スマホとの付き合い方について警告する川島教授

スマホを捨てるだけで偏差値が10上がるーー。

衝撃的なデータから、大きな議論を巻き起こしている新書がある。「脳トレ」で有名な東北大学・川島隆太教授による『スマホが学力を破壊する』(集英社)だ。同書の中で川島教授が明らかにしたのは、スマホ使用がもたらす想像以上の悪影響だった。

我々はスマホとどのように付き合っていけばよいのか? インタビューで伺った。

■学力低下の原因は睡眠不足ではない

─きっかけは2013年に仙台市教育委員会が2万2390人の中学生を対象におこなった調査で「勉強時間が長くてもスマホの使用時間が長ければ、その分だけ学力が下がる」という事実は衝撃的でした。

川島 従来からTVやゲームが学力に与える影響については多くの調査が行なわれてきました。ちょうど私が仙台市の調査に加わったのが、スマホが急激に普及し始めるタイミングだったので、興味本位からスマホ等の携帯端末使用に関する項目を入れたのです。

しかし、それによって明らかになった事実は衝撃的でした。スマホはTVやゲームと比較すると、はるかに悪い影響を学力に及ぼすことがわかったのです。

―ネット等では「スマホを使うと睡眠時間が短くなるから学力が下がるだけでは?」という疑問も出ています。

川島 スマホの利用時間が長いということは、その分だけ睡眠時間が短くなっていると考えられます。睡眠不足が学力に悪影響を与えることはすでに多くの研究から明らかです。平均的な睡眠時間ならひと晩に4、5回現れるREM睡眠が、睡眠時間の短さによって減ってしまうことが原因です。学習した記憶が脳に固定されるのはREM睡眠中。睡眠時間が短いと、その分だけ学習内容が脳に定着しなくなります。

そこで、2014年の調査では「スマホ利用時間」「睡眠時間」「学力」という3つの要素がどのように関係しているかを調べました。その結果、数学でも国語でも、睡眠時間の長さが成績の決定要因ではない、という結果になりました。

驚くべきは「睡眠時間が8時間以上でスマホを4時間以上使用している生徒は、睡眠時間が6時間未満でスマホを使用しない生徒よりも成績が低い」という事実です。つまり、低学力の原因はスマホ使用による睡眠不足ではなく、スマホ使用そのものである可能性が高いということです。

最も「学力を破壊する」アプリは

■最も「学力を破壊する」アプリは…

―元々、学力が低い生徒がスマホを使用しているという可能性も考えられますが。

川島 その通りです。「スマホが学力を破壊する」と言い切るためには、クリアしなければならない課題がもうひとつありました。それは「元々、学力の低い生徒が、スマホを長時間使用しているのではないか?」という可能性です。つまり「学力が先かスマホが先か」という因果関係の問題です。

この点をクリアするために、私たちは子どもたちの追跡調査を行ない、複数年にわたってスマホの使用状況と学力の推移を調べました。

(1)「非使用」(スマホをずっと使用しなかった)(2)「導入」(途中からスマホを使用し始めた)(3)「中止」(当初はスマホを持っていたが、途中で使用するのをやめた)(4)「使用」(スマホをずっと使用し続けた)という4つのグループに子どもたちを分け、偏差値で生徒の学力の推移を追跡したのです。

「元々、学力の低い生徒がスマホを長時間使用しているのではないか?」という仮説が当たっているのであれば、「中止」の生徒に学力の変化は見られないはずですが、実際には調査したすべての教科で偏差値が上昇していました。そして「導入」の生徒は偏差値が下がっていた。

つまり、元々、低学力の生徒がスマホの長時間使用に走るのではなく、スマホの使用が学力を下げている可能性が高いわけです。

─スマホ使用の中で、とりわけ成績に影響を与えるのはどのような使い方でしょうか。

川島 LINEなど通信アプリの使用が特に学力に悪影響を与えている可能性が高いことが明らかになっています。現代の生徒・学生は自宅学習中もスマホを傍らに置き、通信アプリを通じて新しいメッセージが入れば反応する「ながら学習」が常態化しています。通信アプリによる悪影響は相当大きいことが明らかになりました。

しかし、これも脳科学の実験から明らかな話ですが、人間は同時にふたつのことには集中できないものです。例えば、現在は運転中のスマホ使用は道路交通法で禁じられています。いわゆる「ながら運転」ですね。スマホの使用が人間の作業能力を低下させることは“周知の事実”ですよね。これは学習においても同じです。

深刻なのはオトナの世代

■スマホ使用には法的規制も必要!?

─「誰もが納得できるエビデンスが揃った段階で、法的規制も必要なのではないか」とまでお書きになられていますが、小学生や中学生を対象とする法的規制というと、アルコールやタバコのような年齢制限を想像します。

川島 そうです。アルコールやタバコ、またギャンブルにも年齢制限が設けられていますが、その理由は依存症に陥る危険性があるからでしょう。最近は「スマホ依存症」という言葉も目にするようになりましたが、それらに比べるとスマホ依存症の危険度や使用のリスクについてはまだ研究が十分でないのは事実です。しかし、現時点でも「安全ではない」ということは明らかに言えるはずです。

未成年にリスクがあるとわかっているものを手渡し、それを自己責任だと突き放すことは私にはできません。少なくとも児童・生徒のスマホ使用に関しては、本書にあげたような「リスク」を含め、すべてを子ども達に開示し教育した上で、自分で使い方を決めさせるべきです。

―先生はこれまでのデータを基に講演会などで積極的に情報を発信されているそうですが、子どもたちからはどのような反応が多いのでしょう。

川島 中学生たちを対象にスマホが及ぼす悪影響について講演をしていて、希望を感じることもあります。講演後にグループディスカッションを行なうと、彼らはスマホがもたらすメリットと使用によって生じるデメリットを比較した上で「別にスマホがなくても学校生活は送れるから中学生にはスマホは要らない」という結論に至るのです。

むしろ、より深刻なのは彼らの親たち、オトナの世代です。私が中学生に示したのと同じデータを提示すると「それでもスマホがないと困る」と言う親が多い。子どもたちとは正反対の結論ですよね。オトナの世代は、すでに中学生以上にスマホに依存した生活をしていることが理由ではないでしょうか。

今回の新書に対して「所詮、学力の話だ、人生にはもっと大事なものがある」という反論が見られました。私も子ども達の全人的な能力を学力だけで測定できるとは全く思っていません。しかし、知恵や知識の獲得、そしてそれを運用(応用)する能力が学力という指標で測定できることも認めなくてはいけない事実です。

スマホが学力を破壊するということは、学習や記憶の定着に対して影響が及んでいる可能性が高いということ。決して子どもたちだけの問題ではないと私は考えています。『スマホが学力を破壊する』が、大人も子どももスマホとの向き合い方を考え直すきっかけになってくれればと願ってやみません。

(構成/田中茂朗)

●『スマホが学力を破壊する』(集英社新書 740円+税)