「核放棄はおろか、対話によって北朝鮮の体制が変わると楽観視している韓国国民はごく僅か」と語る金秀蕙氏

韓国の文在寅大統領と北朝鮮の金正恩委員長が4月27日、南北首脳会談を開く。さらに6月には、トランプ大統領との米朝首脳会談も行なわれる見込みだ。

平昌オリンピック以降、激変した北朝鮮をめぐる状況を、一番の当事者である韓国の人々はどう見ているのか? そして、この問題における日本のプレゼンスはどうなる? 「週プレ外国人記者クラブ」第114回は、「朝鮮日報」東京支局長、金秀蕙(キム・スヘ)氏に話を聞いた──。

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─あれほど高まっていた緊張が和らぎ、南北対話だけでなく、米朝首脳会談も実現しようとしています。この状況を韓国の人たちはどのように受け止めているのでしょうか?

 文大統領の対話路線によって朝鮮半島の緊張状態が和らぎ、現時点では核実験もミサイル発射実験も止まっていますから、この状況に関しては韓国国民の多くが歓迎していると思います。

北朝鮮問題にはアメリカ、中国、ロシアといった大国が関わっています。中国とロシアは今や「帝国」のような状態ですし、アメリカのトランプ大統領はご存知のように何をするか予測不能ですよね。日本の安倍首相も非常に強いキャラクターの持ち主です。その中で文大統領はバランスの取れた外交をしていると評価されていますが、もし対話路線が失敗に終わった時、その代償はこの問題の一番の当事者である韓国が被ることになる。その不安も多くの国民が感じていると思います。

歴史を振り返ると、北朝鮮問題は過去に「緊張」→「圧力」→「対話」→「北朝鮮の裏切り」というパターンを何度も繰り返しています。先日、「聯合ニュース」の10年前の記事と今年の記事を見比べてみたのですが、登場人物の名前を入れ替えれば同じ記事のコピーかと思うほど内容が酷似していました。核放棄はおろか、対話によって北朝鮮の体制が変わると楽観視している韓国国民はごく僅(わず)かだと思います。

─そもそも、韓国の人たちは北朝鮮問題がどのような形で解決することを望んでいるのでしょう? 将来的に「統一」を望んでいるのか、それとも別の道を歩みたいのか、本音は?

 それは韓国国民にとって本当に難しい問題です。少なくとも今は「統一するのか、しないのか」を議論する遥か以前の段階であることは間違いありません。統一に向けた唯一の現実的なシナリオは、イデオロギーの違いはさておき、北朝鮮が軍事力を下げ、今よりも「普通の国」になることです。例えば中国のように経済開発を行なって自立できる国になることが大前提で、それでようやく「その先」の議論ができるようになると思います。

それ以外のケースは、どれも悲惨な結果にしか繋がらないでしょう。仮にこのまま北朝鮮の体制が崩壊すれば、北朝鮮から多くの人が流れ込み、その影響を正面から受けるのは韓国です。また、北朝鮮に対する中国の影響力が今より大幅に高まることも望ましいことではありません。

アメリカによる「サージカル・ストライク(限定的攻撃)」が成功して金正恩氏だけを排除できれば、韓国国民の99%が歓迎するでしょう。しかし、その攻撃が失敗して本格的な戦争に発展した場合、韓国が払わなければならない代償はあまりにも重すぎます。国民の生命に関わると同時に、朝鮮半島全体の問題を韓国が抱え込むことになるという、あまり考えたくないシナリオです。

─文大統領が対話路線を始めた時、日本の政府関係者は疑念と反対の意思を示し、「対話ではなく、最大限の圧力を」と繰り返し訴えていました。こうした日本の姿勢を韓国の人たちはどう感じたのでしょうか?

 多くの人たちは「内政干渉だ」と反発を感じていると思います。もちろん北朝鮮の脅威に曝(さら)されているのは日本も同じですが、先述したように、最も大きな影響を受けるのは韓国です。

その一方で興味深い現象も見られました。対話路線が始まる前、北朝鮮問題に関して韓国の存在感が弱まっていた時期に、日本の一部メディアはこの状況は「コリア・パッシング(韓国抜きで話が進むこと)」だと盛んに論じていました。ところが、南北対話の機運が高まると、今度は逆に米韓が日本を置き去りにした「ジャパン・パッシング」のような状況になり、韓国のメディアはそれを大きく扱っています。

日本も韓国も双方が「アメリカのNo.1の子分」という座をめぐってライバル心をむき出しにしているけれど、結局、どちらもアメリカの言うことには逆らえないという、似たような立場にあるのではないでしょうか。

「アメリカのNo.1の子分」で日韓がライバル視

─アメリカという強いお父さんには逆らえないけど、いつも張り合ってケンカばかりしている「仲の悪い兄弟」みたいな関係ですね。

 そう思います。小泉政権時代に拉致問題での合意をきっかけに日本が北朝鮮との対話路線に転じた時は、現在とは逆に韓国側から「北朝鮮にもっと圧力をかけるべきなのに、なぜ日本は対話に転じてしまったんだ」という不満の声が挙がりました。

日韓には様々な問題があり、常にお互いを批判しあっていますが、実は両国は「同じ船に乗っている」といえます。日本から「対話ではなく圧力を」と言われると、確かに韓国は反発しますが、その一方で「日本が圧力をかけているからこそ、こちらは北朝鮮に対して対話を呼びかけやすい」という状況になるとも言えます。

─金正恩氏は米朝首脳会談で「朝鮮半島の非核化」について話し合う準備があると言っています。それは実現すると思いますか?

 「朝鮮半島の非核化」が何を意味するかによりますが、少なくとも北朝鮮が一方的に核を放棄することはあり得ないでしょう。そもそもアメリカが対話に応じると言い出したのも核の脅威があったからで、それを簡単に手放すはずがありません。

─では、北朝鮮が言う「朝鮮半島の非核化」の意味が「核を手放す代わりに在韓米軍も撤退する」という場合ではどうでしょう?

 とても難しい問題です。仮に核を手放したとしても、その結果、北朝鮮が「中国の核の傘」に守られることになれば、韓国も同様に「アメリカの核の傘」に守られることがより重要になるからです。もし在韓米軍が撤退したら、韓国は中国とロシアの脅威に曝(さら)されることにもなります。

金正恩氏はいつ約束を破るかわからない、むしろ約束を破る可能性のほうが高い人物なので、在韓米軍の代わりとなる保障が目に見える具体的な形で示されない限り、韓国国民の多くは米軍撤退には賛成しないでしょう。それもなしに米軍撤退を受け入れるようなことがあれば、国内で反対デモが起きるかもしれません。

この「米軍の存在」という点でも、韓国と日本の状況は非常に似ていると思います。日本でも韓国でも、多くの人は心の底から「自国に米軍がいてほしい」とは思っていないけれど、「米軍なしでは他国の脅威に立ち向かえない」という現実的な不安があり、米軍の存在は一種の「必要悪」のように思われているからです。だから、日本がアメリカとの同盟を強化し防衛力を高めることに関しては、韓国の人たちの中にも一定の理解があると思います。

(取材・文/川喜田 研)

金秀蕙(キム・スヘ) 1973年韓国ソウル生まれ。「朝鮮日報」東京支局長。2012年寬勲(クァンフン)クラブジャーナリズム賞、2001年、2008年サムソンジャーナリズム賞受賞。朝鮮日報で初の女性"機動取材チーム長(警察キャップ)"となり、2015年3月に東京支局就任