ガードの上からも効かせ、ボディでも相手を吹き飛ばす井上尚弥のパンチの破壊力はマイク・タイソンのよう

5月25日にWBAバンタム級王者ジェイミー・マクドネルを1RにTKOし、日本人最速のプロ16戦で世界3階級制覇を成し遂げた井上尚弥が、「ワールド・ボクシング・スーパーシリーズ(WBSS)」に参戦予定だ。

そもそも、WBSSとはどんなトーナメントなのか? そして井上が優勝する可能性は? “世界一のボクシング・カメラマン”福田直樹氏のコメントを交えて解説するーー。

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WBSSとは昨年、ヨーロッパで始まったトーナメントでコンセプトは「真の世界最強は誰かを決める」というものだ。

ボクシングには現在、メジャー団体だけでもWBA、WBC、IBF、WBOと4団体が存在し、それぞれが世界王者を認定している。しかも団体によっては世界王者の上に“スーパー王者”がいたりして、誰が本当の世界一なのかわかりにくい状態にある。それを払拭(ふっしょく)し「真の世界最強は誰か?」を決めようというトーナメントがWBSSなのだが、始まった経緯を福田直樹氏に解説してもらおう。

福田氏は2001年から15年間、アメリカに在住して世界戦を撮り続け、全米ボクシング記者協会の最優秀写真賞を4度も受賞したカメラマンで、ライターとしてのキャリアも長い。

「2009年から11年にかけて、アメリカのTV局Showtimeが主催したスーパー・ミドル級の世界最強を決める“スーパー・シックス”という大会がありました。10年から11年には、同じくShowtime主催のバンタム級トーナメントも行なわれました。

スーパー・シックスには、WBAスーパー・ミドル級王者ミッケル・ケスラーやWBC同級王者のカール・フローチ、元統一ミドル級王者ジャーメイン・テイラー、アテネ五輪金メダリストのアンドレ・ウォードらが参加して注目を集め、ウォードが優勝しました。バンタム級トーナメントもやはりメジャー選手が集まって成功しました。

今回のWBSSはこれらを手本として、ゴールデンボーイ・プロモーションの元CEOリチャード・シェイファーとドイツ人プロモーターのカレ・ザワーランドが主催するものです。敏腕プロモーターとして知られるシェイファーが中心になっているだけにしっかりしたトーナメントだといえるでしょう」

スーパー・シックスは優勝者が決まるまでの期間が2年以上と長すぎたので、今回のWBSSはそれより短い期間で行なわれる。シーズン1が昨年9月に始まり、まずクルーザー級とスーパー・ミドル級の重量級トーナメントが開催されており、決勝戦は両階級とも今夏後半に行なわれる予定だ。賞金総額は5千万ドル(約55億円)、各階級の優勝賞金は1千万ドル(約11億円)と高額で、優勝者にはモハメド・アリ・トロフィーも授与される。

「賞金も魅力ですし、アリの名を冠したトロフィーを授与されるというのも非常に名誉なことですから参加選手全員が燃えているでしょう」

誰も井上攻略法を見つけることはできない

参戦が決定しているのは、WBAバンタム級スーパー王者ライアン・バーネット(26=英、19戦全勝9KO)、WBO同級王者ゾラニ・テテ(30=南ア、27勝3敗21KO)、IBF同級王者エマヌエル・ロドリゲス(25=プエルトリコ、18戦全勝12KO)、そして今回WBA同級王座を獲った井上(25=大橋ジム、16戦全勝14KO)である。これら王者達を相手にして、優勝の可能性は?

「井上は断トツで優勝候補だと思います」と福田氏は断言する。「出場が決まっている顔ぶれを見ても、マクドネルにあんな勝ち方ができる選手はいません」

井上はマクドネルを112秒でTKOしたが、そのマクドネルは敗れる以前、10年間無敗でWBA王座も6度防衛しており、元WBO同級王者の亀田和毅にも2度勝利している。彼にとっては井上戦がキャリア初のKO負けだった。

「井上のパンチはまるでマイク・タイソンのパンチのようです。元々、相手の急所をとらえるのがうまいのですが、それ以前にどこに当たっても倒せるパンチなんです」

マクドネルをフィニッシュしたパンチもガードの上からのものだった。それでもマクドネルはマットに崩れ落ちた。ガードした腕の上からでも効かせ、相手をねじ伏せる破壊力を持っているのだ。まさに“モンスター”のニックネームにふさわしい。

「今回の出場メンバーである世界王者達の中でも、井上の強さは突出しています。スピード、パワー、テクニック、試合運びーーすべてが揃っている。海外のメディアでもすでに評価が確立していますね。井上は相手の呼吸すら先取りしています。昨年12月のヨアン・ボワイヨ戦(3R TKO勝利)でもそうでした」

