日本有数の映画ガイド・高橋ヨシキが新作映画をレビューする『高橋ヨシキのニュー・シネマ・インフェルノ』! アカデミー賞で最多7部門を受賞した、クリストファー・ノーラン監督の最新作&気鋭の鬼才ブランドン・クローネンバーグ監督が送る"リゾートスリラー"!

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『オッペンハイマー』

評点:★3.5点(5点満点)

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「核爆発」は通常の爆発とは違う

1945年7月に行われた「トリニティ実験」は人類史上初の人為的な核爆発であり、それ以前・以後で「我々が暮らす世界が変わってしまった」というのは誇張でも何でもない。

もちろん、そのようなものが1ヵ月後、無辜の人々が暮らす広島に、次いで長崎に投下され、言語を絶する被害をもたらしたことの持つ重みは果てしないわけだが、「トリニティ実験」が人間が初めて「核の火」というほとんど抽象的なまでに強大な力を手に入れた分水嶺であることは事実である(だから本作の冒頭にも神々から火を盗んで人類にもたらしたプロメテウスの神話が引用される)。

「原爆の父」と呼ばれる物理学者ロバート・オッペンハイマーを描く本作は、「核の火」をめぐる数奇な運命に翻弄され、また積極的に関わりもしたプロメテウス的な人物の「伝記映画」としての見応えはとてもある。

一方、ノーランは肝心の核爆発について、CGIを使わず大量の燃料と爆薬で大爆発を起こし、それを実際に撮影することにこだわった。その映像は確かに大爆発ではある。しかし、まったく核爆発に見えず、通常の爆薬がもたらす爆発にしか見えなくなっているのはさすがに本末転倒と言うべきだろう。

STORY:第2次世界大戦中、物理学者オッペンハイマーは、原爆開発プロジェクトの委員長に任命される。実験での原爆の威力とそれが実戦投下されたことに衝撃を受けた彼は、戦後、さらなる破壊力を有する水素爆弾の開発に反対するが.......。

監督・脚本:クリストファー・ノーラン
出演:キリアン・マーフィー、エミリー・ブラント、マット・デイモン、ロバート・ダウニー・Jr.ほか
上映時間:180分

全国公開中

『インフィニティ・プール』

評点:★4点(5点満点)

© 2022 Infinity (FFP) Movie Canada Inc., Infinity Squared KFT, Cetiri Film d.o.o. All Rights Reserved. © 2022 Infinity (FFP) Movie Canada Inc., Infinity Squared KFT, Cetiri Film d.o.o. All Rights Reserved.

我々はどこまでも本当に空っぽだ

ブランドン・クローネンバーグ監督は過去2作でもSF的な設定を活用して高度資本主義の歪さや異常性をテーマにしてきたが、本作は「貧しいが美しい架空の国にある、金持ちの白人のためのリゾート」を舞台とした、現代的な植民地主義をめぐるユニークな奇譚を描き出してみせた。

今回のガジェットは人間のクローンである。

意識をも移植したクローンが、自分の身代わりに死んでくれる世界において、死んだ方が「本当の自分」でなかったとどうして言い切れるのか?

そういう「身代わり」が可能だと知ったとき、人間のモラルはどこまで破壊されてしまうのか?

カネで何でも解決できると思っている人間と、カネで何でも解決済みに「してくれる」相手と、どちらがより狡こう猾かつなのか? 

架空のシステムを持つ架空の国を舞台にしたことで、こうした疑問がきわめてブラックな形で次々と提示される。

その疑問はやがてひとつの大きな問いかけを導き出す。「我々はどこまでも本当に空っぽではないか?」というのがそれである。

監督一流のアナログで興味深い実験的な映像や、軽さと深刻さを同時に強調する血まみれの「死」の情景もふんだんに盛り込まれており飽きさせない。

STORY:スランプに苦しむ作家ジェームズと資産家の娘エムは孤島でのバカンス中に出会った夫婦と意気投合。4人は、観光客は行かないよう警告されていた敷地外へとドライブする。それは、予想だにしない悪夢の始まりだった。

監督・脚本:ブランドン・クローネンバーグ
出演:アレクサンダー・スカルスガルド、ミア・ゴス、トーマス・クレッチマンほか
上映時間:118分

4月5日(金)より新宿ピカデリーほかにて全国順次公開予定

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