映画監督は言う。映画は戦争だ。役者は応える。それなら俺は、最前線に立つ特殊部隊の兵士だと。2021年の夏。映画『全員切腹』で斬り合ったふたりが、大いに語る。

豊田利晃(とよだ・としあき)の映画3年戦争――。2019年、祖父の形見の拳銃を不法に所持したとして逮捕された理不尽を原動力に『狼煙が呼ぶ』を制作した。2020年、オリンピック開催の影響で上映の枠が埋まらないミニシアターを救うために『破壊の日』を緊急事態宣言の下で撮り切った。

そして、2021年。窪塚洋介(くぼづか・ようすけ)を主演に迎えての新作『全員切腹』を世に放つ。「世が世なら、おまえら全員切腹だ」。作品に込めた怒りと祈りを、映画監督と役者に聞く。

* * *

■召集令状のような巻物から始まる物語

――ふたりの巡り合いを教えてください。

豊田 20年くらい前じゃないかな。NTTドコモのCM撮影で。

窪塚 もはや幻ですね。

豊田 窪塚も俺もスキンヘッドだった。

窪塚 坊主つながりだ(笑)。

――タイミング的には豊田監督の『アンチェイン』や『青い春』(共に2001年)の頃ですか。

豊田 そう。窪塚の『GO』(2001年)が公開された後のはずです。

窪塚 CM撮影の現場でしたけど、品定めですよ。こいつはどうだって。そのときはまだ波長が整っていなかったんですよ、俺は。ちゃんと豊田さんに届けられなかったと思うし、今みたいな信頼関係はなかったですから。

豊田 自虐的だな(笑)。実はかなり前に窪塚の主演映画を撮るってタイミングがあったんです。マンションから落ちちゃって延期になったんだけど。

窪塚 でも、落ちたからこそ『モンスターズクラブ』(2012年)のオファーをいただけたんですよ、きっと。ピンチはチャンス。ライフワークとして続けていきたい舞台『怪獣の教え』(2015年初演)にも引き込んでもらえたし。

――今、このタイミングで主演映画が実現したことに、運命的な流れを感じます。

窪塚 ある日、立派な分厚い巻物が届いたんです。そこに召集令状みたいな勢いで、「全員切腹」って墨で書いてあるの。「あれ? 俺、腹切らされるのかな」って(笑)。これまで巻物なんてもらったことがないから、ビビるじゃないですか。

――巻物を送るのは?

豊田 ないない。窪塚に送ったのが初めて。なんとなくの感覚で、この映画を動かすなら出演依頼の巻物を送るところからストーリーを始めたいなと。切腹云々(うんぬん)で断られる可能性もあったんだけど、もしOKしてくれるなら役に潜りやすいでしょ。

窪塚 俺にこの役をやらせてくれる、このセリフを言わせてくれるんだって心の底から感謝を伝えられる。豊田監督はそんな稀有(けう)な存在で、俺は今のところこの人しかいない状況だから、やりましょうと。

豊田 窪塚にしか言えないセリフってものが、確かにあるんですよ。ほかの役者には吐けない鋭利な言葉が。それを考えると、俺も稀有な役者と出会えたんだなって、素直にうれしいですね。

■窪塚洋介であり続ける覚悟

窪塚 ところで『全員切腹』はご覧になりました?

――はい。この取材の直前に。正直、あの26分間をまだうまくのみ込めないです。

窪塚 じゃあ切腹しないといけないっすね(笑)。

――怒りの矛先がどこに向けられているのか。詰まるところ、「おまえ」が問われている気がして心が揺れています。

豊田 難しいよね。国やシステムを声高に攻撃するより、人の心に刺さるほうが映画としては美しい。受け取り方はさまざまだけど、個々人の話として考えてもらえたら。

――窪塚さんの「おまえら、俺のまねできんのか」というセリフが印象的でした。

豊田 自分のハードルを上げる言葉だよ。常にその位置にいないといけないから。

窪塚 テレビみたいに、例えば1chに設定したらずっとそのままの世界じゃないですから。今日も、今、この瞬間も、プレイボーイの取材も窪塚洋介というチャンネルをキープする。俺の答えがあるのはそのチャンネルの中だけです。つまり永遠に窪塚洋介を選び続ける覚悟を持てるかどうか。

――演技をする上でも?

