「安倍総理は、メンツにこだわるのをやめて、平和の果実を日本にももたらすような戦略を真剣に考えてもらいたい」と語る古賀茂明氏

紆余曲折を経て、12日にシンガポールで開催された米朝首脳会議。今後のアジア情勢にどう影響していくのだろうか。

『週刊プレイボーイ』でコラム「古賀政経塾!!」を連載中の経済産業省元幹部官僚・古賀茂明氏は、安倍政権の態度に不安を隠さない。

*本記事は『週刊プレイボーイ』26号(6月11日発売)に掲載されたものです

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自国産業の保護に血眼なトランプ大統領のアメリカと、自由で公平な貿易を求める各国との対立が深まっている。

中国とは貿易戦争の一歩手前だし、G7諸国とも鉄鋼・アルミニウム輸入の高関税措置をめぐって揉(も)めている。

このままアメリカと各国の通商戦争が激しくなれば、世界の貿易が縮小する事態だってありうる。

そうなれば、日本への影響は甚大だ。アベノミクスが順調に見えるのは、世界経済の好調を背景に日本の輸出が増え、企業収益が大幅に改善しているからだ。その頼みの綱である外需が頭打ちになれば、アベノミクスはたちどころに変調を来す。

ただ、日本経済の底上げにつながるかもしれないプラス材料はある。それは、米朝首脳会談だ。その交渉は予断を許さないが、もし、最終的に核廃棄、朝鮮戦争の終結などの合意が実現すれば、その後は経済制裁の解除、米朝国交正常化、そして北朝鮮への経済支援というメニューが浮上してくる。

北朝鮮のGDPは日本円で1.8兆円(2016年)ほどにすぎないが、国民の教育水準は決して低くなく、約12万平方kmの国土に約2400万人の人口を抱えている。周辺に日本、韓国、中国東北地方、ロシア極東地域が広がることを考えれば、米朝和解で地政学上のリスクがなくなった後は、この国は“北東アジアの新しい経済フロンティア”となる。

おそらく、国際的な対北朝鮮投資ブームが起きるはずだ。現に、韓国ではロッテグループ、通信大手のKT、観光業の現代峨山(げんだいがざん)などが北朝鮮への投資を検討する特別な組織を設けたと報じられている。

日本の新幹線を北朝鮮に供与・導入しては?

日本も、このチャンスを見逃すべきではない。北朝鮮への経済協力を協議する国際的な枠組みに積極的に参画し、これまでの圧力一辺倒の政策とは一線を画した、独自の経済協力の絵図を描くべきだ。

2002年の日朝平壌(ピョンヤン)宣言で、日本は北朝鮮に経済協力を約束している。その宣言を活用し、例えば日本の新幹線を北朝鮮に供与・導入するというアイデアはどうだろう? それをシベリア鉄道、さらには日韓海底トンネルで九州と連結すれば、日本から朝鮮半島を経由してヨーロッパにつながる壮大なユーラシア横断鉄路が完成することになる。

北朝鮮の電力インフラの整備に乗り出し、そのついでにモンゴルで太陽光発電した電力を日本に送る巨大な送電網=アジアスーパーグリッドの建設構想の主役になってもいいだろう。日本経済を元気にするビジネスチャンスは無限にあるのだ。北朝鮮と経済協力の構想を話し合うなかで相互間に信頼が生まれれば、決して簡単ではないが、拉致問題の早期全面解決も視野に入る。

不安なのは安倍政権が今後も北朝鮮を敵視する政策を続け、圧力路線に頑(かたく)なにこだわることで、国際的な陣取り合戦で取り残される、という点だ。

トランプ大統領は「北朝鮮経済協力資金は日中韓に拠出を求める」と公言している。このままでは日本は交渉の糸口をつかめないまま、サイフ役としてその資金の供与だけを求められ、経済プロジェクトに関与できないということになりかねない。

安倍総理は、メンツにこだわるのをやめて、平和の果実を日本にももたらすような戦略を真剣に考えてもらいたい。

●古賀茂明(こが・しげあき)1955年生まれ、長崎県出身。経済産業省の元官僚。霞が関の改革派のリーダーだったが、民主党政権と対立して11年に退官。近著は『国家の共謀』(角川新書)。ウェブサイト『Synapse』にて動画「古賀茂明の時事・政策リテラシー向上ゼミ」を配信中