フランスのデモ「黄色いベスト運動」は日本人から見るとやや過激に思えるが、フランスメディアの東京特派員は、対照的な日仏の市民運動のあり方をどう見ているのか?

11月にフランスで発生した、マクロン政権の政策に抗議する全国的なデモ「黄色いベスト運動」は、マクロン大統領が政策変更を表明したあとも、いまだ続いている。

フランスでは大規模ストライキなどの抗議運動が日常茶飯事で、日本人から見るとやや過激に思えるが、対照的な日仏の市民運動のあり方を、フランス人ジャーナリストはどう見ているのか? 「週プレ外国人記者クラブ」第136回は、「ル・モンド」紙の東京特派員、フィリップ・メスメール氏に話を聞いた──。

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──「黄色いベスト運動」では、デモ隊が治安部隊と衝突し、一部の過激なデモ参加者による破壊行為にまで発展しました。その背景には何があるのでしょうか?

メスメール 「黄色いベスト運動」はもともと、マクロン政権が環境政策への財源として打ち出した「燃料税値上げ」に対する抗議運動です。最初のきっかけは今年5月、セーヌ・エ・マルヌ県に住むひとりの女性がインターネットの署名サイト「change.com」で始めた署名活動だったと言われています。そして10月になって、今度はブルターニュ地方に住む別の女性が非常に「感染力の高い」メッセージをフェイスブックに書き込んだことが、この運動の本格的な出発点になりました。

こうした抗議の声はSNSを中心としたインターネット上で急激に拡散し、11月ごろからフランス全土で「自然発生的」に、道路の封鎖や大規模なデモなどが行なわれるようになりました。この活動のシンボルとして、道路上の事故などの際に使うため自動車への携行が義務付けられている「黄色い安全ベスト」が使われたので、「黄色いベスト(フランス語でジレ・ジョーヌ)運動」と呼ばれることになったのです。

──ただ、「黄色いベスト運動」が抗議しているのは燃料税の値上げだけではなく、マクロン政権の政策全般に及んでいるようですね。

メスメール その通りです。今話したように当初は、都会ではなく地方に暮らす、「グローバリズム」とは無縁な、日々の暮らしに自動車の運転が欠かせない人たちを中心とした、燃料税値上げに抗議する運動だった。しかし、次第にマクロン政権の政策全般や、それ以前からフランスに存在していたさまざまな問題も含めた、より幅広い抗議運動へと発展し、その一部が過激化して暴力的な破壊行為を行なうようになってしまいました。

大きな視点で言えば、「黄色いベスト運動」の参加者たちが求めているのは「既存の政治、社会システム」への異議申し立てだと言えるでしょう。彼らは今のフランスの政治が富裕層を優遇しすぎていると感じており、地方で病院や郵便局などの公共サービスの縮小が続いていることに対する、かねてからの不満を強く訴えています。

しかし、そうした抗議のターゲットとなっているマクロン大統領を生んだのも、既存の政党にはない「新たなシステム」を期待したフランスの有権者たちであったことを考えると、両者の対立は少し皮肉な現象だと言えるかもしれません。

──フランスでは労組などによる大規模なストライキが頻繁に行なわれ、日本人から見るとやや過激なデモや抗議運動も多い。この「黄色いベスト運動」もそれらと同じようなものなのでしょうか? 

メスメール 「黄色いベスト運動」が特徴的なのは、これが特定の政党や労組などの団体によって組織された運動ではなく、SNSなどを通じて「自然発生的」に広がった運動だという点です。その意味でとても現代的な社会現象だということもできるでしょう。抗議の内容やデモのやり方に組織的な一貫性はなく、政府が交渉しようにも、運動の中心となる人物や組織がないので、コントロールするのは簡単ではありません。また、既存の政党だけでなく、極左や極右もこうした声の受け皿にはなり得ていません。

──フランスの国民はストライキやデモなどの抗議活動に対して、意外と寛容だと聞いていますが、「黄色いベスト運動」に対する反応は?

メスメール フランス国民の多くはこの運動に一定の理解を示しています。ただし、パリなど一部の都市で見られた破壊を伴う暴力的な行為については批判的な声が圧倒的です。メディアの報道はどうしてもパリなどでの破壊行為に集中してしまうので、誤解している人が多いのですが、過激化しているのはこの運動のごく一部にすぎず、暴力的な行為はむしろ運動の足を引っ張っているとも言える。地方では、より地道な抗議運動が展開されています。
 
また、マクロン政権が燃料税引き上げを行なう理由が「環境政策のための財源確保」なのだから、そもそも、燃料税引き上げに反対すること自体がおかしいと批判する人もいます。ただ、既に述べたように、この運動は途中から年金生活者や低所得者層、学生など「弱い立場の人たち」の政治への不満を表す運動へと変化していますからね......。

いずれにせよ、マクロン大統領もこうした抗議の声を無視し続けるわけにはいかず、12月10日のテレビ演説で、「燃料税引き上げの凍結」や「最低賃金の月100ユーロ(約1万2400円)引き上げ」「ボーナスに対する課税控除」などを約束。これにより抗議運動はかなり沈静化しましたが、依然として続いています。

──暴力的な抗議行動はともかく、フランスでは「自分たちが選挙で選んだ大統領」であっても、政策に対する不満があれば、市民が徹底的に抗議し、こうして政権を追い詰めることもある。一方、日本では安倍政権による強引な政権運営や森友・加計問題のようなスキャンダルがあっても、市民の抗議運動が広がったり、それが実際に政治に影響力を与えたりすることがほとんどないように思えます。フランスと日本という、対照的なふたつの国をよく知るメスメールさんは、こうした両国の「コントラスト」をどのように見ていますか?

メスメール 両国の文化や歴史は異なるので、単純に比較してどちらが良いと言うことは難しいと思います。ただし、私は日本で市民による抗議の声が政治に全く影響を与えられていない、とは思っていません。

例えば、安倍首相が進めようとしている「憲法改正」についても、日本には市民の間に根強い反対論や警戒感があり、それが今でも一定の歯止めとして機能している。そうでなければ、議会でも圧倒的な優位を占め、ここ数年は大手メディアもコントロール下に収めつつある安倍政権は、もっと簡単に憲法改正の議論を進めることができているのではないでしょうか?

私は以前から「日本という国は、大海に浮かぶ船のようなものだ」と考えてきました。ときに荒波の直撃を受けても、この船に乗っている日本人たちが船を捨てて逃げるのは難しいので、大きな対立や衝突を避けながらも、少しずつ修繕を重ねて航海を続けている。フランス人と比べれば日本人がおとなしいのは事実ですが、だからといって、政治に対する「市民の声」が無力だと考えるのは間違いだと思います。

●フィリップ・メスメール
1972年生まれ、フランス・パリ出身。2002年に来日し、夕刊紙「ル・モンド」や雑誌「レクスプレス」の東京特派員として活動している

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