窪塚 豊田さんがいるから、俺はそのチャンネルを選べているんじゃないですかね。豊田さんが書く脚本の言葉の重さとか意味とか、どこまでこの人の意を汲くんでみんなに伝えられるのか。だからある意味で、『ジョジョの奇妙な冒険』でいう豊田さんのスタンドみたいな感覚。

豊田 そもそも『全員切腹』は、まずタイトルから着想した作品なんです。国が言うことなんて何も信じられない世の中だってことを、誰もが気づき始めた時代。「今、世が世なら全員切腹だぜ」って言葉が思い浮かんで、それから映画を作り始めました。 

――「切腹」という行為を、それぞれどう考えますか?

豊田 今にはない生き方の美学。うらやましいと思うと同時に、自分には決してできない覚悟の示し方です。三島由紀夫だったり、幕末の志士だったり、これまで多くの映画で切腹がモチーフにされてきた。自らの手で腹をさばいて、命を絶つってどんな意味がある? その答えじゃないけど、考えるきっかけを与えられたら本望です。

窪塚 もしかしたら豊田さんは俺のことを殺そうとしてるんじゃないか。だから本気で、死ぬ気でやった。じゃないと嘘になるから。自分の意思とは別だけど、過去に死にかけた。じゃあ役者として、芝居に持っていけるものはあるのかって。落っこちて3日くらい記憶がなかった、あの生々しい体験を芝居で生かせるのかどうか。自分なりに考えて役に入りました。

豊田 切腹シーンを撮った日の夜中に電話をくれたよね。

窪塚 深夜の3時か、4時くらいでしたっけ。興奮して眠れなくて。

豊田 そうそう。「全然寝れねえよ!」って(笑)。こちらも疲れ切ってるんだけど。

窪塚 高倉 健さんがお母さんに認められたいって話、知ってますか? あれと似たような感覚で、豊田さんに認められたい願望がある。本当に腹を切るつもりで現場に向かいましたから。電話で話をして、やっと呼吸できたというか。豊田さん、ベロベロでしたけど(笑)。

■一度死んで、やり直せばいい

偶然を必然に変えて、作品に昇華し続けてきたふたりの表現者。その言葉は熱く、「俺もやるぞ!」と思わせるバイブスがあふれていた

――監督が先ほど言及された「覚悟の示し方」について。コロナ対応やオリンピックの開会式にまつわるゴタゴタなど、所在なき責任が問われる昨今です。

窪塚 そこを語らせても記事にはしないからね、俺は。今日は映画の話をしよう。

豊田 先行公開イベント(7月24日)まで2週間ほど引きこもって作業していて、いつオリンピックの中止がアナウンスされるのかと思ったら、本当にやるのかみたいな。ひどすぎてキリがないんだけど、映画監督は映画で言いたいことを言うよ。

窪塚 そう。映画戦争なんだって。豊田さんの新しい本のタイトルなんだけど、映画戦争。だから俺は特殊部隊で、最前線で戦う兵士の気分ですよ。

豊田 俺としてはドン・キホーテみたいな気の持ちようだけど。ひとりだけの戦争。表から見たら滑稽に映るかもしれない。

窪塚 いや、全然滑稽とは思えませんよ。映画戦争なんだと言われたら、そうっすよねってスッと体に入ってくる。燃えてる炭みたいな人だから。豊田さんの芯の部分は真っ赤に燃えて熱い。居心地が良くて、俺たちはまた星空の周期のように巡り巡って豊田組に集うんです。

――そしてまた、戦争が始まると。

豊田 世の中がおかしいのは、今に始まったことじゃない。ずっとねじ曲がっとんねんって怒り続けているからこそ、映画を作る。みんなまともでありたいと思うけど、じゃあその「まとも」ってなんだろう。俺はこれがまともだって言える人間でありたいし、だから映画という夢みたいな物語に包める表現を選んだ。映画は社会と共にあるものです。そこは絶対に切り捨てられない。

