「米津玄師さんが10代のとき、クラシックの先生に習っていたら、絶対潰されていたと思うんです」と語る北野唯我氏

日本は「天才が生まれにくい」といわれる国だ。実際、勢いのある人の足を引っ張ったり、陰口を叩いたりする様子はあらゆる場面で見られるが、一方で「人はなぜ、天才を潰(つぶ)してしまうのか」については、これまであまり具体的に論じられることはなかった。

そんななか、この問題に一石を投じたのが先月発売された天才を殺す凡人 職場の人間関係に悩む、すべての人へ』だ。人を天才・秀才・凡人の3つに分類し、架空の企業を舞台にストーリー形式で進行。

「理解できない」という理由で天才を潰す凡人や、妬(ねた)みと憧れの相反する感情から天才を排斥する秀才の行動メカニズムをわかりやすく解説している。

著者の北野唯我(きたの・ゆいが)氏は、人材ポータルサイトを運営する「ワンキャリア」で最高戦略責任者を務める人物。デビュー作で11万部のベストセラーとなった『転職の思考法』の著者でもある。

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──天才・秀才・凡人の間でトラブルが起こるのは、お互いを評価する軸がそれぞれ、天才は「創造的かどうか」、秀才は「再現性があるか(ロジック的に通っているかどうか)」、凡人は「共感できるかどうか」で異なっていることが原因だと本書では述べられています。

だからこそ、凡人は自分が共感できない天才を迫害したり、知識による再現性を重視する秀才は既存の枠組みを超えた発想ができなかったりする、と。とても新しい考え方ですが、着眼点はどこにあったのでしょうか?

北野 新卒で入った博報堂での経験にあります。当時、新規事業をサポートする仕事をしていたんですが、つくる側とそれを管理する側で見ているものが全然違ったんです。

新しいビジネスをつくろうとしている人たちは創造的に物事をとらえるけど、管理側の人たちは、過去に蓄積されたデータやロジックで物事を見て、評価している。

本書の中では「新規事業を2年以内に黒字化する」というエピソードを描いているのですが、意識的かどうかはさておき、秀才は天才をそんなふうにルールやロジックで縛って、創造性を発揮する前に潰してしまうんです。

そして、そこにもう一軸、凡人の評価基準である「共感性」を加えると、人間関係で起こるトラブルの原因のほとんどが説明できると気づいたんです。

──秀才が天才を潰すそのプロセスは、教育の現場でも多く見られる気がします。

北野 日本の学校教育は明らかに再現性と共感性を重視していて、それを育てる場所だと認識されていますからね。しかし、そのふたつを育てると、逆に創造性は破壊されてしまうんです。

──だからこそ、日本では天才がなかなか生まれない。

北野 天才の創造性について話すとき、僕はいつも「米津玄師(よねづ・けんし)さんが10代のとき、クラシックの先生に習っていたらどうなってたと思う?」と話すんです。

彼は10代の頃からずっとニコニコ動画でオリジナル曲を発表し続けていたんですが、当時の楽曲を今聞くと、不協和音があったり、人間では演奏できないパートがあったり、音楽理論的にはおかしいところがある。

幸い、創造性を否定されず、凡人にはとうていたどり着けないレベルになって表に出てきたから、才能を多くの人に評価されているわけですが、もしクラシックの先生に習っていたら、絶対潰されていたと思うんです。

──音楽理論を学んだ秀才だからこそ、自由な発想を阻害していただろうと。では、秀才が凡人と対立するパターンにはどのようなものがあるでしょう?

北野 例えば、政治家の人と一般大衆の対立は、再現性と共感性の対立ですよね。政治家たちが合理的で、マクロな視点で見れば正しいことを言っていたとしても、人間の感情に反したことであれば共感が得られず、大衆は反発して、結果的に意見がひっくり返されてしまうことも多い。

──女性に対して「子供を3人産め」というのは、国を維持するという視点では間違っていないけど、共感性はないから炎上する、みたいな。天才と凡人の関係に戻りますが、彼らは対立することがある一方で、本書の中では「天才は凡人に対して『本当は理解してほしい』と思っている」と書かれています。どういうことでしょうか。

北野 天才の役割は「世界を前進させること」で、それは大多数の凡人の協力なしでは成立しないからです。新しいビジネスを思いついても、周囲の協力なしには広まらない、ということですね。

また、天才の中には幼少期から凡人によって虐げられてきた人も多く、「理解されたい」という気持ちが心の奥底に残っていることもあるでしょう。

──最初は顔出しすらしてなかった米津玄師さんが紅白に出るのも、ある意味、大衆への歩み寄りなんでしょうかね。

北野 彼がヒットする曲を作って大衆に合わせたのは、多くの人に理解されたいという天才特有の感情の表れだと思います。

──ネットの普及も、才能の芽を摘まれないという点で意味があったように思います。

北野 社会の変化も大きいでしょうね。これまでは再現性を持った秀才が支配する社会だったけど、SNSが発達したことで共感性を持った人が独自のコミュニティを築いて、お金を稼げるようになったんですから。

秀才に勝てるわけでなく、超クリエイティブなわけでもなかった人たちが自分を表現できるようになったのは、ポジティブな変化だと思います。

──実際、そうやって発信していくなかで、それほどでもなかった創造性が発揮されていく人もいそうですしね。

北野 この本の本質的なメッセージは「境界線を塗り替えること」なんです。それはもちろん自分と他者の境界線でもあるし、一方では「自分の中にいる天才・秀才・凡人の境界線」でもある。自分の中にも天才がいたかもしれなのに、それを自分の中の秀才と凡人が殺してきたんじゃないかという。

──大人になるにつれ、常識とか知識で自分を縛りつけてしまいますもんね。

北野 僕だけでなく、すべての人はこの3つの要素を持っていて、変数で決まっている構造だなんです。僕自身、今でも優秀な人を見ると嫉妬心が浮かんで、自分の中の秀才が顔を出す瞬間がありますし、その時々で割合が変わります。

浅く読むと「自分は凡人だ」と境界線を深めてしまう可能性もありますが、むしろこの本は、天才・秀才・凡人の線引きは曖昧で、相対的に変わることを理解するためにあるんです。

●北野唯我(きたの・ゆいが)
兵庫県出身。神戸大学経営学部卒業。就職氷河期に博報堂へ入社し、経営企画局・経理財務局で勤務。その後、ボストンコンサルティンググループを経て、2016年、ワンキャリアに参画。執行役員として事業開発を経験し、現在同社の最高戦略責任者、レントヘッドの代表取締役。著書に『このまま今の会社にいていいのか?と一度でも思ったら読む 転職の思考法』(ダイヤモンド社)

■『天才を殺す凡人 職場の人間関係に悩む、すべての人へ』
(日本経済新聞出版社 1500円+税)
天才肌の女性創業者に心酔し、10年間共に仕事をしてきた主人公。しかし、会社は大きくなったが、新事業は振るわず、社内には社長の足を引っ張る存在が増えていた。そんななか、主人公の前に謎の秋田犬・ケンが登場。人間の才能とは何か、なぜ人はすれ違うのかを語り始める。公開後、ネットで大きな反響を集め、ビジネス記事では異例の30万PVを記録した人気ブログ『凡人が、天才を殺すことがある理由。』が書籍化された

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