イギリスの2000ギニーを制したサクソンウォリアー。6月30日に出走予定の、アイルランドで行なわれるGⅠアイリッシュダービーで、英国ダービーの雪辱を果たしたい5月27日、ワグネリアンが第85代の日本ダービー馬に輝いた。父ディープインパクトにとっては、4頭目となる自身の産駒の日本ダービー制覇。ま た、6着で敗れたものの、そのレースの1番人気だったのも同じ父を持つダノンプレミアムだった。最初から最後までディープインパクト産駒が主役の日本ダー ビーだったといえよう。

実は、ディープインパクトの子供たちが主役だったのは、日本のダービーだけに限らなかった。海の向こう、イギリス、そしてフランスでも話題の中心となっていたのである。

競 馬発祥の地であるイギリス。エプソムダウンズ競馬場で行なわれるザ・ダービーステークス(通称、英国ダービー)は、世界中の"ダービー"の範となってい る、いわばダービー中のダービー。歴史は239年にも及び、第12代ダービー卿の名を冠した競走は、世代チャンピオンを決める競走馬にとっての一生に一度 の競走として、今や世界中で行なわれるようになった。

この歴史あるダービーで、今年1番人気に推されたのがディープインパクトの子、サクソ ンウォリアーだ。2歳時にGⅠ競走レーシングポストトロフィーを勝ち、早くからダービー候補と目されていた。3歳初戦となった日本の皐月賞に当たる 2000ギニーでは、6ヵ月ぶりの出走だったため1番人気は他馬に譲ったものの、ふたを開けてみればあっさりと勝利。無敗のまま一冠目を制覇したのだか ら、当然二冠、さらに三冠の声も高まることになった。

サクソンウォリアーは、アイルランドに拠点を置く世界的競馬グループであるクールモアスタッドの所有馬。GⅠを勝ったことがある母メイビーを日本に送り込んで、ディープインパクトと配合して産まれた牡馬で、その後、アイルランドへと送られた。

管理するのは、これまた世界的な調教師であるエイダン・オブライエン。そして、ダービーで騎乗するのも日本でもおなじみのライアン・ムーアと、これだけの要素がそろって「人気になるな」というほうが難しい。

世界中の注目を集めたレースは現地時間の6月2日にゲートが開いた。しかし、結果は2000ギニーで1番人気だったマサーが勝利し、サクソンウォリアーは4着に敗れた。やはり239年の歴史の壁は薄くはなかった。フランスダービーを制したスタディオブマン。日本の競馬ファンの間では、早くも凱旋門賞でワグネリアンとの「日仏ダービー馬対決」が実現することを期待する声も上がっている

一方で、その翌日にフランスのシャンティイ競馬場で行なわれたGⅠジョッケクルブ賞(通称、フランスダービー)に、またまたディープインパクト産駒のスタディオブマンが出走した。

こちらは皐月賞に当たるGⅠプール・デッセ・デ・プーランには出走しなかったが、別路線のステップレースを勝利してここに駒を進めてくると、既存勢力を一 蹴。見事に今年のフランス3歳馬の頂点に立ったのだ。このスタディオブマンは、サクソンウォリアーとはやや異なり、ディープインパクトと交配させた母セカ ンドハピネスがアイルランドに移された後に産んだ産駒である。

こうした形で、国外で日本の種牡馬の産駒が活躍する機会が増えてきた。特に、 ディープインパクト産駒の活躍は顕著だ。昨年も、サクソンウォリアーと同年齢で、同じくクールモア所有のセプテンバーが準重賞を勝ち、一昨年もアキヒロ (現・スティミュレーションがフランスで2歳GⅢを勝っている。後者は香港に移籍し、6月10日に出走した移籍初戦で2着と、新天地でもまずまずの結果を 出している。

実は以前からも、ディープインパクト産駒は海外で結果を出していた。2008年産のアクアマリンは4歳時にフランスでGⅢを勝 ち、同年にはビューティーパーラーがフランスにおける桜花賞のプール・デッセ・デ・プーリッシュを勝利している。それが、ここにきてあらためて顕著な成績 を残すようになったのは、前出のクールモアやニアルコスファミリーといった大物が、いよいよ本腰を入れてきたからにほかならない。

クールモ アについては、所有する種牡馬や繁殖牝馬の血統事情も要因のひとつになっている。というのも、近年のクールモア所有の活躍馬の大半は、ガリレオ産駒や、デ インヒル系種牡馬の産駒、そしてこの2系統のかけ合わせによるものが多かった。その結果、配合としては大当たりではあったものの、所有馬の大半が同じよう な血統になってしまうという、血の偏り、行き詰まりが起きてしまった。

実際に、クールモアが所有する種牡馬23頭の中で17頭がこれに該当 する。サクソンウォリアーの母メイビーも、セプテンバーの母ピーピングフォーンもそう。つまり、"外の血"を取り入れる必要があり、その中でも類いまれな る能力を持つディープインパクトに白羽の矢が立ったのである。

ここに至るのには、ディープインパクト産駒の、国を選ばない活躍があったから こそ。前出のアクアマリンやビューティーパーラーはもちろん、日本で調教されたジェンティルドンナやリアルスティール、ヴィブロスはドバイでGⅠを勝利。 エイシンヒカリはフランスと香港で、リアルインパクトとトーセンスターダムはオーストラリアでそれぞれGⅠを勝っている。

今年の英仏ダービーでの出来事は、きっとほんの序章にすぎないだろう。ともすれば、日本調教馬よりも早い、ディープインパクト産駒による凱旋門賞制覇も現実味を帯びてくる。

かつて、欧州から高額種牡馬を何頭も輸入しながら結果を出せず、「血統の墓場」と呼ばれた日本の生産界。それが今や血の供給元として、世界を席巻しようとしている。