「交互浴の聖地」とも呼ばれる高円寺の小杉湯。屋根に上る3代目の平松さんと銭湯小説を書いた小野さん

近年、若い世代から再び注目されている銭湯。湯船に浸かって体を洗う場所ではあるが、一方で地域住民によるコミュニティが形成されるスポットとしても重要な役割を果たしている。

今回は、東京・高円寺で「小杉湯」というユニークな銭湯を営む平松佑介さん(37歳)と、銭湯×シェアハウスを舞台にした小説で重版を重ねる『メゾン刻の湯』の著者・小野美由紀さん(32歳)さんが銭湯の魅力について対談。前編では失われゆく銭湯の地域に根ざす存在意義などを語ってもらったが、後編ではさらにホットな熱々トークを展開!

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小野 平松さんは隣の風呂なしアパートで「銭湯ぐらし」というプロジェクトをおやりになっていますが、あれはどういう経緯で始まったんですか?

平松 小杉湯の隣に建つ風呂なしアパートを解体することになったんです。12人の方が住んでいらしたので、立ち退きには数年間かかると覚悟していました。でも、告知して1年後には全室空き家になっちゃった(笑)。

小野 予想外の展開で(笑)。

平松 取り壊しまでの1年間、ずっと空き家なのはもったいないから、いろんな人に相談したんですよ。結果的に小杉湯のお客さんでもあるクリエイターやアーティストに家賃無料で住んでもらって、隣に銭湯がある暮らしを作品やイベントにフィードバックしてもらうというアイデアが固まりました。

小野 ああ、いいですね。

隣のアパートを「湯パート」として住人たちで改装。取り壊しが決まっているため、部屋にも各々が自由に絵を描いたりしていた(写真提供:小杉湯)

平松 実際にやってみて、彼らが口を揃えて言うのは「シェアハウスも楽しいんだけど、生活をシェアしなきゃいけないという強迫観念がある。でも、『銭湯ぐらし』はコミュニケーションじゃなくお風呂に入ることが目的で、コミュニケーションは自分で調整できるのがいい」ということ。

小野 ああ、そういう見方でもあるんですね。

平松 小杉湯が好きで集まってくれた才能あふれるメンバーなので、アパート解体後もいろいろやります。まず、「銭湯暮らし」を法人化して小杉湯が発注する側になる。ウェブサイトやロゴを作ったり商品開発をしたり、プロデュースを彼らに依頼するつもりです。

小野 平松さんにとって心強い存在になったんですね。

マックよりも銭湯のほうが多い!?

「銭湯ぐらし」メンバーには建築家やイラストレーター、編集者などそれぞれジャンルの違うクリエイターたちが集まった(写真提供:小杉湯)

■「減っている」のはイメージ、東京の銭湯はマクドナルドより多い

平松 あと、ちょっと真面目な話になるんですが、皆さん、銭湯は減っていると思っているでしょう。

小野 そうですね。

平松 厚生労働省が毎年統計を出していて、東京都は戦後の一番多い時期の銭湯の数は約2700軒。要するに、今のセブンイレブンと同じ密度で銭湯があったんです。

小野 へえ~、そんなにあったんだ。

平松 それが確かにがんがん減っていて、2017年の時点で東京に561軒。ちなみに、マクドナルドは349軒です。

小野 マックより多いんだ。

平松 ただ、これは東京と大阪だけの話。埼玉には67軒しかありませんから。

浴室の裏にある釜場。外のボイラーに繋がっており、小野さんが横たわる下には熱湯が。暖かいため、洗濯物を干したり昼寝したりと住居スペースの一部にもなっている

小野 沖縄には1軒しかないみたいですね。私、今回の本を書くために川口の喜楽湯で2日間だけ働かせてもらったんですが、そこの番頭の湊研雄君がこの間、行ってました。沖縄最後の銭湯だって。

平松 だから、東京にはまだまだ銭湯はたくさんある。

小野 以前、文京区本郷に住んでいたんですが、月の湯、おとめ湯、菊水湯と、約2年間で銭湯が立て続けになくなったことがあって。風呂なしアパートに住んでいる独居老人の方とか、遠くの銭湯までに行くのは大変ですよね。

平松 高円寺も古いアパートにひとりで住んでいるお年寄りは多い。行政の人に聞いたんですが、高齢者を外に連れ出すための施策をすると、お婆ちゃんは来てくれるけど、お爺ちゃんはなかなか出てこないらしい。でも、そんな彼らが乗ってくれるのは銭湯関連のイベントだそうです。

小野 へええ、いい話ですね。

平松 銭湯の吸引力の強さにあらためて気付きました。

若者の間で"セフレ"が広がる!?

■略して"セフレ"!? 銭湯フレンドを作る人が増加

小野 最後に、経営側だから知っている「銭湯あるある」も聞きたいです。

平松 実家が銭湯だというと、絶対に言われるのが「番台をやらせてくれ」。そのたびに「番台は今はもうないんだよ」と説明しなきゃいけなくて面倒臭い(笑)。

小野 今は脱衣場が見渡せないんですよね。

平松 「家にお風呂はあるの?」というのも必ず聞かれます。「そりゃ、あるよ」と(笑)。

小野 銭湯の経営者も自分の銭湯に入るんですか?

平松 入らないオーナーさんも結構いるみたいですが、平松家はみんな入りますよ。空いてる時間帯に。やっぱり、自分で入らないとお湯の感じがわからないから。長女と次女を入れる担当の近所のおばちゃんもいます(笑)。

小野 いいコミュニティですね(笑)。

平松 あと、特に最近は若い男のコが「お洒落なバーに連れてってあげるよ」みたいなノリで女のコを連れてきますね。

小野 あ、でもそれはわかります。私も付き合ってる人が自分の"推し銭湯"に連れてってくれたらすごく嬉しいし。そこの趣味が合うかはめっちゃ大事。そういえば、私の周囲には銭湯フレンドを作る人が増えています。

平松 いいネーミングですね。

小野 男性同士が多くて、SNSで呼びかけて一緒に行ったり。行った後は「〇〇さんとなんとかの湯に行ってきました!」という報告を載せたりしてて面白い(笑)。

平松 確かに、男性の2、3人組は多いなあ。今の若いコはお金を使わないで楽しむのが上手なんですよね。

小野 東京だと460円。私はこの金額で随分救われました。

平松 銭湯は肉体的にも精神的にも癒やしてくれる。僕は「余白を作る」と言っているんですが、そういう場所を今後も提供し続けていきたいですね。

(取材・文/石原たきび 撮影/山口康仁)

小野美由紀(おの・みゆき) 1985年生まれ 東京都出身 文筆家 慶應義塾大学文学部仏文学専攻卒業。クラウドファンディングで「原発絵本プロジェクト」を立ち上げ、絵本『ひかりのりゅう』(共著、絵本塾出版)を出版。『傷口から人生。』(幻冬舎文庫)で作家デビュー。世界一周するほどの旅好きで著書には『人生に疲れたらスペイン巡礼』(光文社新書)も。

平松佑介(ひらまつ・ゆうすけ) 1980年生まれ 東京都出身 中央大学商学部経営学科卒業。住宅メーカー・スウェーデンハウス株式会社で営業を経験し、株式会社ウィルフォワードの創業メンバーとしてコンサルタントを経たのち、小杉湯の3代目へ。

■小杉湯 営業時間:15時30分~25時45分 住所:東京都杉並区高円寺北3-32-2 電話:03-3337-6198 定休日:毎週木曜日 Twitter:@kosugiyu