ゴキブリマスク姿で編集部に乱入した棚橋弘至

『パパはわるものチャンピオン』(全国公開中)の主人公・大村孝志は、ケガで悪役レスラー"ゴキブリマスク"に転向せざるを得なかった元エースレスラー。自分の仕事を知ってしまった息子・祥太に「わるもののパパなんて大嫌いだ」と言われてしまう――。

その大村を演じるのは、新日本プロレスの「エース」棚橋弘至(たなはし・ひろし)だ。先日のインタビューでもその見どころや"現在の棚橋"について語ってもらったが、まだまだ語り足りない!と編集部に棚橋がやってきた!!

■たまたまお父さんが悪役レスラーだった「家族の気持ちに寄り添った物語」

――ついに映画が公開されましたが、試合シーンは本物のレスラーがやっているだけあり、すごい迫力です。

棚橋 でも、そこが悩みどころでもあるんです......。

――というのは?

棚橋 プロレスファンや、棚橋を知ってる人は観に来てくれるだろうけど、プロレスをあまり知らない人には、そこで敷居が高くなってしまう可能性があるんですよね。単なるプロレス映画だと思われないように、気を付けてはきたんですけど......。

この映画はプロレスというフィルターを通して描いた家族の物語なんです。ただ「プロレス」って言葉は派手でパワーがあるし、こんなマスクを持って取材を受けてたら、どうしても家族の要素よりプロレスの部分が目立ってしまいますよね(笑)。

――確かにこの映画は、親だって人間だし悩むんだという難しいテーマに向き合っています。

棚橋 たまたまお父さんが悪役レスラーだったというだけで、家族それぞれの気持ちに寄り添った物語なんですよ。でもそれには「パパがわるもの」というのが、いちばん伝えやすい。人間らしい喜怒哀楽がしっかり盛り込まれているんですよ。

■プロレスは敗者に光が当たる数少ないジャンル

――ただその大村の息子・祥太は、パパが負けることが受け入れられない様子。棚橋さんのお子さんは?

棚橋 負けた時は「パパ、惜しかったね!」とは言ってくれますけどね(苦笑)。

――かわいいですね!

棚橋 初めて子供に大きい試合を見せたのは小島聡と闘った2010年のG1の決勝。僕がラリアットで負けたんです。それからしばらく来るたびに負けていたので「僕らが観に来ると負けるね」って言われたこともありますね......。「次は頑張るよ!」と返すしかないですよね(笑)。

家にいられる時間が少ないプロレスラー。家族とは「一緒にいる時間を濃くするだけ」とお子さんを学校に送っていったり、塾への送り迎えもしている

――パパにはツライひとこと......! でもその勝敗がドラマを生んだり、負けた選手が観客の共感を呼んだり輝くこともありますね。

棚橋 敗者に光が当たる数少ないジャンルのひとつだと思います。対戦するまでの過程にもドラマがあるし、試合でフィニッシュが決まるまでの流れも大事なんです。それにプロレスって腐らないんですよ。

――と言うのは?

棚橋 ダイナマイト・キッドVSタイガーマスクとか、武藤敬司VS高田延彦とか、すごい試合は今見てもやっぱりすごいですから。昔の試合が古びないというのは、プロレスというジャンルの特異点とでも言うのかな。

――語り継がれる名勝負がたくさんありますよね! でも一方で、レジェンドがずっと存在感を持ち続ける難しいジャンルでもあります。

棚橋 そうですね。それを越えて行かないといけない選手は大変です!

■アントニオ猪木のパネルを外した理由

――その点、棚橋さんはデビューから20年を迎える今も、自他ともに認める「エース」です。

棚橋 僕が「エース」という言葉をプロレスに持ち込んだので、つまり棚橋の前にエースなし、棚橋の後にエースなし! いつか僕が引退してもエースのイメージは棚橋だと思うので、後輩にはいい迷惑かもしれないですね(笑)。

――それはアントニオ猪木や長州力など、レジェンドを越えるための手段だった?

棚橋 そうですね。ライバルだった中邑真輔(なかむら・しんすけ)は「過去と戦って何が悪い!」と、過去との戦いから逃げなかった男ですが、僕は「そこには勝ち目がないな」と思ったんです。記憶ってだんだん美化されるものだし、過去と戦うよりも先人たちがやってこなかった新しいプロレスをやるのがいいと考えて。だから道場にあった猪木さんのパネルを外したんです。

キャリアの中では意外にもマスクマンは初めてではなく、「マスクド・デビロック」として試合をしたこともあるそう

――先日のインタビューでも「プロレスラーは波風立てたほうが面白い」と仰っていましたが、新日本プロレスの象徴だったパネルを棚橋さんが外したことは、プロレス界では時代の節目とも言われている出来事です!

