写真がなく、必死の手書き。これがパーテルノステルの構造です
『週刊プレイボーイ』で連載中の「ライクの森」。人気モデルの市川紗椰(さや)が、自身の特殊なマニアライフを綴るコラムだ。今回は、市川紗椰のトラウマエレベーター「パーテルノステル」について語る。

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前回は、東京メトロの斜行エレベーターや、ポルトガルの街中のエレベーターなど、テンションが上がったエレベーターを取り上げました。今週はその逆、トラウマエレベーターであるパーテルノステルのお話です。

パーテルノステルとは、100年以上前にヨーロッパではやった循環式エレベーター。1、2人が立って乗れるかごが連なっていて、楕円(だえん)形の軌道上を止まらずに常にグルグル回っています。扉がないので、目的の階を通ったらタイミングを見計らって乗り降りするシステム。ドアのない観覧車のイメージが近いかもしれませんが、もちろん建物内なので、各階の間の空間を身ひとつで通る不気味さと無防備さが特徴です(実際に事故が多くて、ほとんどの国では新設が禁止されています)。

このパーテルノステル、構造上、未知の空間がふたつあります。最上階のさらに上(循環の円のてっぺん)、そして最下層の下(円の一番下)。18歳のとき、チェコのプラハで憧れのパーテルノステルに遭遇した際、「上下の未知の空間を開拓する!」との決意を持って乗り込みました。子供の頃は、上の空間は逆さまになると信じていました。さすがにそれは誤りとはわかりましたが、じゃあ実際はどうなっているのか、自分の身で試したかったんです。

思い切って最上階で降りずにいると、かごはゆっくり上に進み続けました。程なくしたら、カメラのシャッターが下りたかのように突然真っ暗に。ギーギーと鳴りつつ、ガタガタッと小刻みに揺れながら、かごは水平に動きました。冷ややかな闇にうっすらと巨大な歯車が顔の真ん前に現れ、『銀河鉄道999(スリーナイン)』に出てくる惑星大アンドロメダの「生身の人間の命の火を抜き取る工場」に運ばれているような感じでした(わからない方は映画『さよなら銀河鉄道999 -アンドロメダ終着駅-』か、原作漫画の最終話をぜひ)。

あんなに顔の近くで動いている巨大な機械を見たのは初めて。ちょっと前方向によろけたら100年前のサビサビな歯車に巻き込まれそうで、なかなかの恐怖体験でした。舞うホコリにむせていると、そのうちかごが降下して再び最上階に戻ってくれました。「生き抜いた!」と安心しかけたところ、最上階には待っている方がふたりいました。誰も乗ってないはずのかごに乗っている私を見る冷たい目に、未知の空間の恐怖は一瞬で吹き飛びました。チェコ語で何かぶつぶつ言われましたが、優しい言葉ではなかったのだけは伝わりました。

ちなみにパーテルノステルが最も多く残っているのはドイツだそうです(まだ200台以上利用されています)。私が乗ったプラハのものはもう利用停止になってますが、チェコはドイツの次に残っていて、50台ほど稼働しています。ほかにもイギリスに2台、デンマークに5台、ロシアに1台など、ちょこちょこ残っていますが、かなりの絶滅危惧種です。

そんななか! 日立が、2006年に現代版パーテルノステル風のエレベーターのプロトタイプを発表していました。基本構造は似てますが、各かごが個別に階で止まり、扉もあります。プロトタイプから15年、どうなったのか。知っている方教えてください。

●市川紗椰(いちかわ・さや)
1987年2月14日生まれ。愛知県名古屋市出身、米デトロイト育ち。父はアメリカ人、母は日本人。モデルとして活動するほか、テレビやラジオにも出演。著書『鉄道について話した。』が好評発売中。最上階で乗ろうとしている人たちと目が合ったとき、なぜかジョイマンさんの「いきなり出てきてごめーん、誠にすいまめーん」が脳内で流れた。公式Instagram【@sayaichikawa.official】

『市川紗椰のライクの森』は毎週金曜日更新!