漫画『セックス依存症になりました。』の監修をしていただく斉藤章佳氏(左)と作者である津島隆太氏

4月13日より、『週プレNEWS』で新たに連載をスタートし、反響を呼んでいる漫画『セックス依存症になりました。』――本作がデビュー作となる漫画家・津島隆太氏が自身の壮絶な実体験をベースに性依存症の実態、そして克服への道のりを描く異色作だ。

今回、その津島氏と本作の監修を務める精神保健福祉士・社会福祉士の斉藤章佳(あきよし)氏との対談が実現。現在も依存症からの回復の半途にいる津島氏が、2千人以上の性犯罪加害者と面談してきた斉藤氏とともに知られざるその実情を明かす!

前編『“楽しくない、でもやめられない”苦悩とは』では「彼女にハンマーで殴られても、他の女性とのセックスがやめられない」状態にまで陥った津島氏が、荒(すさ)んだ性生活からどのように回復へのプロセスを歩み出したのか…? 本日20日より第2話が配信、そちらとともにお読みいただきたい!

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―自らの依存を自覚し、「自助グループ(同じ症状を持った依存症患者が交流することにより、症状の回復を目指す団体)」に通い出したとのことですが、当然、依存症からの回復には「セックス断ち」が必要ですよね。

津島 そうなんです。グループにもよりますが、私の参加しているところではセックスはもちろん、マスターベーションすら禁止。セックスは1年、マスターベーションは4ヵ月していません。

当初は、セックスだけが私の生きがいだったこともあり、人生の喜びをすべて失ったような気分でした。TVを観ても音楽を聴いても楽しくないし、5分ともたない。

―4ヵ月…依存症でなくても辛そうです。

津島 と、男性なら誰しも思いますよね(笑)。私も「それすら禁止されたら、性欲が暴走して今度こそ犯罪を犯してしまうんじゃないか」と不安でした。

初めは、まさに心の中で悪魔が囁(ささや)くような感じです。「おまえはセックスもマスターベーションもできずにかわいそうだな」と。しかし不思議なことに3日、4日と時間が経つにつれて、悪魔の囁きが次第に遠のいていくのがわかるんです。それに伴い、徐々に性への渇望も薄れていく。これには自分でも驚きました。

斉藤 男性なら皆さん、覚えた時からずっと定期的にマスターベーションをされていますよね。ということはすなわち、それを「一定期間やめた」経験がある男性は非常に少ない。

性依存症患者の人はみんな、津島先生のように「それを断つなんて無理だ」と言うんですが、そういう人の誰もが断った経験がない。つまり、「マスターベーションをしなければ性欲が暴走する」というのは想像上の話でしかないんです。結果的に、やめてみたら意外と簡単だったという人が多い。

―そもそも、津島先生が依存症になったきっかけはなんなのでしょうか?

津島 幼少期、父親から暴力を受けていたことがひとつの要因かもしれません。父からの恐怖を紛らわすためにマスターベーションにふけっていたんです。

斉藤 依存症に陥る要因はひとつではありません。遺伝的要因、環境的要因、心理社会的要因と様々です。親からの虐待はその最たるものですね。対人関係の基盤が安定していなければ社会的に孤立していきますし、その結果として特定の依存先に耽溺(たんでき)するケースが多いです。

特に、対人コミュニケーションの機会が減少した現代社会では、ささいなきっかけで簡単に孤立してしまいます。SNSなどの発達で表面上のコミュニケーションは取りやすくなりましたが、一方では他人の投稿を見て「みんな幸せそうで羨ましいな」「それに比べて自分は充実していないな」と感じた経験がある方は多いのではないでしょうか。SNSには「つながればつながるほど寂しさを感じる」という、ある種、矛盾した側面があるんです。

ですから、大切なのはSNS上で繋がっている人の数ではなく、相手と直に会って交流すること。ジャーナリストのジョハン・ハリ氏の言葉で「アディクション(依存)の反対はコネクション(繋がり)」というものがありますが、依存症からの回復に関しても同じことがいえます。基本的な人間関係を何よりも大事にしてほしいですね。

―では自助グループに通われることにより、完治することができたのでしょうか?

