激動の半生を語るマリオ・ルチアーノ氏

シチリアで生まれ、父と共に5歳でアメリカに渡り、9歳で映画『ゴッドファーザー』で知られるルチアーノ・ファミリーに加入。マフィアの一員としてコロンビア、パキスタン、フィリピンなどを転々とし、たどり着いた日本では山口組系とも深い関わりのあったマリオ・ルチアーノ氏。

現在は東京・銀座と茅場町でイタリアンレストランを経営する彼がこのほど自伝『ゴッドファーザーの血』を上梓。激動の半生を語った。

■マフィアでありながら山口組の盃を受けた男

―20世紀初頭のアメリカにおける暗黒街の大ボスで、映画『ゴッドファーザー』でも知られるラッキー・ルチアーノとマリオさんは、どのようなつながりなのでしょう。

マリオ ラッキーは母方の親戚です。とはいえ彼は62年に死去し、私は64年生まれなので当然、会ったことはありません。それどころか、誰も教えてくれなかったので、私はこの事実を17歳の頃まで知りませんでした。マフィアのファミリーとはそういうものです。

―それでも9歳でマフィアの手伝いを始め、その後も生死をかけて世界を転々としながら、グレーな仕事で大金を稼ぐ…。本書ではまさに映画顔負けの人生が綴られていますね。

マリオ 口の中に拳銃を入れられたことは一度や二度ではありませんし、刺されたこともある。殺されてもおかしくないことが何度もありました。今でもフラッシュバックがあります。ただし、私は犯罪に手を染めたことは一度もない。それだけは公言できます。

―今は完全に裏社会から足を洗ったとありますが、そんなに簡単に抜けられるものなのでしょうか?

マリオ 私はマフィアのファミリーではありましたが、メンバーではありません。つまり、ヤクザでいえば構成員ではないのです。メンバーだったら簡単に抜けることはできないでしょうね。

―そのあたりは映画『ゴッドファーザー』の世界ですね。

マリオ あの映画はロマンチックな部分が強調されすぎている気がしますが、それでもストーリーは半分以上は本物です。映画では弟が実の兄を殺す場面がありますが、裏切ったら家族であっても殺すのがマフィアのルールです。子供にだって手を出す。その点、日本のヤクザは指を詰めさせることはあっても、人の子供に手を出すことは絶対にない。日本のヤクザは心があると私は思います。

―マリオさんはマフィアファミリーでありながら、山口組の盃をも受けることになりますが、イタリアのマフィアと山口組に共通点はありますか?

マリオ 共通するのは目的、つまりマニー(お金)です。あとは、厳格なルールがあることでしょうか。逆に違うのは規模の大きさです。海外マフィアは、多くてもせいぜい3千人くらいですが、山口組は全盛期は構成員が数万人もいた。間違いなく世界最大の“マフィア”といえます。

お酒などなくともすてきな女性がいたら、それだけで酔っぱらってしまいますからね(笑)

■麻生大臣にはマフィアのドンのオーラがある

―盃を受けた後は、具体的にどのようなことをされていたのでしょうか?

マリオ 簡単に言えば「経済ヤクザ」です。預かったお金を増やすのが私の仕事でした。とはいえ、法に触れることはしていませんし、私はこれまで一度も警察に呼ばれたことはありません。

―マフィア、そしてヤクザとして生きた半生をふり返って「私のこれまでの生き方は、間違っていたのだ」と綴(つづ)られたのはなぜでしょうか。

マリオ 私はこれまで、手に入れられるものはなんでも手に入れてきました。でも、それはいいことではなかったし、むしろ寂しいものだと思います。煌(きら)びやかなスーツを身につけ、見た目は華やかなマフィアを一般の方は「カッコいい」と見るかもしれませんが、はっきりいって心は死んでいます。私は親や家族といった、人生で一番、大事にすべきものに目を向けずに、気づけば皆を亡くしました。本当にヒドイ男だと思います。

―それに気づいたのはいつでしょうか。

マリオ 母親が亡くなる直前、スカイプで35年ぶりに話をした時です。母の顔を見た時、言葉が出てこなかった。画面に現れた白髪と皺(しわ)だらけの女性を見て「これが本当に私の母なのか?」と思うと愕然としました。なぜ、もっと早く顔を合わせなかったのだろうと激しく後悔しました。

もう自分の人生に意味などない、生きていても仕方ないとまで思うようになったのです。

―そこからもう一度、立ち直れたのはなぜでしょうか?

マリオ まずは日本という国を愛したことです。そしてこの国には自分のような最低の人間をも愛し、応援してくれる人がいました。残りの人生は自分のことよりもそういう人たちのために生きたいと思い、裏社会から足を洗ってレストラン経営に励むようになりました。

―東京・茅場町にあるレストラン「ウ・パドリーノ」には、今年2月に財務大臣の麻生太郎さんもいらっしゃったと聞きました。

マリオ 麻生さんは映画『ゴッドファーザー』の大ファンで、私にも興味を持って来店してくれました。本当にカッコいい方でしたね。歩き方、座り方、食べ方、葉巻の吸い方、どれもサマになっているし、何より上品でした。マフィアやヤクザの世界では、本当のトップは驚くほど上品です。麻生さんにはマフィアのドンのようなオーラ、器の大きさを感じました。

―最近、麻生大臣は必ずしも国民からいいイメージを持たれていないようですが。

マリオ なぜかこの国では自国のトップやスーパースターのあら探しをして壊そうとする。貴乃花もそうですが、それが私にはとても残念です。日本は世界一マナーがよく、言葉も美しいこの国で、なぜそんなことが起こるのか残念でなりません。

―ちなみに今、日本のヤクザが完全に行き場を失っていることについては、どう思われていますか。

マリオ かわいそうだと思います。ヤクザの肩を持つわけではありませんが、最近、日本ではカタギの人間のほうが悪いことをしているのでは?と思うこともよくあります。

アメリカではかつて、マフィアの五大ファミリーの力が弱まると、メキシコやコロンビアなど外国のマフィアやチンピラがどんどん入ってきて、やりたい放題するようになった。ヤクザが弱体化した今の日本にも海外のマフィアやチンピラが続々と入り、それに近い状況になりつつある。東京五輪を前にとても心配です。

―本の中に「酒に酔わなくても人生は十分に楽しむことができる」とありました。名言ですね。

マリオ お酒には興味がありません。最近は1ヵ月に一度くらいは、葉巻を吸いながら、ブランデーをちょっとだけ飲みますがね。お酒などなくともすてきな女性がいたら、それだけで酔っぱらってしまいますからね(笑)。

●Mario Luciano(マリオ・ルチアーノ)1964年生まれ、イタリア・シチリア島カターニア出身。世界各地を転々とし、23歳のときに来日。長らく「経済ヤクザ」として活動していたが、今は足を洗い、東京・銀座と茅場町でレストランを経営

(取材・構成/中村 計 撮影/ヤナガワゴーッ!)