棚橋 でも僕は「外したらどうですか?」って言っただけの"計画犯"で、実際に外した"実行犯"は小林邦昭さんです(笑)。

――(笑)。小林邦昭といえば、初代タイガーマスクのライバルとして"虎ハンター"と呼ばれた有名な悪役レスラーですね。

棚橋 タイガーマスクのマスクを破った時は、ファンからの手紙が怖かったと言ってましたね。今は道場の管理人をされているんですけど、すごく料理もお上手だし道場もいつもキレイにしてくださっていて、女子力が高い! 小林さんがいなければ、道場はもっと男臭いでしょうね(笑)。

■歓声もブーイングも引き出すのはひとりじゃない

――意外な一面! 棚橋さんのキャリアにおいてライバルだったヒールレスラーは?

棚橋 2000年代は矢野通です。今はヒールファイトしても会場ではすごく人気者ですけど、当時は髪の毛を賭けたり、もう血みどろの戦いをして来ましたね。オカダカズチカも、今は人気レスラーですが、凱旋帰国した直後はライバルとして戦っていました。

――熱い戦いができる相手がいてこそお互いが輝くところはありますね。

棚橋 歓声にしてもブーイングにしても、ひとりで勝ち取っているわけじゃないんです。リング上にいる人間ふたりで引き出していることなので!

元々、映画好きな棚橋。特に海外遠征の移動中は、時差ボケ対策もあり、ずっと映画を観ている

――映画でも、息子の祥太もそこを理解して、ブーイングをしますよね。

棚橋 ブーイングもヒールのパパにとっては勲章なんだと。本当は子供がそんなこと理解しなくていいんだけどね! あれは役柄を忘れてグッと来ますね。

――リングで戦っている時も、お客さんの歓声は聞こえる?

棚橋 聞こえてますよ! リングでは「勝ちたい」という気持ちと同時に、ベビーフェイスだったら「盛り上げたい」と思うし、ヒールなら「もっと痛めつけたい」という思いもあって、それは勝つことと同じぐらい価値があるんです。

勝ちたいだけなら3分とか5分で決められるけど、気持ちをぶつけることで結果としてお客さんが盛り上がる。だからさっき言ったように勝つまでの過程も大事なんです。

■「下の句」は観客の心に

――棚橋さんは理想的な勝ち方はありますか?

棚橋 僕は「大逆転」が好きですね。野球をやっていたんですけど、9回裏の逆転サヨナラホームランは毎回打ちたいタイプです(笑)。乱打戦もいいけど、静かな投手戦でのサヨナラ勝ちもロマンがあるじゃないですか。今の新日本プロレスの傾向としては、乱打戦が多いので。

――そこには異論がありそうですね。

棚橋 ないことはないです(笑)。でも、そういう試合も盛り上がっているので正解ではあるし、要は好みの問題。それだけがいいとなるのではなく、異論を唱える選手がいた方が面白いかなと。

一説には「棚橋に技をかけられたら出世する」そう。有難き幸せ!

――幅広い魅力があるのがプロレスですよね! 映画に話を戻しますが、主人公・大村はプロレスが好きだからこそ悩みます。プロレスラーでなくても働く父親にはそれぞれ悩みがあると思いますが、その家族の悩みにも映画では触れていますよね。

棚橋 はい。この映画では、父親の仕事が「わるもの」だという悩みもそうだし、家族をまとめようとする奥さんや、子供の立場など、さまざまな視点から描かれているんです。だから、男女問わずいろんな年齢層の人がスッと感情移入できる。映画の中のどこかに必ずもうひとりの自分がいるので、すごく共感できると思います。

――プロレスファンでなくとも楽しめると。では最後に、改めて映画の見どころを!

棚橋 この映画のキャッチコピーに「大事なのは勝つことじゃない」とありますが、これは言うなれば「上の句」なんです。「では、大事なのは何ですか?」という下の句は、みんなの中にあると思う。この映画を観て「大事なのは○○です」というのを見つけてもらえたらうれしいですね。

棚橋弘至(たなはし・ひろし)
1976年11月13日生まれ 岐阜県出身
99年に立命館大学卒業後、新日本プロレスに入門。同年デビューした「100年に一人の逸材」。チャラいキャラクターを突き通す一方で団体低迷期も「エース」として支えた立役者として知られ、『棚橋弘至はなぜ新日本プロレスを変えることができたのか』など著書も多数。特技はエアギター(完成度は低め)

『パパはわるものチャンピオン』(全国公開中)
出演:棚橋弘至 木村佳乃 寺田心 仲里依紗ほか
原作:『パパのしごとはわるものです』『パパはわるものチャンピオン』
作:板橋雅弘 絵:吉田尚令(岩崎書店刊)
監督・脚本:藤村享平
主題歌:高橋優『ありがとう』(ワーナーミュージックジャパン/unBORDE)