津島 いえ、基本的にどんな依存症にも「完治」するということはないんです。私は1年、セックスをしていませんが、この期間をいかに長く保っていくか、という考え方ですね。正直、「このまま一生、セックスできないのか」と絶望することもありますが。

斉藤 日本では「アルコール依存症」の治療方法が他の依存症治療のモデルとなっています。かつてアルコール依存症患者のたどる道というのは「飲み続けて死ぬ」「断酒する」の二者択一でした。ただ「10年、断酒しています」「20年、断酒しています」という人でも、再びお酒を口にすればコントロールできずに元の生活に戻ってしまう。「回復はするけれども完治はしない」という考え方はそこからきているんです。そういう意味では、依存症は「脳の病気」です。

しかし最近、「ハームリダクション」という新たな治療法が登場しました。海外の薬物依存症患者の治療では今や主流になりつつあるのですが、「違法薬物を合法化する(自己使用に限って)」という考え方です。例えば、ポルトガルでは2001年にすべての薬物の所持と使用が非犯罪化されています。それどころか、病院などで新品の注射器を配ってもいます。要は、安全に薬物の使用さえしていればよいということです。

「この作品の読者の方には、“自分の問題”であると思ってぜひ読んでもらいたい」と語る、斉藤先生

依存症に陥るかどうかは誰しも“紙一重”

対談中もメモを取りながら話を聞く津島氏

―それだと、返って依存症患者が増える気が…。

斉藤 いえ、この施策の面白いポイントは薬物や注射器と一緒に「病院の連絡先」を渡す点なんです。「依存先を完全に断つ」のではなく「まずは自分の意思で薬物の使用をコントロール下におく」ことを目指すということ。そして「コントロール下に置けなくなったらいつでも助けを求めていいよ」ということなんです。

例えば、私が以前、視察したオーストラリアのトイレには使用済み注射器用のゴミ箱まで用意されていますから、非合法で薬物を手に入れ、使い回しの注射器を使うこともなく、エイズやC型肝炎などの感染症を防ぐこともできる。事実、この政策を導入した国の薬物依存症患者や感染者の死亡者は減っています。

ハームリダクションが他の依存症治療でも主流になっていくと、性依存症などの行為、プロセス依存や関係依存にしても「完全に断つ」という方法以外の選択肢が生まれます。依存症のせいで性感染症になったり、不倫をしてしまい家庭崩壊したりというケースはもちろん問題ですが、そもそもセックスって人間が生きる上で大切なことじゃないですか。

―確かに、性行為が自信や承認欲求にも繋がる場合もありますよね。

斉藤 従来の「完全に断つ」というのもひとつの方法ではあります。しかし「性的な満足感を得る」というのも生きる上で非常に重要なこと。ハームリダクションを治療に導入すれば、特定の人とのみのセックスや常識的な回数のマスターベーションをしつつ回復へ向かうことができるかもしれない。もちろん、自分の中である程度、リスクマネジメントできるという条件が必須ですが。

―治療法の選択肢が増えれば、依存症から回復する方も増えますよね。

津島 私の自助グループにも、弁護士や教師や大手企業の重役など職業や地位に関わらず様々な方が訪れています。いろんな方が依存症に陥り、「加害者」になってしまうんです。連日のように性犯罪事件が多発していて、これは社会的にも大きな損失だと感じています。

それに、私は痴漢や強姦といった犯罪行為こそしていないものの、若い女性と過激な性行為をしてきた。彼女たちもある意味、「被害者」といえるでしょう。加害者と被害者、その両方を今後少しでも減らすために『セックス依存症になりました。』で、その実態を周知していきたいと思います。

斉藤 前編でも述べた通り、性依存症患者の方は性格が歪んだ人でもなければ、性欲が抑えきれない変態でもない。そもそもセックスは男女問わず日常的に行なう行為ですから、依存症に陥るかどうかは誰しも“紙一重”なわけです。ですから、この作品の読者の方には、性依存症が“自分の問題”であると思ってぜひ読んでもらいたい。ここでいう“自分”とは、本人がなるかどうかということだけではなく、読者の友人が依存症になるかもしれないし、家族が陥るかもしれないということです。

街中で「痴漢は犯罪です」と啓発するポスターはよく目にしますが「痴漢は依存症です。病院に行きましょう」と教えてくれる人はなかなかいませんよね。でも、病院に行きさえすれば回復への道筋は開ける。『セックス依存症になりました。』を通じて、そういう知識が少しでも広まればいいですね。

(取材・文/結城紫雄 撮影/鈴木大喜)

自身の壮絶な実体験をベースに「実態を漫画で周知したい」と素顔を晒し、覚悟を持って作品にのぞむ津島隆太氏

『セックス依存症になりました。』第2話は本サイトにて!

津島隆太つしま・りゅうた)年齢、出身地ともに非公表。長く漫画アシスタントを務め、4月13日(金)より自らの経験を描いた『セックス依存症になりました。』で連載デビュー。

斉藤章佳さいとう・あきよし)1979年生まれ。精神保健福祉士、社会福祉士としてアルコール依存症や性犯罪、ギャンブル依存などさまざまな問題に携わる。『男が痴漢になる理由』(イースト・プレス)、『性依存症のリアル』(共著、金剛出版)など著書多数