ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。

それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。

そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。

* * *

夕食を食べる店を探し、高田馬場の街をふらふらと徘徊していたある夜、だいぶ興味深い店を見つけた。外観から異国情緒漂う「ミンガラパー」という店で、ミャンマー料理専門店のようだ。

ぱっと店頭のメニューを見ると、インド、ネパール料理やタイ料理にも近いエスニックな雰囲気があるけれど、知らない名前のものばかり。これは楽しい。ミャンマー料理ってきちんと食べたことなかった気がするし、入ってみないわけにはいかない!

「ミンガラバー駅前店」 「ミンガラバー駅前店」
遅い時間だったこともあり、グループで飲みながら料理を楽しんでいる人たちが多いようだ。なかには背もたれに体をあずけ、ぐーぐー寝てしまっている人もいるが、店員さんは意にも介していないようで、その大らかさがいい。

さてなにを頼むか。「ナンジートウ(うどんと鶏肉のピリ辛和え)」、「チャザンシイチェッ(油づけビーフン)」、「チェーオーシィーチェッ(肉団子とホルモンの焼きそば《ビーフン》)」、「ガーペーシーピャン(さつま揚げとトマトの煮込み)」、「タミントウ(ミャンマー風味つけ和えライス)」、「ガークジョーナッ(辛口揚げナマズ)」......う~ん、端から端まで気になりすぎる。煮込み料理、サラダなどの和え料理、麺類が特に多く、「ヒン」と呼ばれるカレーも定番料理のようだ。

また、ピータンの和えものであるという「セィベイトウ」には中国っぽさ、サモサにそっくりな「サムサア」にはインドっぽさ、ココナッツミルク入りラーメン「オンノカウシェ」にはタイっぽさを感じ、きっとそれぞれに関係性があるのだろう。と思ってあとから調べてみたところ、ずばり、国境を接する中国、インド、タイの影響に独自の食文化が混ざって形成されているのが、ミャンマー料理なんだそう。

とはいえ、初めてなのですべてを味わいつくすことは不可能だし、迷いだすときりがない。ここはメニュー写真を参考に、「自分は絶対にこれが好きだろう」という直感を信じ、「ダンパッウ(炊き込みご飯鳥モモ肉のスパイシー煮込み添え)」(税込み1,100円)、「トーフジョー(ひよこ豆とうふの揚げ物)」(660円)、そして酒は、異国と日本のコラボレーション感がおもしろい「タマリンドサワー」(480円)を注文してみよう。

「タマリンドサワー」 「タマリンドサワー」
タマリンドって確か、茶色くてでっかいそら豆みたいな、東南アジア方面では定番のフルーツだったよな。自分の語彙で味の詳細な説明をすることはもはやあきらめるとして、甘酸っぱくて爽やかで、だけどどこか懐かしいような味わいもあって飲みやすい。

テーブルには、ヤンゴン中央駅で現役利用されているというJR車両の写真が テーブルには、ヤンゴン中央駅で現役利用されているというJR車両の写真が 「トーフジョー」 「トーフジョー」
続いてトーフジョーが到着。「ひよこ豆とうふの揚げ物」という説明があったけど、名前に「トーフ」が入っているのは偶然なのかなにか繋がりがあるのか(ちょっと調べてみたら、豆腐とアジアの国々の関係はだいぶ興味深い世界っぽかったので、いつか掘り下げてみたい)。

とにかく、ひよこ豆で作られたというミャンマー風豆腐を熱々に揚げたこの料理、信じられないくらいさくっさくのふわっふわで、おつまみにぴったり。そのままだと、軽い塩気とほのかに豆の味を感じるような素朴な味なんだけど、スイートチリソースに酸味を加えたような独特のたれをつけると、がらりと表情が変わる。それらを交互に味わっては飲むタマリンドサワーがたまらない。

「ダンパッウ」 「ダンパッウ」
そしていよいよメインのダンパッウがやってきた。インパクトのある見た目と、大きな皿から立ち上るスパイシーな香りで確信する。これ、絶対好きなやつ!

鶏肉がひたすらでかい! 鶏肉がひたすらでかい!
たっぷりのなんらかのソースをまとった巨大鶏もも肉。予想はしていたことだけど、フォークで押さえてスプーンを差し込んでみると、おもしろいようにほろりと崩れる。口へ運ぶと、柔らかくてジューシーな食感と共に広がる、カレーっぽい複雑なスパイス風味。これは......思わず意味不明な笑いがこみあげてくる美味しさだ。

一瞬で原型がなくなる鶏肉 一瞬で原型がなくなる鶏肉
それをどっしりと受け止める炊き込みごはんがまたいい。スパイシーさはあるものの穏やかな味わいで、あまりポジティブな表現じゃなくなってしまうけど、若干パサっとしているところが、むしろ鶏のジューシーさと合う。そこにグリーンピースなどの野菜や、カシューナッツ、さらに(たぶん)レーズンが入っているのが、甘みとじゅわっと感のアクセントを生んでいて、それらすべてのバランスが計算されつくしているような完成度だ。

ベストバランス! ベストバランス!
酒メニューに日本酒や焼酎があるのは、日本のミャンマー料理店ならではだろう。タマリンドサワーに続き、「芋焼酎」(440円)をロックでもらう。ミャンマー料理をつまみに芋焼酎、その違和感もまた、なんだか楽しいのだった。

「芋焼酎」 「芋焼酎」
不勉強なことでお恥ずかしい限りだが、高田馬場にはそもそも、「リトル・ヤンゴン」と呼ばれるミャンマー人街があるらしく、ここの他にもミャンマー料理店はいろいろあるよう。ひとつの店でこれだけメニュー豊富なのに、さらに店の選択肢までたくさんあるなんて、なんて楽しい街なんだろう。高田馬場でのミャンマー飲み、これはハマってしまいそうだな......。

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パリッコ

パリッコぱりっこ

1978年東京生まれ。酒場ライター、漫画家、イラストレーター。
著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。2022年には、長崎県にある波佐見焼の窯元「中善」のブランド「zen to」から、オリジナルの磁器製酒器「#mixcup」も発売した。
公式X【@paricco】

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