話題の書『アベノミクスによろしく』著者・明石順平氏(右)と東京新聞社会部記者・望月衣塑子氏がアベノミクスの真実に迫る!

働き方改革法案に盛り込まれていた裁量労働制に関する「不適切なデータ」、森友学園への国有地売却問題をめぐる「決裁文書改ざん」、そして自衛隊の「日報隠蔽」──今、安倍政権への信頼が大きく揺らいでいる。

安倍政権が高い支持率を維持してきた最大の理由はアベノミクスによる経済成長と言われているが、政権の命綱であるこの経済政策の成果も「都合のいいデータ」によって築かれた砂上の楼閣だったとしたらーー。

今、話題の一冊『アベノミクスによろしく』(インターナショナル新書)の著者・明石順平氏は「アベノミクスは大失敗だった」と断言。同書では政府や国際機関が発表した公式データを用いながら、アベノミクスの成果が幻想に過ぎないことを看破している。

なぜ、大失敗だったのか? 菅義偉(すが・よしひで)官房長官への厳しい追及で一躍、その名が知られた東京新聞社会部記者・望月衣塑子(いそこ)氏との対談で語る──。

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望月 世の中にはなんとなく「アベノミクスで経済は上向いている」という認識があると思います。確かに、2012年の第二次安倍政権成立以前に8千円台だった日経平均株価が今では2万円台にまで上がっている。しかし、依然としてデフレマインドが続いているし、人々の購買力が上がって豊かになったかといえば、決してそうではない。

では、アベノミクスを支持しているのは誰なのか? それはやはり経団連や、株を持っている一部の富裕層だけじゃないのかと私自身も肌感覚で感じるわけです。

ところが、菅官房長官は定例記者会見で「47都道府県で有効求人倍率が全て1倍を超えた。政権交代前に1倍を超えたところはたったの8県だった」などと経済の好調ぶりを何度も強調する。「なんだか言っていることが実感と違う」と違和感を抱きつつも、私を含めて官邸の会見を取材する記者に経済の専門家はほとんどいないので、ここまで繰り返しアピールされると、アベノミクスの成果を刷り込まれそうになってしまいます。

しかしこの本では、その違和感の正体がなんなのか、そして今の日本経済がどういう状態なのか、説得力のある具体的なデータを駆使してわかりやすく説明されているので「やはりアベノミクスは全然うまくいっていないんだ」ということが見えてきますね。明石さんご自身も経済の専門家ではなく本業は弁護士ですが、なぜ、そして誰に向けてこの本を書かれたのですか?

明石 大げさではなく「全国民」にです。高校生でもわかるくらいにかみ砕いて書きました。伝えたいことは端的に言えば、「アベノミクスが大変なことになってるよ」ということ。明らかに失敗している上に、そこから簡単には抜け出せない。とにかくメチャクチャなことになっているのが少し調べただけでわかってしまって、山火事を通報しているような感覚で執筆しました。「裏山が燃えているんだけど、誰も気づいてないから急いで知らせなきゃ」と。

本書を執筆したきっかけは「実質賃金が下がった」というニュースを目にしたことです。私は労働問題を専門とする弁護士なので、そこが最も気になったのですが、野党の皆さんもなぜ下がったのか説明できていませんでした。しかし、「名目賃金指数」と「実質賃金指数」「消費者物価指数」を見れば、何が起きたか一目瞭然です。

アベノミクス以降、消費者物価指数が不自然に上がり、それと鏡映しのように実質賃金指数が下がっている。(『アベノミクスによろしく』より)

明石 「名目賃金」と「実質賃金」の違いを簡単に言えば、名目賃金は受け取った賃金そのものの額で、実質賃金は物価を考慮した賃金のことです。例えば、賃金が1割増えたとしても、物価も1割上がったら実質的に賃金は上がったことにはなりませんよね。

アベノミクス以降、名目賃金は微増しましたが、実質賃金指数は2010年を100とすると、3年度の合計で4.3ポイントも下落しました。2015年度は過去22年間で最低値を記録しています。その理由は、消費税の増税に加え、アベノミクスの「異次元金融緩和」による円安で、物価が急上昇したからです。消費者物価指数だけが、誰かに引っ張り上げられたように不自然に上がっていて、それと鏡映しのように実質賃金指数が下がっている。

実質賃金が下落すれば、当然、家計の消費支出は冷え込むでしょう。実際、まるでジェットコースターのように急落しています。これで経済成長なんてするわけがありません。多くの人たちが抱える「生活が苦しくなった」という感覚の正体はこれなんです。実質賃金が下落し、消費が冷え込んだ。そして実質GDPは伸びていない。

アベノミクスの成果も初めから「結論ありき」?

