の「しごき」は有名ですよね。

―練習が深夜0時や1時まで続き、選手が布団に入るのは午前3時頃で骨折をしても「当て木」を付けたまま練習させた、と当時の選手のひとりが証言していますね。

サンドラ でも、それで金メダルを獲るという結果を出したから「美談」にされてしまっています。大松監督がやらせた特訓は、普通に考えると完全にパワハラなんですけど。

―栄氏も、先の割れた竹刀で選手の腿の裏を叩いたり、大会で優勝できなかった選手を殴ったり蹴ったりしたそうですが、五輪のメダルという結果を出してきたから誰も逆らえないし、これまでは表立って非難もされなかった。

サンドラ 日本では、いろんな犠牲を払って血のにじむような努力をして勝利をつかむという「物語」が好まれますが、欧米の場合は、もちろん自国の代表という責任感もあるでしょうけど、まずはひとりの個人としてオリンピックを楽しむという姿勢があると思います。自分の好きなことをしながら競技でも結果を出すというのがカッコいいと見られるんです。

例えば、ドイツの体操選手でマルセル・ニューエンというロンドン五輪の銀メダリストがいるのですが、彼は練習だけじゃなく私生活も楽しみながら結果を出していたので、そのライフスタイルがカッコいいと思われているんです。また、今年2月の平昌オリンピック開会式で各国の選手が入場した際、自分のスマホで周囲を撮影しながら本当に楽しそうに歩いている選手がいましたが、もしも日本人の選手がこれをやったら大バッシングされると思われます。

―日本では「ひとつの目標のためにすべてを犠牲にすること」を是として、その先に勝利があるという感動ストーリーのほうがウケがいい。

サンドラ そうですね。一般社会でも、日本の企業は社員に我慢や犠牲を強いることがまだまだ多いように思います。典型的なのはワタミグループの渡邊美樹会長で「365日24時間死ぬまで働け」という価値観を従業員に押しつけていました。渡邊氏本人のように「仕事が大好きで働くのが楽しい」と感じている人が自分の意志で私生活を犠牲にして働くことを否定はしませんし、ある意味、素晴らしいことだとは思いますが、それを自分より立場の弱い人に強要するのはパワハラです。

パワハラが社会問題として世間に浸透してきたのはよいことですが、理想は「パワハラは犯罪だ」ともっと広く認識されることですね。「恐喝罪」「暴行罪」など犯罪として扱い、キッチリ裁く必要があると思います。

(取材・文/稲垣 收 撮影/保高幸子)

●サンドラ・ヘフェリン1975年生まれ。ドイツ・ミュンヘン出身。日本歴20年。日本語とドイツ語の両方が母国語。自身が日独ハーフであることから「ハーフとバイリンガル問題」「ハーフといじめ問題」など「多文化共生」をテーマに執筆活動をしている。著書に『ハーフが美人なんて妄想ですから!!』、共著に『ニッポン在住ハーフな私の切実で笑える100のモンダイ』『爆笑! クールジャパン』『満員電車は観光地!?』『「小顔」ってニホンではホメ言葉なんだ!?』『男の価値は年収より「お尻」!? ドイツ人のびっくり恋愛事情』など