相手の呼吸を読み、動きを先取りしてリングを支配してしまう。そのため、相手は全く手詰まりになる。「そして強烈な左のボディ・ブローがあるのも相手にとって恐ろしいでしょうね」と福田氏は続ける。

「顔面へのパンチはガードしたり、ボディ・ワーク(上体を振る動き)などでかわすことができますが、ボディというのは的も大きいし、ディフェンスがうまい選手でも何発かに1発は必ずもらってしまうパンチです。でも、普通はなかなか致命打にならない。

ところが、井上のボディは一発で倒せる必殺パンチなのです。相手がうずくまるパンチというだけでなく、相手を吹き飛ばすこともできるパンチです。だから誰も井上攻略法を見つけることはできないだろうと思います」

実際、マクドネルから最初のダウンを奪ったのも左ボディ・ブローだったし、ボワイヨからも左ボディで3度のダウンを奪ってTKOしている。

では現在、参戦が決まっている選手の中で最大のライバルは誰か?

「おそらくはテテかバーネットでしょうね。特にテテはパンチも強いし、身長やリーチがあり、ロングでもショートでも活きたパンチが打てますから」

テテは昨年11月の初防衛戦でシボニソ・ゴニャに11秒KO勝ちし、世界戦最短KO記録を作っている。この試合でテテは右フック1発で相手を失神させているのだ。「それでも、今の井上のプレッシャーを止めることはテテにもできないでしょう」と福田氏は予想する。

ノニト・ドネア相手でも井上有利!?

WBSSには、元WBCバンタム級王者のルイス・ネリ(23=メキシコ、26戦全勝20KO)の参戦も噂されている。ただし、ネリは今年3月の山中慎介戦でTKO勝利したものの、大幅な体重オーバーで王座を剥奪されており、日本時間6月10日に母国で復帰戦を行なう予定だったが、WBCからの警告を受けて試合は中止になった。このためWBSS出場は現在不透明な状態にあるが、もしネリが出場したら、どうなるか?

「ネリが相手でも、今の井上なら確実に有利でしょう。もちろんネリが計量も含めて、クリーンな状態だと仮定すればの話です。ネリは調子に乗らせるとすごく強いし、連打でフック、アッパー、その中間のパンチといろんな角度からパンチを繰り出してきますから油断できませんが、井上はそこまで出てこさせないと思います。ジャブの圧力も素晴らしいですからね。そしてネリは決して打たれ強いわけではないですから」

また、ここにきてもうひとりのビッグネームが参戦する可能性も浮上している。世界5階級制覇を成し遂げ、アジア人として初めてメジャー4団体すべてで世界王者となったノニト・ドネア(35=フィリピン、38勝5敗24KO)だ。ここ数年、バンタムより上のフェザー級やスーパー・バンタム級で試合していたが、最近、階級を戻すと宣言したのだ。

このニュースを聞いた井上も「ドネアがバンタム級に戻って来る!!! 熱いねぇ、、これがどうゆう意味合いか」(原文ママ)とツイートし、最後に炎の絵文字を入れている。もし世界的スーパースターであるドネアがWBSSに参戦するとなれば、ますます世界の注目が集まることになるだろう。

実際、6月5日の日刊スポーツの報道によれば、同日、横浜市内のホテルで開催された大橋ジム後援会発会記念祝賀会で、大橋秀行会長がWBSSについて「ドネアが参戦すると聞いています。1回戦は王者同士にならないと聞いているので、ドネア戦になる可能性はある」と発言したという。

トーナメント初戦の相手が、いきなりドネアになるかもしれない…では対戦したら、どんな試合になるのだろうか?

「ドネアはここのところ、フェザー級やスーパー・バンタム級で試合していましたが、彼がベストパフォーマンスをしていたのはバンタム級でした。だから、しっかりコンディションを作れれば面白いと思います。ただし、バンタム級で戦うのは久しぶりなので勢いは井上にあると思います」

確かに、ドネアが最後にバンタム級で試合したのは2011年ーー7年前だ。年齢的にもドネアが35歳なのに対し、井上は25歳でまさに昇り竜の勢いといえる。

「もしドネアがベストコンディションを作ってきたら、エキサイティングな対戦になるでしょうね。左フックなど一発があるので、決して油断できません。ただ、それでも隙の無さと完成度で井上が有利だと思います」

井上が名だたる強豪たちを倒してWBSSで優勝すれば、世界的な評価もますます高まり、“第2のマニー・パッキャオ”に近づくことだろう。その意味でも大注目のトーナメントだ。

(取材・文/稲垣 收 撮影/福田直樹)