アベノミクス以降の実質GDP成長率は、民主党政権時代の3分の1しかない(『アベノミクスによろしく』より)

望月 「アベノミクス以降の実質GDPの伸び幅は、民主党政権時代の3分の1しかない」という話は本当に衝撃的でした。

明石 内閣府HPに掲載されている「暦年実質GDP」によると、民主党政権の2010~12年の成長率は約6.1%、自民党政権の13年~15年ではわずか約1.9%です。消費が大きく冷え込んだから、実質GDPが伸びていないんですね。

望月 「GDPかさ上げ疑惑」もかなり胡散(うさん)臭いですね。

明石 2016年12月、内閣府はGDPの算出方法を従来の国際基準「1993SNA」から「2008SNA」に変更し、94年以降のGDPをすべて改定して公表しました。「2008SNA」では研究開発費などが加えられ、各年度のGDPがかさ上げされたのですが、アベノミクスが始まった13年度以降から異常にかさ上げ額が増えている。12年度の名目GDPかさ上げ額は20.3兆円でしたが、15年度は31.6兆円もかさ上げされています。

2016年、内閣府はGDPの算出方法を変更し、94年以降のGDPをすべて改定して公表したが、13年以降、異常にかさ上げ額が増えている(『アベノミクスによろしく』より)

明石 問題は、2008SNAとは関係のない部分までかさ上げされていることです。内閣府が公表したGDPの改定要因の内訳を見ると、2008SNAとは別に「その他」という項目があります。

この「その他」の増加額が極めて不自然なんです。「その他」の金額は94年度のマイナス約7.8兆円から2012年度まで平均するとマイナスで推移していますが、アベノミクス開始後は大きく増額し、15年度はプラス7.5兆円にもなっている。内閣府は改定から1年以上経過した平成29年12月22日、「その他」の内訳表のようなものを公表しましたが、それを見てもおかしな部分が多々あり、疑惑はいまだ残っています。

内閣府が公表したGDPの改定要因の内訳には「その他」があり、このかさ上げ額が極めて不自然だ(『アベノミクスによろしく』より)

望月 2020年までにGDPを600兆円にするという目標にすり合わせているのかもしれませんね。森友・加計問題への対応にも共通するのですが、政府が主張するアベノミクスの成果も初めから「結論ありき」で、あらかじめ決まっている方向に数字を合わせてしまおうという官僚の悪知恵が働いているようにも見えます。

政権の「ご意向」に沿ったデータを出すことで、人事権を握っている官邸から自分の将来を保証してもらおうという構造も他の問題と似ていて、これは政治家も悪いんですけど、官僚も一緒になって仕掛けているのかなと感じます。

明石 現実にはアベノミクスは全然うまくいっていないのに毎回、選挙になると経済を争点にして「結果を出しています」とアピールし、史上空前の長期政権を築いている。でも、本当は支持する理由なんてないんです。結果を出していないのに国民に嘘をついて、政権の座に居座り続けている。こんな不正義はないでしょう。

●第2回⇒若い世代が安倍政権を支持する“雇用改善”もアベノミクスとは無関係!? そもそも経済は「全然潤ってない」

(取材・文/川喜田 研 撮影/保高幸子)

●明石順平(あかし・じゅんぺい)弁護士。1984年、和歌山県生まれ、栃木県育ち。東京都立大学法学部、法政大学法科大学院を卒業後、現職。主に労働事件、消費者被害事件を担当。ブラック企業被害対策弁護団所属。ブログ「モノシリンの3分でまとめるモノシリ話」管理人

●望月衣塑子(もちづき・いそこ)1975年、東京都生まれ。東京新聞社会部記者。慶応義塾大学法学部卒業。千葉、埼玉などの各県警、東京地検特捜部、東京地裁・高裁を担当後、経済部などを経て社会部へ。2017年4月以降、森友・加計問題を取材し、官邸会見で菅官房長官の追及を続ける。著書に『武器輸出と日本企業』『新聞記者』(角川新書)など

●『アベノミクスによろしく』 (インターナショナル新書 740円+税)