日本代表の欧州遠征2試合を振り返った宮澤ミシェル氏

サッカー解説者・宮澤ミシェル氏の連載コラム『フットボールグルマン』第40回。

現役時代、Jリーグ創設期にジェフ市原(現在のジェフ千葉)でプレー、日本代表に招集されるなど、日本サッカーの発展をつぶさに見てきた生き証人がこれまで経験したこと、現地で取材してきたインパクト大のエピソードを踏まえ、独自視点でサッカーシーンを語る――。

今回は、日本代表の欧州遠征を振り返って、その内容を分析する。未勝利に終わった2試合で見えてきた課題は? ハリルホジッチ監督の戦術で強豪と戦うために何が必要になってくるのか?

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日本代表は強化試合でマリ代表とウクライナ代表と対戦した。マリには1-1で引き分けて、ウクライナには1-2で敗戦。良い結果とは言えないし、それよりも何よりも試合内容がひどかった。収穫は「W杯本番までの限られた時間で取り組むべき課題が山積していることがわかったこと」と言ってもいいだろう。

ウクライナもマリもW杯に出場できないけれど、日本戦に向けてきっちり仕上げて臨んでくれた。だから、強化試合として相手に不足はなかった。マリ代表はアフリカらしい身体能力の高さや独特のタイミングを持っていて、仮想セネガルとしていい経験を積めた。ウクライナ代表に強力なアタッカーはいなかったけれど、ヨーロッパらしいパスワークを見せてくれて仮想ポーランドになった。

しかし、だ。肝心の日本代表がお話にならないほどミスが多かった。そして、一番の問題はこの時期になってもメンバーを決めきれていないこと。ハリルホジッチ監督は「サバイバル」と言って煽(あお)っているけれど、この時期の代表監督には他にやるべき仕事があるはずだ。

チームを組織として成熟させるのはW杯直前にある3試合のテストマッチと考えているからなのか、監督は本気で選手を競争させている。ずっとこのやり方でチームを作ってきたのだろう。だから、W杯まであと3ヵ月を切っているというのに、日本代表のチームの形が見えなくなっている。

GK川島永嗣、CB吉田麻也、ボランチ長谷部誠、FW大迫勇也のセンターラインは辛うじて決まってはいるけれど、他のポジションは不透明。調子のいい選手を起用しているけれど、本当にこれでいいのかという疑問がある。しかも、2戦とも長谷部を先発で使った。大島僚太のケガという理由があったにせよ、試すべきは長谷部のバックアッパーになりうる選手を探すことだったのではないか。

もし日本代表が世界15位以内の実力があるのなら、ハリルホジッチ監督のやり方でもいいだろう。だが、現実は違う。個々のレベルは昔に比べたら伸びたとは言っても、ブラジルやドイツのようなトップレベルにあるわけではない。日本のFIFAランクは55位で、W杯本番での日本の立場は「チャレンジャー」だ。

そういう国がW杯のグループリーグを突破しようと思ったら、サバイバルはW杯出場メンバー23人のうち、最後の2、3枠を争わせて、この時期は組織として戦うためにメンバーを固め、戦術・戦略を成熟させるべきだ。

ただでさえ個人能力で劣っているのに組織力でも上回れなかったら、どう期待を持てというのか。相手が格下であればそれでも勝ち目はあるけれど、W杯本番で対戦するのはコロンビア、セネガル、ポーランドだ。あくまでも仮の話にはなるが、初戦のコロンビアと引き分けて、セネガルに勝利し、ポーランドに負けるか引き分けに持ち込んで、それでグループリーグ突破ができるかどうか。それなのにこのチーム状態では、3戦全敗という結果になることも十分ありえる。

メンバーが決まらないことで、戦い方もチグハグになっているし、このままだと、日本代表は自分たちのどこを特長にして、何に自信を持ってW杯本番に臨んだらいいのかわからない状態にある。前回ブラジル大会の日本代表には「パスワーク」という武器があったけれど、今回のチームには明確な武器がない。

今回のチームには明確な武器がない

ハリルホジッチ監督は強化試合が終わって、選手がそれぞれのチームに帰っていく時、「スプリント能力を伸ばすように」と伝えたという。これは以前から取り組んでいる当たり前のことだよね。

現実的に考えて、このタイミングで別の外国人監督に日本代表を託すのは無理があるし、日本人監督もこの時期からチームを率いるメリットが見いだせないから、引き受け手はほとんどいないだろう。ハリルジャパンは、ここからの限られた時間で速攻に磨きをかけた上で守備をしっかりと構築して、自信を持って本番を迎えられるようにするしかない。

マリ戦でもウクライナ戦でも守備時の選手の距離感が間延びしていたけれど、相手のレベルが高くなればなるほど、相手にスペースを与えてしまったらいいようにやられる。だからこそ、もっとコンパクトな陣形をキープしなくてはいけない。

前線からチェイスしてボールを奪うだけではなく、自陣に引いたらどう守備をするのか。ボールの追い方や囲み方といった細かいところのすり合わせはどれぐらいできているのだろうか? 運動能力を短期間で伸ばすことは難しいけれど、連携を高めて組織として戦うことは日本人が得意にするところだ。それこそ、あっという間に良くなるよ。

そういう部分を突き詰めていけば、W杯本番に向けて少し期待が持てるようになるはずだ。今回の強化試合ウィークでセネガルはウズベキスタンに1-1、ボスニア・ヘルツェゴヴィナに0-0。ポーランドは2戦目で韓国に3-2で辛勝したけれど、最後まで苦しめられたし、コロンビアだってフランスには逆転勝ちをしたけれど、メンバーを落としたオーストラリア戦は0-0。日本にもわずかだが、チャンスはあるはずだ。

もうひとつ気になるのは、あれだけ選手を取っ替え引っ替え招集しているのにスピードを武器にする選手を招集していないこと。以前は浅野拓磨がいたが、今回は招集外。伊東純也を呼ぶかなと期待していたが、それもなし。今回のメンバーには俊足が武器という選手は見当たらなかった。

中島翔哉や原口元気、乾貴士、宇佐美貴史といったドリブラーも必要だけれど、ここぞという場面にスピードで勝負できる選手は相手センターバックからすると最もイヤなタイプ。ワンチャンスを活かせる。

ロンドン五輪のスペイン戦で永井謙佑が快足を飛ばして相手DFラインを困らせたように、ああいう仕事ができる選手は必ず必要になる。うまい選手は相手のレベルによっては持ち味を発揮できないこともあるけれど、100mを11秒台前半で走る選手はどんな対戦相手でもその速さで走るわけだから、そこの重要性をもう一度考えてもらいたい。

代表に招集された選手たちは一生懸命やっているし、誰が選ばれてもW杯本番は勝利のために汗をかいてくれるはずだ。だからこそ、ハリルホジッチ監督は残された時間で相手から勝ち点を奪うための戦術・戦略をきっちりと準備し、迷いなく初戦を迎えられるようにしてほしい。それができれば、日本代表への期待値は回復するはずだ。

(構成/津金壱郎 撮影/山本雷太)

■宮澤ミシェル 1963年 7月14日生まれ 千葉県出身 身長177cm フランス人の父を持つハーフ。86年にフジタ工業サッカー部に加入し、1992年に移籍したジェフ市原で4年間プレー。93年に日本国籍を取得し、翌年には日本代表に選出。現役引退後は、サッカー解説を始め、情報番組やラジオ番組などで幅広く活躍。出演番組はWOWOW『リーガ・エスパニョーラ』『リーガダイジェスト!』NHK『Jリーグ中継』『Jリーグタイム』など。