――なるほど。『全員切腹』のメッセージが「おまえ」に届く意味がわかった気がします。

窪塚 じゃあ今日は切腹だな(笑)。豊田組って普通の現場じゃないんです。豊田さんの作品を本気で見たいやつらが集まって、俺からしたらしかも芝居もやれちゃうなんて最高ですよ。

結局、作品の中では俺しか腹を切ってないけど、関わったキャストやスタッフ、お客さんも全員腹を切らされる。そんなイニシエーションというか、儀式的なことをこの時代に喰らってしまう。オカルト的な意味じゃなくて、この作品には意識の中で生まれ変われる効果もあるはずです。

豊田 そう。一度死んで、やり直せばいい。

■表裏一体の怒りと喜び

窪塚 今、コロナの影響で多くの人が苦しんでますよね。俺の仲間にも飲食関係がいて、大変ですよ。ネガティブになるのは重々わかる。

だけど、ピンチはチャンスだから。終わっちゃうほどヤバイ状態みたいな、どん底に落ちたときにこれはチャンスだって、脳みそを切り替えられるかどうか。俺は本気でマンションから落っこちてよかったと思う。あれがあったからこうして豊田さんとも出会えたんで。

豊田 落ちる前から知ってるよ(笑)。

窪塚 そうっすけど。あれがあっても豊田さんは変わらず仕事をくれたし、こうして2021年に腹をかっさばく大役を仰せつかって。何より、長男を映画デビューさせてくれた恩人ですから。それが高校に進学するきっかけにもなったんで、頭が上がらないです。

――最後にもうひとつだけ質問させてください。窪塚さんも出演された前作『破壊の日』に寄せた監督の書き物に、「怒りと祈りは韻(いん)を踏んでいる」との一文があります。今、この言葉の意味をそれぞれどう考えますか?

窪塚 じゃあ豊田さんが締めたほうがいいから先にいきますね。俺、かなり前に怒るのをやめたんです。怒りすぎていろんなことがうまくいかなくて、いつからか怒りを自分の中でのみ込むようになって。

でも、豊田さんはまだ怒ってる。ずっと怒ったままで、それを表現の前向きな力に変えていると理解したとき、知らんぷりはできません。怒りを出せよ。もっと出せよって直接的な言葉はないけど、感覚で受け取りました。それを指針に芝居ができた気がするし、こんな人が近くにいて役者をやれていることを幸せに感じます。

豊田 人間の心の奥底にある魂みたいなものって、怒りと喜びが表裏一体になってると思うんです。怒りは創作の原動力で、その先に映画を見て喜んでもらいたい欲求がある。自分の中でどちらも決して枯渇しない感情です。怒りをもってお客さんを祝福して、喜びや幸せが表にあふれ出るような映画。次はそんな作品を撮りたいですね。

●『全員切腹』 
物語は明治初期。流れ者の浪人侍が、井戸に毒をまいて疫病を広めた罪で切腹を命じられる。果たして、その侍は......? 主演に窪塚洋介、介錯人に渋川清彦、女郎役に芋生 悠を迎えて届ける"26分間のカクゴ"。渋谷ユーロスペース他、全国で順次公開中。上映情報は豊田組HPまで。

●窪塚洋介(くぼづか・ようすけ) 
1979年5月7日生まれ、神奈川県出身。俳優/アーティスト。1995年にデビュー。映画『GO』(2001年)で、史上最年少となる日本アカデミー賞の最優秀主演男優賞を受賞。2017年にはマーティン・スコセッシ監督の『Silence-沈黙-』でハリウッドデビューを果たす。
公式Instagram【@yosuke_kubozuka】

●豊田利晃(とよだ・としあき) 
1969年3月10日生まれ、大阪府出身。映画監督。将棋棋士を目指して9歳で奨励会に入会、17歳で退会。上京後、21歳のときに執筆した映画『王手』の脚本が注目され、1998年に『ポルノスター』で監督デビュー。監督作に『青い春』『空中庭園』『モンスターズクラブ』『泣き虫しょったんの奇跡』などがある。

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