昨年チャンピオンとなり、エアレースの顔として今季に臨んでいる室屋義秀 photo by Predrag Vuckovic/Red Bull Content Pool

眩い太陽と青い海…。4月20~22日の3日間、レッドブル・エアレース・ワールドチャンピオンシップ2018の今シーズン第2戦がフランスのリゾート地、カンヌで開催され、世界最高峰の操縦技術を誇るパイロットたちが、南仏の青空に激しい戦いのドラマを鮮やかに描き出した。

フランスでレッドブル・エアレースが開催されるのは初ということもあり、フランソワ・ルヴォ、ニコラス・イワノフ、ミカ・ブラジョ―という3人のフランス人パイロットの活躍に大きな期待が寄せられた今回のレースだが、そのフランスでも注目を集めていたのが「2017年エアレース・チャンピオン」の室屋義秀だ。

参戦6年目の昨年、シーズン4勝をマークして、最終戦で劇的な逆転王座を手に入れた「サムライ・パイロット」は、もはや「東洋から来た挑戦者」ではなくディフェンディング・チャンピオンとして、またレッドブル・エアレースを代表するパイロットとして、チームからもライバルからも、ファンやメディアからもリスペクトされる存在になっている。

だが、常に謙虚で冷静で、平常心の「室屋義秀」はこうして王者となった今もほとんど変わらない。「チャンピオンになって、何か変わったことは?」と尋ねれば「もちろん、メディアの取材は増えたし忙しくなったけど、それはある程度予想できていたことで、自分としては何も変わらないつもりなんですけどね。逆に、何か変わったように見えます?」と、こちらが問い返される始末。

確かに、気取らない受け答えも含めて、飄々(ひょうひょう)とした室屋の姿は一見、「これまでと何も変わっていない」ように見える。だが、去年までのレースで感じたのは明らかに違う、自信や風格のようなものがその表情や佇まいから自然と漂っている。

実際、そうした「自信」や「風格」はカンヌでの戦いぶりにもハッキリと表れていた。2月に行なわれた開幕戦、アブダビでは優勝こそ逃したものの、2位表彰台と順調なスタートを切った室屋は、第2戦カンヌでも初日のフリープラクティスから好調さをアピール。

空力性能と整備性の向上を狙った新しいエンジンカウルや、操縦性の向上が期待される新型のウイングチップ(主翼先端の空力パーツ)など本来は開幕戦から使用予定だった2018年仕様の新型パーツも今回から投入され、機体の改良も順調に進んでいる。何より印象的だったのは、常に安定して好タイムをマークしながら室屋の表情に「余裕」があることだ。

翌日のレースでは初戦「ラウンドオブ14」でカナダの強敵、ピート・マクロードをあっさりと下し、続く「ラウンドオブ8」でも地元・フランス期待の若手パイロット、ミカ・ブラジョ―を難なく撃退。開幕戦のアブダビに続いて、2戦連続でトップ4人による直接対決「ファイナル4」に進出。

「ここ一番の勝負」という状況でいつでも使えるように、常にポケットの中に「コンマ数秒」の余裕を持ちながら、その時の状況に応じて安全に安定して好タイムをマークするーーこれが、カンヌで見た「王者・室屋」の新しい戦い方だ。

「地元日本での3連勝」が実現すればエアレース史上初の快挙

昨シーズンまでは、空中でのターンをギリギリまで攻めるあまり、時に「オーバーG」(旋回時に機体にかかる重力≒Gが最大の10Gを0.6秒以上超えた場合に科されるペナルティ)に泣かされることも多かった。

だが、今季は機体の改良や空中でのライン取りの最適化によって、旋回時のGにある程度の余裕を持ちながら効率よく安定して好タイムが記録できるようになったことで、一定の余裕を残しながら好タイムをマークする場合と、多少のリスクを背負ってでも「攻める」必要がある場合をレースコンディションや対戦相手に応じて自在に使い分けている。

それでも「常に思うようにはいかない」のがレッドブル・エアレースの難しさでもあり、「奥深さ」だろう。カンヌでのラウンドオブ8では57秒374と全パイロット中のトップタイムをマークし、このまま行けば今季1勝目、悪くても表彰台は確実…と思われた。

しかし、室屋はターン8で突然の風にあおられて飛行ラインを崩してしまう。パイロンタッチを避けようと機体を傾けた結果、「インコレクトレベル」(機体が規定より傾いた状態でゲートを通過した際に受けるペナルティ)で2秒加算、そのあおりで理想の飛行ラインを外してしまい、まさかの4位。優勝はオーストラリアのマット・ホール、2位にマティアス・ドルダラー、3位にマイケル・グーリアンがつけた。

カンヌでは惜しくも4位だった室屋だが、次戦は地元で優勝を狙う photo by Joerg Mitter / Red Bull Content Pool

「金曜日、土曜日とほとんど風がなかったので、ターン8で突然、風にあおられた時にきちんと対応できませんでした。パイロンタッチは逃れたもののペナルティをもらい、その後のバーティカルターン(垂直ターン)のラインもズレてしまい、あそこでコンマ7秒ぐらいは失ったと思います。

ラウンドオブ8のピート(マクロード)が同じ場所で風にあおられてパイロンタッチしていたのに、ファイナル4では他のパイロットの飛行を見ていなかった、その結果、突然の風の可能性をきちんと意識していなかったのは今回の反省点ですね。ただ、シーズンはまだまだ長いし、ランキングトップのグーリアンとの差もわずかに5ポイントですから、これから次の千葉戦に向けてしっかりと準備をしたいと思います」

「勝てるレースを失った」悔しさを隠しつつ、淡々と語るその目はすでに5月26、27日に開催される第3戦、千葉に向いている。カンヌのレース後、室屋は愛機と共に日本の拠点である「ふくしまスカイパーク」に戻り、地元・日本での一戦に向けてトレーニングする予定だという。

ちなみに、自身にとって記念すべき初勝利となった2016年、そして昨年の優勝に続く「地元日本での3連勝」が今回実現すれば、母国イギリスで2連勝をマークしたレジェンド、ポール・ボノムを超えるレッドブル・エアレース史上初の快挙となる。

今やレッドブル・エアレースの「顔」となり、王者の風格を身に着けたディフェンディング・チャンピン「サムライ・パイロット室屋義秀」──千葉・幕張海浜公園のビーチを埋め尽くすファンの大歓声が母国凱旋のその雄姿を、歴史的なフライトを待ち望んでいる。

(取材・文/川喜田研 写真提供/レッドブル)